第9話
——西国の果てにある島の竜が死んだという。
そんな悲しい一報が、竜の友に伝わったのは、竜が死んでから少し経った頃の話だ。
竜の友は人間であったが、誰にでも平等であった。人間相手はもちろんのこと、家畜や野良、草花、そして竜にまで、彼女はすべての生き物に平等に接して生きてきた。
友は竜が死んでしまったと聞いて、毎日涙を流した。
竜は心優しい竜だった。
友が怪我をすればすぐに傷を治した。友が高い木になった実を食べたいと言えば取り与えた。友が夜に寒がれば、その大きな翼を用いて友を包み込み暖を取った。
竜は、優しかったのだ。
眠るようにして死んでいったと知って友は少しだけ嬉しかった。
その血は万物の病をも治すと聞けば狩られ。
その鱗は世界に花を降らすと聞けば狩られ。
そうして残った竜は、眠るようにして死んだ。
友は、時間を作り急ぎ西国の果ての島へと向かった。そこで竜の亡骸をひと撫でした。竜はまるで生きているのではないかと錯覚してしまいそうになるような、とても穏やかな表情をしていた。
けれど、触れた竜の頬は、冷たかった。
友は自分の熱を分け与えるように竜の体に触れる。友は無意味だと理解していたけれど、それでも触れ続けた。そうして友はいつの間にか眠ってしまい、気がついた頃には空には雲一つない星空が舞っていた。
竜はこの夜空が好きだった。澄んだ空に散らばった星々を愛していた。
ほら、貴方の愛した星たちが、貴方の門出を祝福しているわ。
友は涙ぐんだ声色で竜の耳元に静かに囁いた。友の涙が一筋、頬を伝う。その雫は竜の持つ花弁のように美しい鱗に染みた。
瞬間、竜の亡骸から淡い桃色の、ほわほわと花の胞子のような形をした光が星降る夜空に放たれた。
友は驚きと興奮が入り混じった感情を抱きながら、ああ、今から貴方はあの愛した夜空の星々になるのですね、と独りごちた。
竜の亡骸のすべてが宵闇に溶けた頃、友の手の内に一枚の花弁が舞い落ちた。それは竜の花鱗だった。
いつまでも忘れないでいてほしい。
そう、言われているような、そんな気がした。
友はその竜の花鱗を大切に飲み込んだ。
こくり……、小さく飲み込む音が空に溶ける。
友は昇りくる陽の光を見つめながら、西国の果てにて最期の竜について語り続けようと決めた。
自分が、最期の竜として生きると、決めたのだ。——
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