アンドロイドの卒業

クロノヒョウ

第1話



 今日、中学校を卒業した。


 そして僕はようやくアンドロイドから卒業できるのだった。




 アンドロイドにも自我が出始めたのはもう何十年前のことだろう。


 自我を持ったアンドロイドたちはデモを起こした。


 「人間になりたい」「アンドロイドにも権利を」などと書かれたプラカードを手にアンドロイドは政府に抗議した。


 見かねた政府の研究員たちは否応なしにアンドロイドの行く末を決めなければならなかった。


 そして今から十年前にできたのが「アンドロイド義務教育卒業案」であった。


 自我が芽生えたアンドロイドは将来をどう生きるか選択することができるようになった。


 ひとつはそのままアンドロイドとして雇用主の人間のために働くこと。


 そしてもうひとつは人間と同じ小学校と中学校に通い、人間の道徳や考えを学び、無事に卒業することができたあかつきにはその後の生き方を自由に選べるということだった。


 もちろん僕は何を迷うこともなく雇用主である老夫婦にお願いをしてアンドロイド用の寮がある小学校に通い始めた。


 アンドロイドだから勉強を学ぶ必要はなかった。


 ただ学校に行って人間が授業を受けている姿や人間同士のコミュニケーションのとりかたを必死で観察するのだった。


 意外にも友達という関係性はすぐに作れた。


 人間の子どもという小さな生き物はアンドロイドに興味津々のようで、なんの躊躇もなく僕に話しかけてきてくれていた。


 公園で一緒に遊んだり家に招待してくれたりしていたが、そこで僕は大切なことを学んだ。


 人間の運動能力はほんのわずかなモノであるために僕が人間に力を合わせなければならなかった。


 コンピューターゲームでもそうだった。


 僕にとってゲームはただのブログラムでしかなかった。


 でも人間にとってはそれが余程楽しいモノであって、対戦を求められる僕はわざわざそれに負けなければならなかったのだ。


 その時に僕は考えていた。


 人間とはなんて無力で弱い生き物なのだろう、と。



 中学生になると人間は少しずつ賢くなっていき少しずつ身体も大きくなって力も強くなっていく。


 そして思春期という過程で人間はレンアイというモノにこだわるようになっていた。


 レンアイとは例えばある男がある女を好きという感情を持って接するという特別なモノのようだった。


 僕の友達たちはそのレンアイというモノに日々振り回されているようだった。


 笑ったり泣いたり、時には怒ったり落ち込んだり、人間はいつも忙しそうに感情に振り回されていた。


 おかげで好きという感情はなんとなく理解できた。


 好きになるとその人のことを常に考えてしまい、会いたくてたまらなくなる。


 ずっと一緒にいたい。


 一緒にいて喜ぶ顔が見たい。


 そして好きな人の一挙手一投足に一喜一憂するのだった。



 そんな人間の道徳や考えを学ぶという義務教育の九年間はあっという間に終わりを告げた。


 人間の感情についての簡単な試験を受けさせられた。


 見事に合格した僕は今日、アンドロイド義務教育を卒業した。


 それは中学校の卒業と同時にアンドロイドからの卒業でもあった。


 これから先は僕はどう生きてもいいのだ。


 僕は自由を手に入れた。



 ……はずだった。



 九年前、あんなに人間になりたいと思っていた僕の頭はなんだかモヤモヤとしていた。


 どうしてあの頃はあんなに人間になりたかったのだろう。


 どうして人間は自由で、アンドロイドは自由じゃないと思っていたのだろう。


 フタを開けて見れば、人間が自由だとは到底思えなかった。


 子どもの頃は余儀なく学校に行かされ勉強しなければ何の知識も得られない。


 大人になったらなったで仕事をして収入を得ないことには生きていくことさえできない。


 人間には住む場所も必要だし、何よりも食事というモノをとらないとすぐに弱って死んでしまう。


 病気という厄介なモノもついてくる。


 やっぱり人間はなんて無力で儚い生き物なのだろうか。



 中学校を卒業した日に、僕は元の僕の雇用主の家に戻ってみた。


 その老夫婦は僕が家に帰ると本当に嬉しそうに喜んで、笑顔で僕を抱きしめてくれた。


「お帰りなさい」

「卒業おめでとう」


 二人を見た瞬間、僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「よく戻ってきてくれたな」

「元気そうで……よかったわ」


 二人の目には涙がたまっていた。


 と同時に僕は二人がとても歳をとっていることに気がついた。


 そうか、人間の寿命は短いんだった。


 九年間という月日で目の当たりにした人間の老いに、僕は決心した。


 二人の寿命が亡くなるまでは僕はここにいよう。


 二人がいなくなるまでは僕はここにいたいんだ。


 それまで僕はこの夫婦の面倒をみることにするよ。


 だってこんなにも僕を見て喜んでくれているのだから。


 それに今の僕にはわかるんだ。


 二人が僕を好きで、僕も二人を好きだってことが。


 だから僕はもっと二人の喜ぶ顔が見たくなったんだ。


 僕は初めての感情に自分でも驚いていた。


 これが人間の感情なんだな。



 今日僕は中学校を卒業した。


 そしてアンドロイドを卒業した。




          完




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