第17話

 その光景を目の当たりにした瞬間、ロウを取り巻く全ての時間が停止した。


「——やあ、ロウ。お前さんひとりで乗り込んでくるなんて、いかにもお前さんらしいな」

「ジュード……」


 ロウは警戒心を放ちながら目の前の状況に意識を集中させる。とても冷静ではいられないが、今この冷静さを失ってしまえば何もかもを喪失してしまうことを、過去の経験から彼は知っていた。


「……あんたこそ、こんな古びた場所を選んだのかよ? はっ、場所もムードも全然ねえな。それでもこの国の紳士かよ」

「私にお前さんのようなロリコン思考の趣味はないが……まあ姫が相手なら悪くはないかもしれないな。ねえ、?」

「ロウ……!」


 ジュードが腕に力を入れたのが見えた。「うっ」と唸る愛しい者の声がロウの耳を穿つ。静かに睨んだ先には、ジュードの手によって体を抑え込まれたリチラトゥーラが苦しげにロウを見つめていた。抵抗しようと思えばできるような状況であったけれど、彼女は動こうとしなかった。ちゃんと今の状況を理解しているようでロウは少しだけ安堵する。


 そうだ。今リチラトゥーラの首元には小型ナイフが突きつけられているのだから。


「少しでも、両者動こうとすれば、どうなるか理解しているようで助かるよ」

「卑怯な……リチを解放しろ!」

「無理だな。まだ私の目的は果たされていない。……いや、ひとつは果たされたと言うべきか?」


 ジュードはと笑っている。耳障りな笑い声が一帯の空気を震わせた。


「そういえば、ここに来るまでに私の部下たちを殺したようだな。お前さんにもそういう覚悟があることを知れて私は嬉しいよ」


 完全にジュードの空気に持ってかれている。先ほどの『賊』たちのことを想うと心が痛むが、早くこの状況を打開しなければとロウが吠える。


「——ッ黙れ! 目的とはなんだ、答えろ!」


 その言葉を聞いた瞬間、どこに身を潜めていたのか『賊』の残党二名が頭上から現れ、ロウの体を取り押さえた。すべを失ったロウはジュードを睨みつける。

 ここで初めて気づく。これは全てこの男の仕組んだだったのだと。


「おれ……だと……⁉」

「姫、あなたは本当にいい仕事をしてくださいました。もう用はない」

「きゃっ!」

「リチ‼」


 リチラトゥーラはジュードの不意打ちによって、突きつけられていた小型ナイフで腕を切りつけられた。切られた箇所からドクドクと赤い液体が命が失われていくようにして流れていく。リチラトゥーラの顔から血の気が引いていく。


「リチ……?」


 その顔色は、ただ切り付けられただけではなり得ない青白さをしていた。ロウの目の前に彼女の体がゆっくりとスローモーションになって倒れていった。

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