第4話

「なあ、なんでインフィリッジが製造禁止になったか知っているか?」

「知らないよ」

「なんでも、かなり被人道的な方法で作られていたかららしいぜ」

「地下労働施設でもあるって?」

「いや、人間を材料に使うって話だ」

「……やめてくれよ、今僕たちはそれを身につけてるんだよ」

「気味が悪いなら、貰ってやるぜ」

「あげないよ」

「だろうな」

「人間って言っても、本物の人間じゃないんだろ?」

「なんでそう思う?」

「今の科学だと人間の体と同じ物質なんて簡単に作れるじゃないか」

「体はな」

「……どういうこと?」

「必要なのは魂って話だぜ」

「……どういうこと?」

「生贄的な使い方をするらしい」

「生贄?」

「まさかの、インフィリッジの冷気の源魔法説さ」


 この会話からしばらくして、ある考えに思い至った。

 この会話と以前ハルコから聞いていた話がリンクしたのだ。

 ハルコは言っていた。

 インテリジェンスハウスから人が消えていると。

 外と繋がらなくても生きていけるため、人間関係が希薄な人が増えた。

 その人間関係が希薄な人から消えていっている。

 新政府はインテリジェンスハウスを監視し、誰の人間関係が希薄かを知っていた。

 新政府は、簡単に食事に睡眠薬を盛ることもできた。

 眠っている人を周りから不審がられることなく移動させることもできた。

 つまり、インフィリッジが必要になれば、ひっそりと人間を出荷できる。

 インテリジェンスハウスはよくできた家畜小屋だった。


 僕は本気で逃げていた。

「魂が必要ってことは、追いつかれてもすぐに殺されはしないってことだよね」

 僕は少しでも安心を得るために、横を走るユウトに訊ねた。

 ユウトはクイーンとして知り合った数少ない友人の一人だった。

「向こうに口封じする考えがなけりゃな」

 安心できない答えだった。

 SNSに書き込んだインテリジェンスハウス家畜小屋説はすぐに削除された。

 そして、書き込みに使ったスマホは通信不可になった。

 ネットへの口封じは既に行われていた。

「健康状態をチェックします」

 ドローンのプロペラ音は直上から聞こえてくる。

 サウナのような熱風が絶え間なく降ってくる。

 インフィリッジは熱から遠ざけるために服の中に入れている。

 冷気を取り出すコードが工作された魔法瓶の中に入れて首から下げている。

「……大丈夫だよね」

「指輪サイズだと、こいつを撒かないことには、そのうち限界が来るぜ」

 ユウトは汗に塗れた顔で言った。

 小さなインフィリッジの吐き出す冷気がドローンの熱気に負けていく。

「ここら辺にファミレスがあったはずだよね」

「あそこは潰れたよ」

「そうか……」

 飲食店は軒並み廃業していた。

 食事などの生きるのに必要な物資は、新政府が無料で提供してくれる。

 そして、その食事はクオリティが高かった。

「この街ももう終わりか……」

 生きるのに必要な物資は全て新政府が無料で提供してくれる。

 生きるだけであれば収入は必要無くなった。

 趣味を仕事にする人、暇を持て余した人、ただコミュニティに属していたい人。

 本当に一部の人だけが働くようになった。

 働く人のいなくなった街には、誰も来なくなる。

 いくつもの街がそうやって終わった。

 僕たちは、今、死んだ街の中を走っていた。

「もうじき、姉貴のマンションだ。そこからは車移動だから、少しは休めるぜ」

「わかった」

 家に籠っていても、いつ新政府からの支援が打ち切られるか分からなかった。

 だから、僕たちは北海道に向かおうとしていた。

 徐々に暑さを増す日本で、北海道は他よりも少しだけ暑さの侵攻が遅かった。

 新政府が急速に進めた暑さへの対策について、北海道は後回しになった。

 特に、自動運転タクシーは、都市間の距離の長さもあり、後回しにされていた。

 北海道の人々は新政府を介さない独自の対策を行い、なんとか暮らした。

 その独自の対策は現在も行われている。

 北海道は新政府への不信感が強く、新政府の管理が行き渡っていなかった。

「北海道は涼しいかな?」

「暑いぜ、日本だからな」

 僕たちの北海道への逃避行が始まった。

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