最強おっさん騎士、目覚めたら美少女騎士になっていました

@koshikoshikoshi

最強おっさん騎士


「へ、ざまぁみろ、トカゲ野郎」


 渾身の一撃により斬り捨てられた異形のモンスター。真っ逆さまに落下していく小型ドラゴンを一瞥した男が、ガッツポーズとともに叫ぶ。


 その男は獣人。全身は銀色の体毛に覆われ、頭にはオオカミの耳。その手には、炎を纏った剣が握られている。


 そして、跳ぶ。石造りの教会からレンガのアパートの屋上へ。新たな獲物を斬るために。


 ぐぎゃー!


 だが、彼は先走り過ぎた。後ろから現れた別のドラゴンが、その背中を襲う。仲間の仇を討とうというかのように、巨大な爪を振りかざす。


 くっ!


 慌てて振り向くが、前のめりの体勢では防御が間に合わない。


 しまった!


 一閃。黒い剣が空間を走り、目の前のドラゴンが二枚の開きになる。


「すまないおっさん、助かった」


「調子に乗るな、小僧!」


 おっさんと呼ばれた無精ヒゲの男。こちらは人間だ。若造をたしなめる。




 獣人の若者とおっさん。ふたりの男が、剣を振りかざしながら都会の上空を駆ける。魔力を纏った剣。魔力によりブーストされた筋力。ふたりの戦闘力は、人類の常識を超越したものだ。


 しかし、そんな人間離れした二人の剣士をあざ笑うかのように、高層ビルをかすめて飛びかうトラックほどもある影。


「くそ、こいつらいったい何頭いやがる?」


 彼の炎の剣を器用に身体を捻って避けたドラゴンに舌打ちしながら、若い剣士が叫ぶ。


「そもそも、こいつら何のために、こんな都会の真ん中に現れやがったんだ?」


 それは、黒い剣を振るうおっさんも同様に抱いていた疑問だ。目の前のトカゲどもの動きには、目的のようなものを感じる。


「何かを探しているようにも思えるが……、ん?」


 明らかにドラゴンどもの動きがかわった。都会の夜空を無秩序に跳び回っていたいたドラゴン共が、突如うごきを変える。まるで誰かに導かれるように、特定の方向に向かう。


「……何かを、見つけたのか?」


 二人の男は、もちろんドラゴンの群を追う。






 新月。さらに灯火管制。普段は眩いばかりの灯りに彩られた街が、今夜だけは暗黒に沈んでいる。


 人々は家に閉じこもり、カーテンの隙間から恐る恐る夜空を望む。闇の恐怖に支配された都市の上空、ふたりの騎士が追うのは翼をもったモンスター。街を襲う青色の小型ドラゴンの群だ。


 二十年ほど前、人類は史上はじめて世界規模の大戦を経験した。それは、人類に悲劇と惨劇と、そして科学文明の時代の到来を告げた。


 鋼鉄の蒸気船が大洋を行き交い、航空機が大空を舞う時代。大陸間を電信網が繋ぎ、都市を覆うレンガやコンクリートの高層建築。電灯やガス灯の明かりが夜を照らす。


 だが、そんな科学技術の時代になっても、人類はモンスターの脅威から脱することはできなかった。


 この国は、列強国の一角、「公国」として世界に知られている。大洋の真ん中に浮かぶ島国の首都「公都」、世界でも有数の人口を誇る大都市が、異形のモンスターの群に襲われていた。


 街に響く悲鳴。乾いた銃声。機関銃の轟音。飛行機の爆音。そして、空を舞う無数の影。


 本来は北極圏に住むモンスター。その巨躯をもって人を襲い、口から冷凍ブレスを吐く青ドラゴン。やつらの大群は深夜、海を越え、忽然と現れた。


 もちろん、公国陸海軍は全力をあげて迎撃した。だが、公都は自国の首都であり人口密集地だ。いったん空から侵入されてしまえば、銃火器の使用は制限される。


 そんな市街地の中心部。ドラゴンに対し剣で戦うふたりは、近代的な銃火器をもって組織的に闘う公国軍の軍人ではない。彼らの武器は、常人には決してもちえない力。『魔力』だ。


 剣に魔力をまとい、さらに肉体を魔力で強化。ドラゴン等のモンスターから市民を護る、公国の切り札。彼らこそ『公国魔導騎士』なのだ。






 ドラゴンの一群を追うふたりは、公都中央部、巨大な建築物にたどりつく。


「ここは、……大聖堂?」


 その塔は、公国一背が高い建物だ。公都市民のシンボルともいえる存在。しかし、大戦で破壊され、現在は再建途中。人は居ないはずだが。


「トカゲ共、こんなところにどんな用があるっていうんだ?」


 一瞬、若い獣人の騎士の動きが止まる。ドラゴンは、その隙を見逃さない。


「凍気のブレスだ! 避けろ!!」


 だが、おっさんの警告は間に合わない。若造騎士が青ドラゴンのブレスの直撃を喰らう。全身が凍り付き、その場に倒れる。


 それを合図とするかのように、おっさん騎士の周囲に何十頭ものドラゴンが集まる。


「くそ、取り囲まれた」


 まさか、公都をおそったドラゴンのすべてがここに集まったというのか?


 無精ひげのおっさんが唇を噛む。


 どうする? 筋力をブーストしていた魔力もそろそろ限界だ。魔力だけじゃない。もともとの体力も気力も、そろそろ底を尽く。


 ちらりと後ろを見る。マヌケにもブレスの直撃をくらった後輩の騎士が仰向けに転がっている。ピクリとも動かないが、もともと頑丈な獣人だからまだ死んではいないだろう。しかし、このままだと時間の問題か。


 ぐぎゃーーーー!


 突進してきたドラゴンに対し、剣をふるう。残り少ない魔力を振り絞る。次々と吐き出されるブレスから逃げ回り、振り下ろされる爪を避け、そして目の前のドラゴンを斬る。斬る。斬る。斬……れない?


 鈍い音とともに、自慢の黒い剣が竜のウロコに跳ね返された。魔力の限界?


 くっ!


 ふと『撤退』という単語が頭に浮かぶ。


 ……だめだ。呑気に倒れたままの後輩をかついで、このドラゴンの包囲から逃げるのは、さすがのオレでも不可能だ。そして、こいつをここに置いて逃げるという選択肢はない。こいつはオレの後輩、……いや、息子みたいなものだ。見捨てて死なれると寝覚めが悪い。なによりも、こいつと仲の良いオレの娘が悲しんでしまう。


 なぁに、ちょっと時間を稼げばいいのだ。ここは公都のど真ん中。しかも、すべてのドラゴンがここに集まりつつある。ということは、あとほんの数時間も耐えていれば、同じくドラゴン退治に出動している同僚騎士や陸軍が援軍にかけつけるはずだ。


 その程度の時間を稼ぐ策は、いくらでもある。本当に最後の最後になったら、オレの命を度外視してこいつだけ守ってやればいいのだ。それほど難しいことじゃあない。


 おっさんは、すでに限界を超えた体力をぎりぎりまで振り絞り、跳ぶ。最後の一滴まで魔力を振り絞り、ドラゴンめがけて剣を振るう。たとえ斬れなくても、剣が折れても、それでも斬る。公都の中心部、大聖堂の天井の上を駆ける。


「へ、へ、へ、まさか公都のど真ん中で、市民や建物に一切気を使わず剣を振える機会がおとずれるとはな。魔力全開で剣をふるう機会なんて、訓練でもめったにないぜ」


 絶望的な状況の中、たとえ誰も聞いていなくても、精一杯の強がりを口に出さずにはいられない。おっさんは、そんな男なのだ。





 ん?


 彼を取り囲むドラゴンどもが包囲を解いたのは、その瞬間だった。一瞬、援軍かと思ったが、そうではない。


 なんだ?


 一頭のドラゴンが彼を無視して反対側の大聖堂の壁を破壊している。他のドラゴンもそちらに向かっていく。


 一息つける余裕が与えられたのはありがたいが、……トカゲどもは、なぜあんなところを?


 彼は目をこらす。その目に映ったのは、あり得ないもの。


 破壊された大聖堂の壁の穴から、人間が駆け出してきたのだ。おぼつかない足取りで必死に逃げる。ドラゴンの集団がそれを追う。


 人? 少年? どうして? 大聖堂には誰も居ないはずではなかったか? なぜドラゴンに追われているんだ?


 狼狽しながらも、自然に身体が動く。市民がドラゴンに追われているのなら助けねばならない。理屈など関係なく、それが公国騎士なのだから。


「あぶない!」


 逃げる少年の背後から、冷気のブレスが襲う。反射的に自分の身体をブレスの射線にねじ込み、少年の盾になる。小さな少年に覆い被さったおっさんの大きな背中を、凍気が直撃する。


「だ、大丈夫か?」


 冷気に凍り付いた身体の下、自分がかばった少年の顔を見つめる。線の細い、小柄な体躯。男の子とは思えない可愛らしい顔。長い耳。メガネ。その顔には見覚えがある。


「……ルーカス殿下?」 






 公国は立憲君主制である。形式上とはいえ公国の君主は公王陛下であり、目の前の少年はそのひとり息子。公国市民ならだれでも知る、ルーカス公王太子殿下だ。


「公王太子殿下! いったいなぜ、こんなところに?」


 国際情勢の荒波に揉まれる公国を救う救世主とも言われる少年。その天才的な頭脳と未来を見通す的確な判断力はまるで異世界から転生してきたようだと噂され、おっさん騎士としては少々線が細くナヨナヨしているところが気になるが、市民にも大人気の王子様。


「わ、私の事は放っておいて、逃げてください」


 おっさん騎士は、自分の主君である少年が発した言葉に対して、従わない。


「そんなわけにはいかんでしょう。オレは公国魔導騎士だ。あなたを命がけで護るのが、オレの仕事ですから」


 半分凍り付いた身体を無理矢理おこす。少年の前に立つ。壁となってドラゴンから護るために。


「ド、ドラゴン達が追っているのは私です! だからっ!!」


「だからも糞もない。ほら、オレが盾になるから隠れて!」


「わ、わ、私だけが青ドラゴン達に殺されれば、公国市民は護られるのです。そのために私は、公王宮から誰もいないここまでひとりで逃げて来たんです!! だから、あなたもはやく逃げ……」


「うるさい、黙れガキ!」


 今やおっさんは、本気で腹を立てていた。突然怒鳴られてビックリ顔の少年に向けて、がなり立てる。


「殿下にどんな事情があるのか知らんが、騎士がガキを見捨てられるわけないだろうが!」


 少年は、おっさんの剣幕に身体を硬直させた。そして、正面からおっさんの顔を見る。同時に大きく目を見開く。


「……も、もしかして、あなたは、騎士ウィルソン・オレオ?」


 なぜ、殿下が、一介の公国騎士でしかないオレの名を知っている?


 彼は、その疑問の答えを得ることはなかった。振り下ろされたドラゴンの巨大な爪が、彼の背中を引き裂いたのだ。


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