第52話

「すみません。先に出て行ってしまって」

「いえいえ。俺も陛下に呼び止められましたし、それはお互いさまということで」


 二人は『祈りの廟』に続く回廊を歩いていた。リチラトゥーラは申し訳なさそうに星零を見る。彼といえばまったく気にしていない素振りで笑っていた。そんな彼のことをリチラトゥーラは太陽のようなひとだと思った。星藍のいうような『愚義弟』ではない、ひとを明るく照らし導く王だ。彼にはその素質がちゃんとある。


(今度、ちゃんと星藍に伝えないとね)


 星零の笑顔は周囲を自然と明るくする。まだ少しの時間しか一緒にしていないリチラトゥーラでも、彼の本質に気づくのは早かった。それはきっと星零の人柄の表れでもある。リチラトゥーラも、星零の笑顔につられて微笑む。すると彼は突然きょとんとした顔をした。


「ふふ。……? どうかしました?」

「あ、いや、花のようだなと……」


 やっぱりなんでもありません、と恥じらいながら笑った彼の顔が星藍に似ていたのは内緒だ。


「星零さまは、雰囲気は違うのに本当に星藍に似ていますね」

「本当ですか? うーん、多少の血の繋がりはありますが、ねえさんは母親似なのであまりそのように言われたことがないですね」

「そうなのですか? でもわたくしはそっくりだと感じましたわ。きっと、育ってきた環境が同じだからかしら」

「そうかもしれませんね」


 柔らかくて、優しい笑顔がリチラトゥーラの視界に這入る。その人柄の温かさに救われる。同時に、彼を騙している自分が許せなくなった。

 突然深刻そうな表情で俯いたリチラトゥーラを星零は気にしつつも、彼は特に彼女に言及することはしなかった。彼にしてみればそれは気持ち程度の優しさだったのかもしれないが、リチラトゥーラにはそれが今はありがたかった。



「…………ところでリチラトゥーラさま」

「はい」


 しばらく回廊を進んでいるが、彼女の目指す『祈りの廟もくてきち』にはまだ辿り着かないらしい。十数分ほど歩いているが、それらしき扉には出会えていない。夕日に照らされ煌めく雪が、まるで幻想的な世界を作り出している。星零はこれ以上に美しいものを知らなかった。


「その『祈りの廟』というのは、一体どのような場所なのでしょうか?」


 あまり触れられたくない話題なのだとは感じていたので、彼はできる限り柔らかく訊いた。少しだけ彼女は表情を強張らせたが、ただ純粋に問われたのだと気づくとリチラトゥーラは彼に強い眼差しを向け——そして歩みを止めた。


 リチラトゥーラが左手を向く。星零も彼女に倣い左手を向くとそこに現れたのは巨大な扉だった。

 竜が蜷局を巻く姿の紋様がひとつ彫られた扉。竜の目と己の目が合う。視線が絡めばまるで睨まれたような錯覚に陥り、息が詰まりそうになる。


「——ここは、スニェークノーチ城の礼拝堂……。またの名を『祈りの廟』」

「……ここが……」

「本来、この『祈りの廟』はわたくしたち王家の血族のみが入室することを許されています」


 では何故? と。星零の脳裏に疑問が浮かぶ。リチラトゥーラは扉に手を触れ、そっと錠前を指でなぞる。彼女の表情は、どこか誰かを憂う気持ちに染まっていた。

 それは数秒にも満たない時間だった。リチラトゥーラは静かに瞼を伏せて固く閉ざされていた扉に鍵を差し込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る