メタ子☆ミラクルエクスプロージョン!

尾八原ジュージ

壮大に何も始まらない

「はわわわ! 遅刻ちこくぅ!」

 と叫びながら器用にパンを咥え、制服のプリーツスカートをはためかせながら、ブロック塀の角から飛び出したあたしの名前は二次元沢にじげんざわメタ子! ちょっとおっちょこちょいなごく普通の十四才、しいて特別なところを挙げるとすれば、自分がなんらかのフィクションのヒロインだってことを認識しているところかな!?

 もちろんヒロインたるもの、無計画にパンを咥えて走ってるわけじゃない。今この時間、この場所でパンを咥えて走っていると、曲がり角の向こうからやってきた「学校一のイケメンで家が超金持ちで生徒会長でなぜか一人だけ白い学ラン着てる先輩」とぶつかって恋に落ちるというイベントが発生するのだ! なにせあたしはヒロインなので、そのことが理屈を超えてわかるんですね。

 別に先輩のことが好きってわけじゃないし、実際現時点で名前すら思い出せないわけだけど、でもヒロインたるもの学園一のイケメンで家が超金持ちで生徒会長で一人だけ白い学ラン着てるくらいのハイスペック男と、一度はフラグを立てたいものだよね? 最低でもそのくらい豪華なトロフィーがほしいよね? そのとおり! では行ってきます!

 ドーン!

「いったぁ〜い!」

 ミニスカートながらギリギリパンチラしないラインを守って倒れた清純派なあたしに、「ごめんなさい! 大丈夫?」と、すらりとした手が差し出される。その手をとったあたしは、瞳をうるうるさせながら「あ、あなたは……!」と顔を見上げた。

 そこには学園一のイケメンで家が超金持ちで生徒会長で一人だけ白い学ランを着てる先輩……ではなく、最近ご近所に引っ越してきた色気ムンムンの美人妻が! ぽってりとした唇に泣きぼくろ、屈んだ胸元からはムッチリとした谷間が覗き、おまけによく見ればの、ノーブラではありませんか! あっ、なんだかすごいいい匂いが! 女といえどあの胸元に飛び込んで行きたくなる衝動を抑えられなくなりそう。ダメ、メタ子の性癖がネジ曲がっちゃう!

 危機を感じたあたしは叫んだ。

「メタ子! ミラクルエクスプロージョン!!」

 途端に美人妻もブロック塀も落としたトーストも何もかもが吹き飛び、あたしはまたトーストを咥えて「遅刻ちこくぅ!」と走る場面に戻っていた。

 そう、これこそがヒロインたるあたしに授けられた能力、その名もメタ子ミラクルエクスプロージョン!

 この能力を駆使して、あたしは理想のラブストーリーへとこの物語を導くってわけ。まぁえっちな人妻もいいけど、それって今じゃないよね。というわけで遅刻ちこくぅ!

 ドーン!

「むっ、大丈夫か?」

 差し伸べられた手はがっしりとして分厚く、声は低くて心地よい。とにかく相手が人妻ではないということをあたしは悟る。ヨシ!

 で、顔を上げると正面には色白の、縦長の馬面が――否、本物の白馬がいた。

「娘、怪我などはないか?」

 馬上からあたしに声をかけるのは、綺羅びやかな着物をまとい、きりりとチョンマゲを結った堂々たる男前、強者のギラギラオーラ! う、上様なりぃー!

「すぐに医者へ!」

 すぐにあたしを馬上に担ぎあげてくれる上様めっちゃいい人、しかも逞しい。あとこの人もいい匂いする。超高いお香みたいな匂い。ああ、このまま後の世に語り継がれる名君の素敵エピソードのひとつにあたしも……否!

「メタ子! ミラクルエクスプロォーージョン!」

 上様も白馬も何もかもが吹き飛び、あたしはまたパンを咥えて走り始めた。

 否! 上様断じて否! あたしはあくまで学園もののヒロインだし、それに上様の徳が高すぎてあたしの存在感が薄れてしまう。上様の数あるエピソードのワンオブゼムになってしまう。断じて否だっ!

 確かにあたしはスペシャルないい男とくっつくべき、だがそれはあたしが主人公であるということがあくまで大前提だ。素敵な恋の相手はそれを補強するもの、あくまであたしの引き立て役でなければならない。しかしちょっとパン咥えて走るの地味にきついなこれ。口が疲れてきた。

 曲がり角を曲がる! ドーン!

「いったぁ〜い!」

「螟ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶°?溽ォ九※縺セ縺吶°?」

 すらりとした九頭身、吸い込まれるような黒目がちの大きな瞳、銀色全身のそいつは見るからに宇宙人!

「メタ子っ! ミラクルぅエクスプロオオォジョン!」

 学園ものだっつってんだろ! 外見の価値観が違いすぎてイケメンかどうかもわからなかった。あとたぶん全裸だった。彼ら的には普通のことかもしれないけどあたしには異文化すぎる。次だ次!

「遅刻ちこくぅ!」

 バーン!

 曲がり角からやってきたトラックに跳ね飛ばされたあたしは、パンを咥えたまま空高く跳ね上げられた。宙を舞うあたしを追いかけるように、あたしの鼻血が青空に飛び散ってくるくると旋回する。きれい……なんて思っているうちに落下が始まった。このままだとアスファルトに激突しちゃう!

 ドーン!

 意外に柔らかい感触があたしを包む。ぐらぐらする首を押さえながら起き上がると、あたしの下に倒れていたのはなんと、学園一のイケメン以下略の先輩ではないか! 上空十数メートルから落下してきたあたしの体に衝突されて、し、死んでる……ていうかあたしも目が霞んできた。

 このままでは住宅街のど真ん中、謎の死を遂げたふたりの男女の死体が発見され――ジャンルが学園ものラブストーリーから変わってしまうし、何よりそれあたしが主人公じゃないな!?

「メタ子ォ! ミラクルウゥゥ! エクスプロォーージョン!」

 すべてが吹き飛び、あたしはまたトーストを咥えて走り始めた。あやうくエクスプロージョンの前に意識が落ちるところだった。危ない危ない!

 今度こそ高スペックの生きたイケメンと爽やかな恋に落ちる。あたしはヒロイン。この世界の中心にして絶対的存在。あたしをひたすらキラキラさせるための恋が! その相手が! 曲がり角の向こうに待っているはずなのだ!

 全速力でカーブを切りつつ、衝撃に備え防御姿勢をとる。我ながら美しい体勢!

 ドーン!

「いったぁ〜い!」

 と聞こえた声の愛らしさ、目を開けると、まさに主役級のカリスマを感じさせる、一見地味っぽいけど明らかに美少女な女の子が尻もちをついていた。あたしはこの子をよく知っている。おお、彼女の名前は二次元沢メタ子! あたしだっ!

「メタ子ちゃん大変でゲス〜! 何度も時空の破壊と想像を繰り返したせいで、重大なバグが発生したでゲス! メタ子ちゃんが二人になっちゃったでゲス〜!」

 いつの間にか現れた魔法少女的マスコットキャラクターの小動物が、あたしの肩の上でキャンキャン騒ぐ。語尾がかわいくない! 魔法少女はまだいいとしてもお前は失格! やり直しだ! そのとき目前のメタ子が口を開き、わかりきっていたあの一言を発した。

「メタ子! ミラクルエクスプロージョン!」

 ブロック塀もトーストも魔法少女的マスコットも、そしてあたしも吹き飛び、果てしない時空の彼方へとうち棄てられた。

 そこであたしは美人妻と上様と宇宙人と学園一のイケメン以下略の死体と再会し、やけくそで全員と肉体関係を持ってイチャイチャしながら、バグによって発生した偽物の二次元沢メタ子を消去する冒険を始めることになるのだがそれはまた別の話。つまりこれは壮大なプロローグみたいな顔してなんにも始まらない物語、物語の墓場から拾ってきたちょっとした小噺で、ヒロインたるあたしはそのこともちゃんと理解してるってわけ。それでは読者の皆様、愛を込めてアディオス! ミラクルファイナルエクスプロォーーーーッジョン!!!


【劇終】

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