第4話 脱がせてもいい?



 姫袖をひらひらと靡かせて歩く初瀬の姿は、黒アゲハ蝶みたいだと思う。

 ふわふわと飛んでいるのを見ていたいような、どこまでも飛んで行くのを見届けたいと思う一方で、捕まえて手の中に閉じ込めてしまいたいような。

 少し前を歩く初瀬の後ろ姿を眺めながら、僕はこの気持ちが何なのか考えていた。

 

 あの日、背中を流すと言った初瀬の驚きの申し出を断ったことには男子たるものちょっぴりの後悔もあるけど、それ以来ぐっと二人の距離は縮まったんだ。

 そうして、色んな初瀬を知った。

 最初の日に継父おやじが言ったこと『すごく良い子なんだ』は、本当だった。

 純粋で、真っ直ぐで、何事にも一生懸命。

 優しくて、強い心の持ち主だってこと。

 出来るなら、初瀬を笑わせてあげたい。


 初瀬の笑顔が見たい。

 だから……。

 

「同じ家に住んでるんだし。朝だけじゃなくて、放課後も一緒に帰らない? それとちゃんと並んで歩きながら、もっと話がしたい」


 僕の言葉に、初瀬の足が止まる。


「駄目かな?」


「……駄目です。家の中とは違います。私と一緒にいたら、せっかく出来た新しいお友達もいなくなってしまいます」


「うん。そうだとしても僕は」


「それに……」


 意を決したように、初瀬が僕の方へ振り返った時だ。

 パシッと、音がした。

「ヤバい、こっち見たんだけど」

「えー違くない? どこ見てんのか分かんないじゃん」

「つか黒ヘル、あの男と一緒じゃね? きっしょ」


 またアイツらだ。

 あまりのタイミングの良さに呆れて、怒りを通り越して乾いた笑いも込み上げてくる。


「私のせいで、傷つく人を見たくありません。それに……ひとりでいるのが好きなんです」


「嘘だ」


「嘘じゃないです」


 学校の近くまで来ていたこともあって、立ち止まり向かい合う僕と初瀬の周りに、ポツポツと人が集まって来ていた。

 小石を投げたアイツらも、少し離れたところからニヤけた顔で僕たちを見ている。

 今しかない。

 ありったけの勇気を、かき集めた。


「……僕さ、分かったんだ。君のお母さんがソレを被せたわけが」


「そ、そんなの……わ、私が醜いからです。人を不快にさせるから……」


「違うよ。そんなわけない」


 おそらく、その反対。


「そんなこと言っても、私の顔なんて見たことないじゃないですか」


「そうだけど、絶対に君の顔のせいじゃないと思うな」


「じゃあ、じゃあ……どうして?」


「どんな姿でも、君のことを心から大切にしてくれる人を、君に与えたかったんだよ」


 僕と初瀬を中心に遠巻きにして、ぐるりと何重にもなる人だかりが出来ていた。

 誰もが息を飲み、好奇心を剥き出しにして、僕たちを見ている。


 僕は初瀬との距離を一歩、縮めた。

 また、一歩。

 固まってしまった初瀬が動けないのをいいことに僕は、すぐそばまで近づくと、真っ黒で何も見えないフルフェイスヘルメットの中を覗き込んだ。

 

「ねえ、脱がせてもいい?」


「だ、駄目です」


「僕は君を笑わせたいんだけど、それだけじゃなくって、出来れば君の笑顔も見たいんだよね。だから、脱がせたい。どんな初瀬だって構わない」


「でも……」


「僕じゃ駄目かな? 義理の兄では最初の友達にもなれない?」


「そ、そんな……ま、真白お兄ちゃんは、いつだって優しくて、かっこよくて、どうやっても私なんて相応ふさわしくありません。

 それに……初めて会ったときから、ヘルメット越しでもドキドキしているのに、ぬ、ぬ、脱ぐなんて無理です」


 ――真白お兄ちゃん。


 初めて、そう呼ばれた。嬉しいはずなのに、どうしてか胸がチクンと痛くて、涙が出そうになって慌てて僕は眼鏡を押し上げた。


「もう、良いから黙って。

    …………脱がせるよ」


 囁きながらそっと、フルフェイスヘルメットを持ち上げる。

 ふわりと長い髪が流れるようにこぼれ落ち、やがて現れた初瀬の顔に周囲がどよめく。

 なぜって?

 決まってるだろ。

 だってそれは、もちろん。



「初瀬、すごく可愛い」



 恥ずかしそうに笑う顔が、眩しかった。

 独り占めしたくなって僕は、思わず初瀬を抱きしめたんだ。








《おしまい》



ありがとうございました。

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僕は義妹の黒い✖️✖️✖️を脱がせたい 石濱ウミ @ashika21

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