猫の婿取り(6)

 ヒメは町に出た。


 ところが町は勝手が違う。


 村ではだれもがヒメのことを知り、道の真んなか歩いても村人こそ避けていく。しかし当然、せわしない町人たちがヒメを知る由もない。足元も見ていない。踏まれそうになること幾度、フーッとうなってもだれも気付かない。


 あっちの店、こっちの店、村にはないものばかりだけれど。


 ヒメはついに路地裏へ逃げ込んだ。


(町もたいしておもしろくないわね)


 ヒメは不機嫌であった。


 その鼻に、何やらの香りが。


 ひくひくと鼻をうごめかし、導かれるようにしてそのにおいをたどれば、高い塀もひょいと越える。


 大きな屋敷、大きな蔵。


 庭も広い。


 内の声は外には漏れないと悪だくみも声が高くなる。


「宿屋から連絡があってな、縁組の話、是非ともと」


「それは!」


「そうだ。何やら、兄の家の娘が年頃だという」


「確か……。あの家の兄といえば、どこぞの庄屋だったはず」


「そうよ、そうよ。これはうまくいけば……」


「宿屋の株どころか、庄屋の財産も?」


「運が回ってきたようだなあ」


「はい、父さん」


(いやらしい笑いね)


 壁に耳あり、障子に目あり。


 床下に猫あり。


 迂闊うかつな話はご用心。


 酒蔵を後にして、ヒメはますます、ご機嫌斜め。


 昼下がり、次にヒメがふらりと立ち寄ったのは火除ひよけ地。町には必須の火事対策の空き地も、平時には猫のたまり場となるばかり。


(あら? 町には猫も多いのね)


 田舎に猫は少ない。


 お蚕さまも収穫物も、果ては家までかじるネズミを捕ってくれる猫は、田舎に行けば行くほど有難ありがたがられる。しかし、だからこそ猫一匹は時に馬一頭と同じ値で取引されるのである。長者でもなければ、そんなものはやすやすと飼えるはずもない。


 ヒメが重宝される理由だが、ヒメはまたネズミ捕りがうまいのである。


 毎日、一匹、二匹と必ず捕まえては、


「うちのお姫さまは本当に、自慢の娘だ!」


 とまあ、庄屋には大げさにほめあげられるものである。


(トラ君だって、私よりはへたくそでも、ネズミも小鳥でもひょいと取れるものだけど)


 どうも町の猫は陰気で、元気がなく、ネズミなど捕れそうにもない。


(数だけいてもねえ……)


 ヒメは猫の集会をよそに、少し離れたひだまりでころりと寝転がり、毛づくろい。


 その耳に、聞くともなく町の猫たちの話が入ってくる。


『うちのご主人様は騙された』


『畜生、あいつら……』


『私のところだって、甘い話につられてしまってね』


『そうだ。家も店も取られ、みんなみんな町にいられなくなった』


『俺をかわいがってくれていた娘なんて、借金のかたとやらでついにどこぞへ売られてしまったらしいぞ』


『そして、俺たちは野良だ……』


『エサももらえなければ、明日も知れない……』


 あれもこれも酒蔵の悪口と愚痴ばかり。


 その口から最後に漏れるは、ため息だけ。


『情けないわねえ』


 つい、ヒメは声を出してしまった。

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