美少女騎士(中身はおっさん)の朝


 その日、『彼』はいつものとおり目覚めた。ふかふかのベッドの中。カーテン越しの朝日が眩しい。


 そう、いつもと同じ朝。……のはずだった。


「もう朝か……」


 くそ。まったく寝た気がしない。


 『彼』は頭をふる。まだ脳味噌の中にモヤがかかっている。しかし起きねば。仕事にいかねば。その前にひとり娘のメルを起こさなきゃ。そして朝飯を……。


 意識が徐々に覚醒する。ゆっくりと頭の中の靄がはれてくる。





 がばっ!


 勢いよく起き上がる。


「あれ? オレ、どうして家に居るんだっけ?」


 彼は必死に記憶をたぐり寄せる。


 夢をみていたような気がするが、内容は思い出せない。夢のその前、昨夜ベットに入る前、オレは何をしていた?


 ……そうだ。昨夜、小型ドラゴンの群が公都に襲来したんだ。そしてオレは、ドラゴンを斬っていた。





 公都を襲撃する無数の小型青竜の群。もちろん公国は全力をもって迎撃した。公国陸海軍の対空砲火でドラゴンの大部分は撃ち落とされた。だがそれでも撃ち漏らされた残り、多数ではないが決して無視できない数の小型竜に、公都への侵入を許してしまった。


 彼は公国軍人ではない。所属するのは公国君主である公王陛下直轄の騎士団、彼は誇り高き『公国騎士』だ。剣と魔法を駆使して、公都に蔓延る近代兵器が通用しないモンスターや凶悪な魔法使いを叩き切るのが仕事だ。


 重火器がつかえない公都の空を我がもの顔で飛び回るドラゴンどもを駆逐するため、彼は仲間と共に徹夜で公都市内を走り回り、魔力を振り絞り、剣を振るったのだ。


 夜も明けようかという頃合い、公都中心部、大聖堂付近に集結したドラゴンの個体を数頭まとめて切り伏せたことは覚えている。そして、いつのまにか多数のドラゴンにとり囲まれ、剣は折れ、魔力も体力も尽き果て、ついに進退窮まったことも。





 あわてて自分の身体を確認する。あの状況で無傷で済むはずがない。


 あれ?


 しかし、……確認した自分の身体は、五体満足に思える。傷ひとつない。


 あのドラゴンどもとの死闘は夢だったのか? 夢にしてはいくらなんでも鮮明すぎる気がするが……。


 彼はほっと一息つくと、周囲を見渡す。そして気づいた。


 あれあれ?


 身体に傷はない。ないが、なにかがおかしい。


 いつもの部屋。オレの寝室。いつものベット。いつもと同じ。確かに同じだ。でも何かが違う。違うのは、……オレの身体?





 ベッドの上、毛布の中、身体に違和感がある。半身を起こし、さらに違和感が大きくなる。


 小さいのだ。自分の手も足も胴体も、すべてが小さい。


 とっさに鏡をみる。亡くなった妻が大事にしていた大きな姿見だ。鏡の中に居たのは、ベットの中で半身を起こした少女。……少女だと?


 おいおいおいおい。


 彼は自分に問い掛ける。オレは、誰だ?





 オレはウィルソン・オレオ。35歳。


 15歳の娘が一人。妻は10年前に亡くなった。


 職業は、誇り高き公国騎士。騎士団の中でも剣と魔法で魔物退治を専門とする魔導騎士小隊の一員だ。早いはなしが、オレは魔力と鍛え上げられた傷だらけの肉体が自慢のむさくるしい『おっさん』だ。


 しかし、鏡の中にいるのはどう見ても、少女。


 こちらを見詰める大きな黒い瞳。通った鼻筋。サクランボのような唇。無精ヒゲはどこにいった? そもそも顔が小さすぎる。くしゃくしゃの茶色の髪が、いつのまにか黒い髪のショートカットに。


 自分の目から見ても、かなりの美少女だろう。娘と、若い頃の亡き妻の次くらいには、可愛らしい女の子。


 そして、とにかく華奢。肩幅、腕、胸、腰、脚、すべてが小さくて細い。15歳になるオレの娘、メルよりも見た目は若い。若いと言うより幼い。どう見ても中学生くらいだ。


 これがオレだというのか? ……いやいやいや、それはないだろう。


 彼は大きく首をふる。しかし、鏡の中の少女も同時に首を振っていやがる。





 くどいようだが、オレは公国騎士だ。中世時代から現代に到まで剣と魔法で公国を護ってきた誇り高き公国騎士団の一員だ。


 オレの得意とする戦闘は、肉弾戦。鍛え上げた肉体を、戦闘時には自らの魔力でさらにブースト。得意の剣だけではなく、時には拳も蹴りも駆使して強大なモンスターを駆逐する。それがオレの戦闘スタイルだ。


 それが、……なんだこの小さな手は。細くて白い腕は。これではとても剣など握れない。


 ベットに入った時と、寝間着も替わっている。


 彼はいつも、下着一枚で寝ていた。起こしに来る娘に苦情をいわれても、それが習慣なのだからしかたがない。


 だが今、彼の寝間着は、ぶかぶかの丸首のシャツ一枚だ。下のズボンははいていない。


 シャツの裾から覗くのは、細くて白い素足。シャツの下をおそるおそる確認すると、下着は女物、というか女児用のパンツ一枚じゃないか。


 なんだこれは?






 しばらくの間、彼は口を開けたままポカンとしていた。茫然自失とはこのことだ。


 いったい何分間そうしていたのか、自分でもわからない。


 窓の外はすでに明るい。小鳥のさえずりが聞こえる。通勤する人々の喧噪。石畳を歩く馬のひずめといななき、馬車の車輪の音。ここ数年で一気に増えた自動車のエンジン音。やかましいクラクション。いつもと同じ公都の朝。


 ぱんっ! 


 両手で自分の両側の頬をたたく。なんとか我を取り戻す。彼は強大な魔力と剣を操る公国騎士だ。人類をはるかに凌駕した力を持つ大型ドラゴンやヴァンパイアと対峙したこともある。絶対絶命のピンチにおいこまれたことも一度や二度ではない。どんな状況でも冷静に対処することが求められている立場だ。


「と、とりあえず、家族に相談するべきだろう」


 しかし、さすがにこの状況は、彼の対処能力を超えている。


 幸いにして、今日は娘が家に居るはずだ。彼、ウィルソン・オレオは、唯一の家族である15歳の娘、メル・オレオに助けを求めるべく、寝室をでて台所にむかった。





「メ、メル!」


 リビングには娘のメルがいた。


 いたか。いてくれたか。


 肩まで伸ばしたさらさらの金髪。丸首のシャツに、下半身はスラリと伸びた素足。今のオレとほぼ同じ寝間着姿。いつものとおり寝起きが悪い。ボーッとした顔のまま、顔を洗っている。


 メルは公都のハイスクールに通っている。全寮制の学校だが、寄宿舎が家から遠くはないため月に一度は週末に帰ってくる。昨日も帰ってきていたはずなのだが、ドラゴンの奴らのせいで一緒に飯も食えなかった。


 いつも通りのメル、……だよな。よかった。


 ほっと一息つく。


 約一ヶ月ぶりに顔をみせた娘。いつもと同じ、たしかに男手ひとつでここまで育て上げた娘のメルだ。いつもは寝起きが極端に悪いクセに、今日はオレよりも早く起きていてくれた。


 オレは心の底から安堵した。自分の身にどんな異常がおころうと、たとえ世界が滅びたって、メルさえ無事でいてくれればオレは生きていける。





「お、おはよう、メル」


 だが、メルが振り向き口を開いたその瞬間、オレはまたもや唖然とさせられたのだ。


「おはよう。ウーィルおねぇちゃん」


 な、……に?


「そんなにあわててどうしたしたの? ウーィルおねぇちゃん」


 お・ね・え・ちゃ・ん、……だと?



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