虫の聲が聞こえるから

げこげこ天秤

前編

「昆虫が実はエイリアンだと言ったら、君は笑うかい?」



 そう天津あまつ先輩は俺に視線を投げると、不敵な笑みを浮かべた。先輩はいつもこうだ。俺が暇そうにしていると見るや、思わせぶりな導入で、お得意の「都市伝説」を披露する。


 俺は冷めた目を天津先輩に向ける。


 正直、このオカルト研究会に無理やり勧誘させられて以来、あまりいい思い出がない。暇つぶしとしてはいいのかもしれないが、所属先としては汚点だった。出会いの場に行こうとも、「オカ研所属」なんて言えば、日陰者として扱われる。――まったく、避暑地欲しさのせいで、俺は大学デビューに失敗していた。



「生憎、宇宙人は信じてないんですよ」


「相変わらず君はツレない反応をするね」


「その上、虫が地球外生命体? 意味不明ですよ」



 ふと外に気を向ける。ひどい蝉の聲。あいつらは一体何が楽しくて、ここまで叫べるのか。窓を閉めていても聞こえてくるほどだ。まったく、何が「しずかさや、岩にしみ入る~」だ。芭蕉は難聴だったのかと、きっと相方の曾良そらもツッコんだはずだ。



ひねくれてるなぁ。いい蝉の聲じゃないか」


「どこがですか?」


「おや? 君は夏の風物詩を楽しめないタイプかな?」


「まぁ、球場の怒号よりはマシだと思いますけど」



 クスクスと笑う天津先輩。それから、「不思議に思ったことは無いかい?」と話題を戻した。これは、いわゆる昆虫宇宙起源説というやつだ。



「誰だって、中学や高校の授業かなんかで、一度は生命の進化の歴史を習うだろう? 海から生まれたご先祖が、両生類として陸地に進出して、やがて哺乳類になって、私たちに繋がるというやつ」


「まぁ、そうですね」


「じゃあ、昆虫の場合はどうなのかな?」


「そりゃあ…………」



 ――あれ? と、俺は答えに詰まった。


 植物の陸上進出は約4億7000年前のオルドビス紀。そして、脊椎動物の陸上進出は3億6000万年前のデボン紀だったと記憶している。そして思い出されるのは、教科書に載っていたイラスト。あの絵のなかで、イクチオステガの横を、昆虫は飛んでいた。


 アイツらは……いつ上陸した?



「おや? 答えられないかい?」



 天津先輩は黙り込む俺を見て、ニヤニヤと楽しんでいた。なるほど、君は、人間とは異なる方向に進化し、地球上で最も繁栄している種の進化の歴史を知らないと? と。本当に癪に障る笑い方をする人だ。だが、彼女の知識の方が上だったようで、「昆虫の陸上進出は、4億2000万年ごろのシルル紀と言われているね」と答えを提示された。



「けれど、記憶にないのは仕方ないさ。なぜなら、昆虫の進化についてはほとんど言及されない上に、突然現れたように見えるからね。――これから私が話すのも諸説あるうちの一つだ」



 不思議だよね、と。

 昆虫に関しては、分からないことが多い、と。


 そう言って天津先輩は、次々と不思議と思う点を列挙し始めた。まず、六脚類の空白と呼ばれる期間があるなど、進化の流れが分かっていないこと。そして、はねがどうやってできたか、十分に分からないこと。それどころか、なかには有翅昆虫の登場が4億年前という研究もあること――驚くよね、上陸とほぼ同時期に飛んでいたんだから、と。



「本当に昆虫は海からしたのかい?」


「待ってください!! カンブリア紀に節足動物の祖先はいたハズです!!」


「ははっ。君はエビの殻とゴキブリの殻が同じ成分だと知って、エビが食べられなくなったクチだろう?」


「い、いや……えっと……」


「ねぇ? 君は、エビと、カニと、ムカデと、クモと、カブトムシが同じ祖先を持つって、本当に思ってるのかい? ――目の構造も、脚の数も、全然違う見た目をしてるのに? 君も小学校の頃に唱えさせられただろう? 昆虫の構造を。足は6本あって、あたま、むね、はら……ってね」



 そして、やはり極めつけは翅だ。体の部位が変化してできたのだろうか? と、天津先輩は説明を続けた。鳥のように前肢が翼になったというような進化をしたというのならまだわかる。けれど、昆虫の翅は、まるで初めから飛ぶことを想定していたかのような構造だ。


 そして、こうした昆虫の構造は、何億年も姿を変えていない。――まるで、完成された生命体……進化しきった生命体だ。そんな彼らの生命力も、他の生物と比べてケタ外れだ。どんな環境でも生きて行ける。それこそ、地球じゃないどこかでも生きて行けそうじゃないか。


 そこにきて、という特徴だ。幼虫→蛹→成虫って変化するけど……子どもと大人では、全く別物の生物の姿だ。そんな生物は、地球上に類を見ない。



「さて最初の問いに戻ろう。昆虫の起源は、本当に地球だと思うかい?」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る