第8話 響くもの

第八話 響くもの


サイド 剣崎蒼太



 鎌足との戦い、そして金原の宣言から一夜明けた。


 とても眠れる精神状態ではないと思っていたが、意外なほど簡単に眠りにつけた。自分で思っていた以上に疲れていたか、はたまた冷酷なだけか。


 なんにせよ目的は変わらない。『この戦いを生き抜く』のだ。


 金原の宣言に、朝からテレビでは記者会見やらなんやらされている。ネットの方ではお祭り騒ぎだ。陰謀論とオカルトと彼女の信者で論争と呼ぶのもアレな戦いがされている。


 そんな中、テレビで少しだけ廃工場から多数の銃器と捕まっていた子供たちが救助されたという報道があった。それに少しだけ、胸の重りがとれた気がした。


「今日はどうします、剣崎さん」


 重そうな胸をドタプンと揺らしながら新城さんが魔導書から顔をあげてこちらを見てくる。うーん、おっきい。


 それはそれとして今日はポニーテールか。美人は本当に何しても美人なのだな。


「それより、本当に新城さんの目から見ても周囲に人斬りや怪しい人物はいないんだな?」


「ええ、それは勿論。私のワールド・サーチャー=ネクストを突破できる人なんていませんよ」


 自信満々に胸をはらないでほしい。思考がそちらで占有される。


 強い意志のもと視線をそっちから引っぺがし、顎に手を当てて考える。どうやら、昨日は図らずも金原に助けられたらしい。奴の行動と魔力が目くらましになった。それはそれとして奴はクソだと思うが。


 どうやら奴は警察や報道関係者を殴って突破し、テレビ局に乗り込んだらしい。そこでカメラマンと局のお偉いさんを引きずって屋上に。そのまま強引に映させたとか。どの辺が善意なのか。


 その際に死人も出ている。無事な人でも精神的に壊れてしまった人もいたとか。この事から、奴が言った『粉砕する』は脅しではない事がわかる。まあ、今までの経歴からも分かる事だけど。


 だが奴は今まで『軍隊』や『武装勢力』と判断した存在には躊躇なく拳を叩き込んでも、悪徳警官以外の『警察』には極力穏便に済ませていたはず。具体的に言うと身体能力のごり押しで逃げ一択。


 それらも所詮彼女の気分次第だったわけだが、価値観に変化でもあったか。それとも余裕がないのか。


 ……いや、どちらも違う気がする。あれは、あの表情は罪悪感などなかった。


 もしかしてだが、『自分は正しいからその行い全ては正しい』などと本気で思っているくちか?だとしたらとんだ狂人だ。


「とりあえず、情報収集かなぁ」


「ですかぁ」


「……今回は、一緒に来てもらってもいいか?」


「本当ですか!?」


 机に手を付いて勢いよく立ち上がる新城さん。ああ、乳が!乳が!


「あ、ああ。別々に探索しようかとも思ったが、どこに目があるかわからない。人斬りの事もある。すまないが一緒に来てもらいたい」


「いやぁ、遂に私こと最終兵器の出番ですかー!かー、テンション上がってきますねぇ!」


 ふんす!とでも言うように鼻息を荒くする新城さんから視線を机へと落とし、この選択について自問自答する。


 確かに、隠れている人斬りを見つけるには彼女の目が最適だ。だが、それは新城さんの身を危険にさらす事になるし、戦術的に見れば彼女という協力者を他の転生者に知られるかもしれない。


 だが、今日で三日目となるのだ。残り人数は自分含めて五人。もしかしたら自分の知らない所で別の転生者が亡くなっているかもしれないが、それは除外して考えよう。日数と人数を考えると、そろそろ皆動き出す……はず。


 個人的に一番潰しておきたいのは『人斬り』。初日に自分の姿を確認した二陣営のうち片方は鎌足だった。奴の言動に嘘は感じられなかったから、あいつに同盟相手はいない。まあ、組員から話がもれている可能性はあるけど。


 となると、自分の事を確実に知っているのは人斬りのみとなる。奴の接近を確実に捉えられるのは新城さんの『目』だけだが、寝ている間は見逃す可能性が高い。本人もそこは自信がないそうだ。


 であれば、後手をとるのは恐い。出来る限り先手をうつ。


 その為にもどうにかして人斬りを発見しなくては。最悪の最悪。本当に最後の手段だが、『東京を焼き尽くすつもりで最大火力を街に向かって放つ』もある。それならワンチャン奴を討てるかもしれないが、博打に過ぎる。


そう言えば、やけにバタフライ伊藤は東京への不必要な破壊をしないよう言っていた気もするな。もとより無駄な犠牲は出したくないが、何故奴はそんな事を?博愛の精神なんてないだろうに。


 ……まあ、今は邪神の考えを探るよりも生き残る事を考えよう。今は少しでも情報が欲しい。新城さんには悪いが、出来る範囲で守るとしよう。


 我が身可愛さに中学生、それも女の子を命がけの場に連れ出すのだから、やはり自分は冷血な側だったらしい。


 ただこの案に懸念があるとすれば、新城さんの裏切りだ。


 彼女にだって思惑はあるだろう。願いを叶える、という目的の為他の転生者と組む可能性もあるし、何かしら脅迫を受ける可能性もある。


 はっきり言おう。自分は彼女を信用しきれていない。


 今日の探索で彼女を見極める。それも今日の目標の一つにしよう。優先順位は人斬りの情報、次に他転生者の情報、三番目に新城さんの信用について。


 楽し気に部屋へと駆けていく彼女の背中を、静かに見送った。



*         *         *



「おお、綺麗なイルミネーションですね剣崎さん」


「ああ、凄いな……え、あれどうなってんの?魔法?」


「うん?ああ、いえいえ。あれはですねー、AIで操作しているんだと思いますよ。ドローンの一種です」


「あの大きさで?しかも結構な数だな。まるで雪が舞っているみたいだ」


「天気予報だと今日あたり雪が降るそうなんですけど、どうなんですかねぇ」




「あ、ここのパフェ美味しいんですよ~、ちょっと寄っていきましょう」


「う、いやぁ、お腹減ってないし」


「……奢りますよ?」


「やめて!?なけなしのプライドを傷つけないで!」


「魔法使いって儲からないんですか?」


「いや、他の魔法使いは知らないけど、俺は普段普通の……普通の?中学生として生活してるし」


「なんで普通のって所に疑問符が?」


「いや、中学の生徒会で色々」


「ちょ、生徒会って漫画の王道じゃないですか!?聞かせてくださいよ~」


「勘弁してくれ。軽くトラウマになってるんだから」


「あ、じゃあパフェ奢るから代わりにお話ししてください」


「……こ、断る」


「めっちゃ悩みましたね……」




「うん?どこ見てるんですか剣崎さん」


「うぇ!?いや、ケーキ美味しそうだなぁと」


「ああ、売り子のお姉さん見てたんですね。主に生足」


「ソンナコトナイヨ」


「は~、まったく。確かにあのお姉さんも美人ですが、ここに今世紀最大級の美少女がいるでしょうに」


「……なるほど」


「剣崎さん、視線をもう少し隠しましょう。最大級は胸をさしての発言ではありません」


「すみませんごめんなさい許してください」


「ん~、仕方がありません。後で何か一発芸してくれたら許します」


「何気にハードル高い!?」



*          *       *



ちゃうねん。


 気づいたらまるでデートみたいな感じで楽しんでいた。気づいたら時刻は15時。新城さんの家を出たのが9時頃だったので、かなり遊び歩いている事になる。


 おかしい。最初はきちんと情報収集するはずだったのだ。だが、なんか新城さんがやたらめかしこんだ格好で出てきたのが運の尽きだった。


 おしゃれには詳しくないが、黒い厚手のワンピースみたいな服に白いコート。長い髪を後ろで纏めた姿はなんとなく大人びて見えてしまった。あと胸の下に巻いたリボンがたいへんおっぱいを強調していいと思う。


 いいや、原因を他人に押し付けるのはよくない。認めよう、自分の弱さを。


 ぶっちゃけ、女の子と二人っきりで出かけた事ないんです……今生の義妹と出かけた事はあるが、小学生の話。自分はロリコンでは(たぶん)ないので、そこは含まれない。


 舞い上がっていた。クリスマス空気の街並み。そこに美少女を隣に侍らせて歩いて行くのは、非常に心躍る時間でした……。


 結果このざまだよ。笑えよ。


 ……待て、本当に原因は自分だけか?


「新城さん」


「はい?あ、クレープ屋さんですよ、食べません?」


「なぜ、あえて情報収集から離れるような誘導を?」


 こちらの問いかけに、新城さんが困ったような笑みを浮べる。


「あー、流石にバレましたか」


「いや、さっきまで気づかなかった」


「え、てっきりわかっていて合わせてくれているのかと……」


「……そこは、気にしないで」


 言えない。『巨乳美少女と実質デートだひゃっほおお!』とか思っていたなんて言えない。自分のクールで大人なイメージが崩れてしまう。


「もしかしてだけど、気を遣わせたか?」


「……そういうの、言わないのがお約束じゃないですか?」


「すまない。けど、時間に余裕があるわけじゃないから、単刀直入に」


 道の脇によりながら話すと、新城さんはあからさまに大きなため息をついた。


「まあ、はい。昨日の感じからして、剣崎さんだいぶ参っているって思いましたからね」


「昨日の夜、寝る前に伝えたはずだ。一人倒したと。勝利に近づいているんだ、喜びこそすれ気に病む事はない」


「剣崎さんってもしかして嘘下手って言われません?」


 いや、どっちかというと生徒会では『本心を喋ってください』『私には貴方がわからない』『どうして、信じてくれないんですか……?』とやたら疑われた気がする。ほぼ本音で喋ったのに。


 あいつらの中で自分はいったいどういう存在なのか。それがわからない。


「気にしてくれたのはありがとう。けど、本当に時間がない」


「剣崎さん言いましたよね。自分の目的は『この戦いで生き残る』事だって」


「え?ああ、言った。その為にも」


「そのためにも、貴方は自分を大事にする必要があるんです」


 新城さんが、どこか怒ったような、それでいて泣きそうな顔になっているのに今気づいた。


「嫌なんですよ。本当は辛いくせに、無理をして大丈夫なふりをする人」


「新城さん?」


 彼女の目は自分を見ているが、それと同時に別の誰かを重ね合わせているようでもあった。


 形のいい眉を歪ませたのはほんの一瞬。瞬きをしているうちに彼女は元の何も考えてなさそうな笑みに戻っていた。


「剣崎さん。時間を使わせたのは謝ります。けど、もう少しご自愛を。生きて帰ると誓ったのなら、どうか身も心も持って帰ってください」


「……それは、経験談?」


「いいえ、私の親の話ですよ」


 話はそれで終わりとばかりに、新城さんが歩き出す。


 勝手な子だ。相談もせずに貴重な時間をこちらのメンタルケアにあてて、そしてそれが住んだと思えば本来の目的に。彼女は『どこへでも自由に行ける』事を願いとしていたが、もしかしたら自力で出来てしまうのではないだろうか。


 ただ、いつかお礼を言わないと。今言うのは癪だけれども、確かに自分は救われたのかもしれない。


 今も残っている人を殺した感触。燃え尽きる鎌足の姿。そして、奴が最期に残した言葉。


 一晩経っても頭の隅にこびりついていたそれが、一時とは言え忘れていられたのだから。


「さ、ここからは調査全振りで行きましょう。安心してください。これでも周囲への警戒はバッチリでしたから」


「え?」


「え?」


 数秒、両者の間に沈黙が流れた。あ、もしかして能天気にデートだと浮かれていたのは自分だけ?


「……すみません、私本当にお節介を焼いただけだったかも」


「違うよ!?合ってたよ!?ありがとうねメンタルケア!」


 こんな形でお礼を言う事になるとか、思ってもみなかった。もっと、こう、シリアスな場面で言いたかったなって……。


 メンタルケアをされていたのに新しい心の傷が出来た気がする。引きつった笑みを浮べる自分を、新城さんが笑いをこらえながら見てくる。なに見てんねん。見せもんちゃうぞわれぇ。


 周囲に人があんまりいなくてよかった。今日は平日。冬休み直前とあってそこまでこの時間帯に出歩いている人はいない。


 え、自分達?緊急的な理由につき自主休校とさせてもらっています。


 さて、そろそろ真面目に探索をしなければ。本当に今は時間がないのだ。出来るだけ人斬りか、そうでなくても他の転生者について――。


「あ、が……!?」


 肩に大型トラックでも乗せられたかのような重圧。一瞬倒れそうになりながらも、ギリギリで踏ん張る。


「剣崎さん?」


 立ち止まったこちらを不思議そうに見る新城さん。だが、彼女も異変に気付いたようだ。


「え、なに……これ……」


 僅かでも魔力を知る者であればわかる重圧。そして、ここからは魔力に関わりのない者でもわかってしまう『恐怖』。


 自分すら上回る魔力の波を見せた金原。奴が路傍の石程度に思えるほどの魔力の塊が近付いている。


 まだここからは遠い。それでも、何故こんな『怪物』が近付いているのに気が付かなかった。気が抜けていたとかそういうものではない。もっと別の何かがある。


 周囲でも怯えたように立ちすくむ人や、狂ったように喚き声をあげて駆け出す人もいる。


 ああ、なるほど。この破格の魔力を放っている存在がわかってしまった。


 魔力を感じる方角は『東京湾』。距離からして、恐らくだが奴はまだ『海』にいる。今そんな所にいる『転生者』はたった一人。いいや、一体と言うべきか。


 もはや怪獣として扱うべき存在。人の姿を捨て、災害の化身とさえ呼ばれるほどの怪物になった転生者。


 テレビではそう、奴の事をこう呼んでいたか。


 通った後には何も残らず、破壊と暴食の限りをつくす災いめいた怪獣。


「『アバドン』……!」


 自分にとっては遠い場所から、そして奴にとっては目と鼻の先程の距離で、落雷のような咆哮が聞こえた。


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