第41話

供揃いに河近姉弟、…先払いがお姉さんの河近紅麗さん、殿が弟さんの河近青司君という…。さすがに「下に、下に」という声は掛かりませんでしたけれど、私は二人に護衛されるように前後を挟まれて、河近家のリビングに、無事入城しました。

ただ、…この「供揃い」は、私の気が変わって、回れ右して玄関から外に飛び出すのを阻止する役目もあるのでは…とも思われました。昔のお殿様も楽じゃなかったんだろうな…と、見も知らない相手の苦労に思いを馳せて、ひとつ溜め息を吐こうとしたタイミングで、河近さん…姉の紅麗さんがひょいと私の方を振り向いたので、私は思わずその溜め息を逆に飲み込んでしまい、私の喉で「ひょっ」という、変な音が鳴りました。

同じ「フジジョ」の中等部二年生で、同じ日に入試を受けて同じ日に入学した、…少なくとも、頭の出来は私とさほど変わらないと思われるのに、外側の素材の全く違う、「華やかな美少女」にいきなり至近距離で見つめられて、さすがに私がどぎまぎしているのを知ってか知らずか、紅麗さん、…お話しする上で、分かりやすいようにこう呼びます。私自身は終始「河近さん」って呼んでましたけれど…。とにかく、その紅麗さんは、リビングの、ベランダに続く掃き出し窓から差し込む午後の光を背に、私の顔を暫くしげしげと覗き込んでいましたけれど、不意に「…なるほど、『オギンサマ』ね…」と呟いてにやりと笑うと、いかにも「来客用の笑顔」という表情を作ってから、

「立花葵サン、ようこそ我が家へ!さあさあ座って座って…。あ!…青司!ブランケット、使ったら片付けてよ。あと、お客様にお茶の準備!」

って、まるで私達が旧知の仲で、今日は私がお家にお客で伺ったとでもいうような態度で、既にさっさとキッチンに入っていた青司君が「もうとっくに淹れ始めてるよー。アネさん、茶菓子の用意頼むよ…」って言うのを、まるっきり気にも留めないと言った風情で、リビングの、ソファーの長椅子の上のブランケットを大雑把に丸め、ソファーセットの端のスツール型の上に放り出すと、空いた長椅子の表面を、さっさっとルーム箒で軽く払ってから私に勧め、自分は、私の向かって左側斜め向かいの、背もたれの付いた一人掛けに腰を下ろして、両手の指を組み合わせて身を乗り出し、にっと笑いながら、何だか、私のことを子細に観察するかのように、じっと見つめてきました。

私は、紅麗さんと青司君の両方にという心積もりで、お構い無く…って声を掛けてから、自分の通学鞄を、長椅子の足元の床に置いて、上に着ていたコートを脱いでマフラーを外し、軽く畳んで長椅子の背もたれに掛けて、そのすぐ傍らに腰を下ろしましたけれど、頭の中は先刻から疑問符だらけです。とりあえず紅麗さんに、さっきはありがとう、って挨拶すると、

「ああー…。いやいや、普通にキモいっしょ。良い年歳の、薄ら髭どころが青髭生えらかした男が、しかも女子校の教師がだよ?真面目でか弱い教え子の美少女、それも中等部生を、学校近くの天下の公道、その上あろう事か、この私の縄張りの内を、バカ声張り上げながら追っ掛け回すなんてさあ…。あ、これ見て。キモい通り越して笑えてこない?」

って、先程の青司君より一層勢い良く、ぽんぽんぽんと一気に喋り倒すと、…いや、美少女じゃないし…っていう私の抗議なんか耳にも入れない様子で、手元の携帯電話を素早く操作して、その、…例の、押谷教職員が校門前で這いつくばっている写真が表示された画面を、私に示しました。

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