第6話 僕はしおんに恋をする。





 ⚅


 最初に受けたギルドミッションは、小鬼ゴブリンの討伐任務だった。

 僕としおんは近隣の小鬼の巣穴に向かい、夜を徹して巣穴前に落とし穴を掘った。準備が整ったら巣穴の前で焚火をして、小鬼の巣を煙攻めにする。やがて、カンカンになった小鬼が数匹、巣穴から飛び出して来た。僕は、それを遠距離からひたすら狙撃する。


「『来た来た! 飛び出して来たわよ、ライト』」


 ヌルヌルが叫ぶ。


「わかってる。ほら、こっちだ小鬼ゴブリンども、かかって来い!」


 僕は叫び、矢を放つ。

 そうして、僕は小鬼ゴブリンの大半を射ち倒した。矢で倒れなかった小鬼達も、次々と、落とし穴へと落下してゆく。

 やがて、巣穴からは気配がしなくなった。

 ライトとヌルヌルは巣穴へと近づき、落とし穴の中を覗き込む。落とし穴には、6匹の小鬼ゴブリンが嵌って藻掻もがいていた。そこへ、ヌルヌルはランプ用の油瓶を三つ程投げ込む。


「ふふふ。この瞬間がたまらないのよね」


 言いながら、しおん、否、ヌルヌルは、落とし穴に松明を投げ込む。忽ち、油に引火して、小鬼ゴブリン達が断末魔の悲鳴をあげる。


「うわあ……」


 僕は思わず絶句する。


「どうしたの?」

「いや。エゲツないなあ、と。しおんはいつも、こんな事やってるの?」

「え? そ、そうだけど」

「どうして普通に戦わないんだ?」

「普通に戦ったら危ないでしょ? テーブルトークRPGは、なんでもアリなのよ。プレイヤーが思いつく限り、何を試しても構わない。その世界の法則とルールが許すなら、ね。とてもとても、自由なんだから」

「う、ううむ。そういう事じゃないんだけど」


 言い合って、ライトとヌルヌルは小鬼ゴブリンの巣穴へと突入した。僕らは、一酸化炭素中毒で死にかけの小鬼どもを次々と討伐していった。巣穴の奥でゴブリンリーダーにも出会ったが、弓矢の攻撃だけで決着がついた。


「ふふ。これで、ミッションクリアーね。どう? 最初の冒険は」

「なんていうか、卑怯な気もするけど凄く面白かったよ。想像以上だった。しおんとも、仲良くなれたし」

「も、もう」

「あれ? 照れてるのかな?」

「て、照れてないもん」


 しおんは、顔を真っ赤にして呟いた。彼女は男の娘のキャラクターを作ったりと、ちょっぴり腐女子の素養があるくせに、自分自身がセメられるのには、弱いらしい。


「それよりも……ライトはレベルが上がりました。魔法の習得が可能です」


 しおんは、その日最後のDMダンジョンマスターの仕事をこなす。僕のキャラクターは、レベルが3に上がった。このレベルから、エルフは魔法を覚えられるようだ。


「どの魔法にしようかな。やっぱり、攻撃魔法かな」


 と、僕は上機嫌でルールブックに目を通す。


「これなんかどうかしら?」


 しおんが指さしたのは、ライトの魔法だった。


「エルフは暗視能力があるから、灯の魔法は必要ないよ?」

「でも、彦星ひこぼし君のキャラクターの名前は「ライト」でしょ。最初に覚えるなら、この魔法がふさわしい。そんな気がするの」


 しおんに勧められ、僕は結局、ライトの魔法を習得した。


 ⚀⚅


 帰り道、僕はまだ、興奮していた。

 日は、とっくに暮れている。でも、しおんと肩を並べて歩く街は、どこか煌めいて見えた。興奮の余韻が抜けきれない。まだ空想世界にいるような、そんな不思議な感覚だった。


「TRPG、気に入ってくれた?」


 しおんが躊躇ためらいがちに言う。


「ああ。物凄く。また、続きを遊べるかな?」

「も、勿論よ」

「じゃあ、約束だね。しおん」

「う、うん。約束……ね」


 言い合って、僕としおんは指切りをした。


 ⚅⚁


 僕の日常は激変した。

 あの放課後から、僕は学校でしおんを見かける度に、すぐに声をかけた。しおんも、恥ずかしそうに応じてくれる。僕等は休み時間も、放課後も、いつも二人で過ごすようになった。勿論、僕等の話題はTRPGについての物が主だった。

 しおんの話によると、彼女がTRPGを始めたのは、中学生の頃だったらしい。仲の良い後輩と街に出かけた時にTRPGに出会い、その後輩と遊んでいたのだそうだ。


「それって、もしかすると男子?」


 聞かずにはいられなかった。


「ううん。女の子よ。とっても可愛い子だから、今度一緒に遊んでみる?」


 しおんは、素っ気なく言う。まるで、僕を試すみたいに。


「……ううん。それはいいや。僕は、しおんと二人で遊ぶのが楽しいから」

「ま、また……そんなこと言って」

「本当だよ!」


 思わず声を荒げると、しおんは、驚いた顔で僕を見た。だが、


「……嬉しい」


 しおんは、顔を赤くしてモジモジと、長い髪を弄る。その様子に、僕は心臓をぐっと、掴まれたみたいな気持ちになる。

 そう。僕は、遠山しおんに恋をしていた。





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