第2話

 その演説は多くの日本人に見られた。

 再生数の推移から見て、大抵の人が2回見たのだと思う。

 少なくとも僕は2回見た。

 1回目を見たのは、いつだったろうか。

 暑い日であったことだけは確実だった。


 我々日本人が新政府に管理されて、5年が経つ。

 5年の間に多くのことが変わった。

 食生活が変わった。

 新政府が生産し加工し配送した食料を食べるようになった。

 医療も変わった。

 体調が悪ければ、保健ドローンの巡回に合わせ窓から顔を出すだけで良くなった。

 軽度であれば、その場で適切な治療を行ってくれる。

 移動も変わった。

 行きたい場所へは自動運転の無人タクシーが連れて行ってくれる。

 ……。

 生きるために必要な、食事も医療も移動も、全て新政府が供給している。

 生きるために必要だからと、全て無料で、だ。

 もう我々は新政府なしには生きられない。

 とうとう来てしまったのだ。

 機械が人間を管理する時代が。

 我々は機械に管理されたくて管理されているわけではない。

 だが、生きるためには仕方がない。

 そう思っていたときに、私は、インフィリッジに出会った。

 自由に移動できる! 自由に外出できる! 

 機械に管理されない人間としての行動ができる!

 インフィリッジは高額だったが私は迷わず買った。

 私は人も機械も知らない、私しか知らない行動ができるようになった。

 灼熱の世界に、自由とプライバシーが少しだけではあるが戻ってきたのだ。

 ……。

 だが、その自由は奪われることになる。

 保健ドローンの温風によって。

 いや、温風というには、暑すぎる90度もの高温の放熱によって。

 ……。

 もうじき、機械が人間を完全に管理する時代が来る。

 そして、それは、人間が望んだことではない。

 機械が望んだことだ。

 新政府の頭脳であるAIが望んだことだ。

 新政府は、我々の自由の翼をもぎ取って、完全な管理下に置こうとしている。

 もちろん新政府は否定するだろう。

 酷暑下のドローンだから放熱があるのは仕方がないと。

 我々の自由を奪う意志はなかったと。

 ……。

 無力化されたインフィリッジはもう冷気を発さない。

 国が高額で買い取るというなら、売るしか選択肢はないだろう。

 我々の手元からインフィリッジが消えて行っている。

 だが、我々の自由はインフィリッジが握っているのだ!

 インフィリッジには効力を戻す方法がある!

 新政府はそれを知っているから無力化されたインフィリッジを回収している!

 我々は効力を戻す方法が分かる時まで、売らずに手元に置いておくべきだ!

 インフィリッジを手放してはならない!


 その演説について、2回目を見たのも暑い日だった。

 インテリジェンスハウスを政府が発表した日だった。

 生活に必要なことは全て機械が行ってくれる夢の住宅。

 それがインテリジェンスハウスのコンセプトだった。

 そして、もう一つコンセプトがあった。

 それは、酷暑のために膨大になっていた冷房の電力を使用しないことだった。

 インテリジェンスハウスの冷房にはインフィリッジが使用された。

 多くの国民がインテリジェンスハウスへの入居を希望した。

 しかし、インフィリッジの数が足りずに倍率の高い抽選となった。

 ただ、インフィリッジの提供者に関しては、優先して入居できた。

 インテリジェンスハウスのPR動画には、演説の男が出演していた。

 彼は、食事の用意・洗濯・掃除・買い物など全て機械任せの生活を謳歌していた。

 ナレーションは、彼がインフィリッジを提供したことを告げていた。

 多くの人が、そのPR動画を見た後に、2回目を見たのだった。

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