4-3 エリク家救済の絵図
●本編「4-3-2 エリク家救済の絵図」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556209455885
の、改稿前バージョンがこちらです。
「うーん……」
深夜。真っ暗な天井を睨んだまま、俺は唸っていた。
その晩は当然、大荒れになった。晩飯すら出ず、父親は居間で口をへの字に曲げたまま。なんとか突破口を見つけてみせるとマルグレーテを落ち着かせてベッドに入らせ、俺はこうして部屋であれこれ考えている。
「どうすればいいんだ……」
考えはぐるぐる回るが、なかなか突破口は見つけられない。
いや、筋ははっきり見えているわけよ。婚姻契約を破棄すればいい。簡単な話だ。
……ただ問題は、それによりエリク家は貴族としての体面だけでなく、現実の領地も地位も失い、放浪の身の上になってしまうことだ。
考えてはみた。たとえばヘクトールだ。俺もマルグレーテも、学園長には認められている。頼み込む余地はある。父親と母親をヘクトールに送り、寄宿させ……というか教師として雇用させられないだろうか。
冒険者学園だけに、筋が悪いのはたしかだ。だが母親は魔道士の血筋というし、教師になれないとも限らない。マルグレーテの魔力適性の高さからして、おそらく母親もかなりの魔力持ちだろうし。父親は入り婿という話で、どうもその手の力は無さそうだ。だがそれこそ底辺Zクラスの担任ならどうか。
居眠りじいさんこと大賢者ゼニスは、すでにZクラス担任を辞め、旅立ったという。ならばその穴を埋めさせる手はある。Zなら基本自習だから、教師も冒険者適正ほぼ無関係だし。
料理長のヨーゼフさんは、学園で料理人になってもらってもいいし、そもそも他の貴族から料理長として誘われているって話だった。実力のある職人だけに、どのようにも動ける。侍従長のブローニッドさんは家事スキルがあるから、学園用務員ならこなせるだろう。
エリク家領地のみんなは、契約破棄によりノイマン家の領地に編入される。ノイマン家は領地運営に優れているようだから、人々の暮らしにそう心配はいらないだろう。例の触手野郎は、俺達がすでに八割方退散させた。なんとなれば残りの二割の土地は放棄したっていいんだし。そこはノイマン家がなんか考えるだろう。
「だが……」
父親と母親は、貴族としての高い誇りを持っている。貴族としての体面を汚してガキのお守りになることを、納得してくれるだろうか。
いや俺ならなんてこたないんだけど。楽な仕事でラッキーってなもんで。でもそれは俺が別世界の社畜だったからだ。この世界で生まれずっと貴族として生きてきたエリク家の面々がそう思ってくれるかは、やや疑問だ。ヘクトールには各地の貴族子弟が在学している。領地を没収された貴族としてそこで働くことに鬱屈が無いとは言えない。
「……」
人の気配がすると、扉が開いた。廊下のランプの光を背景に、人影が黒く見えている。
「モーブ……。入っていい?」
「来いよ」
マルグレーテひとりだ。
「ランは?」
「わたくしを慰めてくれてるうちにもらい泣きして、そのまま泣き疲れて眠っちゃった」
「そうか……。おいで」
「うん」
寝巻き姿のままベッドに入ると、マルグレーテは抱き着いてきた。
「モーブ……温かい」
「よしよし」
ぎゅっと抱いてやった。
「安心しろよな。なんとか考えてやるから」
「ありがとう……」
俺の胸に顔を埋めた。そのままじっとしている。俺の匂いを嗅いでいるのかもしれない。
「ねえモーブ……」
「胸、吸うか」
寝巻きをまくってやった。
「ふふっ」
真っ暗な部屋。窓から漏れる月明かりで、マルグレーテが微笑んでいるのがわかった。
「モーブったら、わたくしの母親みたいね」
「母親になってやる。父親にだって。……お前が望むなら」
「なら……わたくしの恋人になって」
「マルグレーテ」
「ねえ聞いて」
マルグレーテは頭を起こした。きれいな髪が、ざっと広がる。
「わたくし、家を捨てるわ。お父様お母様には悪いけれど、わたくしにだって人生がある。モーブやランちゃんと一緒の人生が……」
「決めたのか」
「うん。明日の夜よ。一緒に逃げてね」
「いいけどさ。お前の家は、それで大丈夫なのか」
「婚姻破棄でエリク家は体面を失うけれど、馬鹿娘が男に騙されて逃げ出したって話にすればいい。……実際にわたくし、モーブやランちゃんと夜逃げするし。裁判にはなるでしょうけれど、娘の不始末という線で押すに押せば、なんとか温情ある判決が出るかもしれないわ。地位も領地も失わず、賠償金を年貢としてノイマン家に納め続けるとか。……モーブのおかげで、領地の生産性は回復しつつある。婚姻破棄の賠償金くらい、なんとか納められるわ、きっと」
「そううまくいくかな」
「大丈夫」
俺はこの世界の貴族の訴訟問題とか、さっぱりわからない。だがマルグレーテが言うなら、そういうものなのかもしれない。父親と母親がこの案を取らなかったのはもちろん、かわいい娘に罪をおっ被せるのが嫌だったからだろうし。
「それにわたくしが逃げちゃえば、どちらにしろ、そうするしかないもの」
「それもそうか」
「だから今……」
月明かりに輝くマルグレーテの瞳が、心なしかしっとり濡れてきた。
「だから今、わたくしをモーブの女にして。今晩、今夜、今すぐ……。わたくしの決意が揺らがないように」
顔が近づいてきた。俺の唇を求めて。
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