第37話 エピローグ

 おじさんの部屋のパソコンモニタ。

 例のフィルムのような画像が表示されなくなってもう一か月近く経つ。

 向こうの世界への介入は結局あの時で最後となってしまった。

 でもこれは予想をしていたことでもあった。


 私は『観察者』として世界を分岐させるために過去世界に介入した。そして世界の分岐に成功した。

 しかし結果として山瀬さんが生存できる可能性を残した分岐世界に、脇屋わきや未来みく自体が存在しなくなってしまった。

 だからしげちゃんに最後に会いに行った時、分岐世界はそこに存在しない私の事を明確に拒絶した。強制的に排除をしたのだ。

 

 おかげで山瀬さんがどうなったかは全くわからないし、私はいきなり随分と暇になってしまった。

 それを言い訳にして、ごろりとソファに寝転ぶ日々。

 テレビのスピーカーからは喧しく騒がしい会話が途切れることなく聞こえてくる。

 クイズ番組だ。

 画面には若者に人気のタレントが並んでいる。司会者のトークに一喜一憂し、自分の存在価値をアピールしている。

 以前、この番組を見ていた時。普段はあまりテレビを見ない父が言った。


「うわ、これまだやってたのか?」


 一緒に見ていた母が私よりも先に答えた。


「まさか。最近、昔の番組を復活させるのが流行ってるみたいよ。CMも懐かしいのあるわ」


 時代はやはり繰り返されているのだと思う。

 人間の趣味嗜好など、いつの時代も大してかわらないものかもしれない。

 といっても、この時代に生まれ、この時代しか知らない私にとっては当然懐かしくもなんともないのだが。

 復活した番組だろうが新しく作られた番組だろうが、どちらでも良い。

 大事なのはいま私が見て楽しいか楽しくないか。それだけだ。

 そして、流行に乗り遅れない事。

 昨日流行っていたものが今日は廃れてしまうようなスピードで情報が流れていく時代。

 その流れに取り残されないよう必死にしがみついて、この世界での自分を保っている。


 だから私は今日もごろりと寝転がりテレビを眺める。

 雑誌を読んで流行りを把握する。

 明日の学校で繰り広げられる話題に遅れないようにするためには仕方ないことなのだ。


 という言い訳を頭の中でしている時だった。

 お母さんが廊下で話している声が聞こえた。

 ソファに寝転ぶ私からはその姿は見えなかったが、話し方からそれが電話だということはわかった。

 しばらくすると、リビングのドアが乱暴に開けられた。

 どたどたと足音を鳴らしてお母さんはやってくる。

 何事? 

 寝転がりながら視線を向けるとお母さんは慌てた口調で言った。

 

未来みく! 病院にいくから、準備して!」

「へ? 病院?」

「おじさんのところ! 詳しくは車で話すから、早くしなさい!」


 急かすお母さんの声は少し震えていた。

 ただならぬ雰囲気に私はテレビを消す。急いで自分の部屋に戻った。

 適当な服を探していると「まだなの!?」とドアの向こうから怒鳴られた。


「もう行くから! すこし待ってよ!」

「先に車に行ってるから。急ぎなさい!」


 あまりに急かすものだから、今をときめく女子高生としてはありえないような組み合わせの服を着て家を出る。

 すでに運転席に乗り込んでいるお母さん。その横に私は飛び乗った。


「シートベルトして」


 言うやお母さんは、普段よりも勢いよく車を発進させた。

 ここから30分もあれば病院に到着する。その間にお母さんがさきほどの電話について話してくれた。

 電話は病院からだった。

 おじさんの病状について担当医から話しがあるらしく、出来るだけ早く来て欲しいとのことだった。

 最近、昏睡状態が続いていたおじさん。

 そのことからもこの話がどういうものであるかはすぐに察しがついた。

 もう長くはないことを知っている私たちにとって、生きているおじさんに会える時間はもう多くは残っていない。


 早く着け。

 心が急いた。

 おじさんが生きている間に会いたかった。

 普段はあまりおじさんのことをよく言わないお母さんでさえ、神妙な面持ちで運転をしている。

 一緒に育ってきた実兄なのだから当たり前なのかもしれないが、こういう時、やはり親族なのだなと感じる。

 お父さんにも連絡はしたらしいが、仕事が抜けられずすぐに病院には行けないとのことだった。

 終わり次第職場からそのまま向かうそうだ。


 お父さんとおじさんは高校の頃の同級生。

 でも、私が過去に介入した際。しげちゃんからお父さんの話は一度も出なかったと思う。

 私の知っているしげちゃんとは、あまり接点がなかったのかもしれない。


 随分昔になるが、私は二人が一緒にいるところを見たことがあった。

 私の記憶では、やはりそれほど親しい様子はなかった。


「あの二人、仲が良いってわけじゃないな」

 

 そう思った覚えがある。

 だからといって、仲が悪いというわけでもなさそうだったが。

 ただどこかこれ以上踏み込まないように遠慮しているような、気を使っているような、そんな微妙な空気感があったと記憶していた。


 今なら二人がどうしてそういう態度を取っていたのか、少しわかる気がした。

 たぶん、何もしてやれなかった同級生への追憶。無力だった自分に対しての後悔。

 それらが記憶の底にこびりついて、自然とそういう態度にさせていたんじゃないだろうか。

 表には出さずとも、彼らは長い人生の中でそういう思いを共有しながら生きてきたのかもしれない。



 病院にはほどなく着いた。

 私たちは急ぎ受付に向かう。

 

「あ、脇屋さんですね。先生なら第1診察室にいますから、そちらへ」


 案内通りに私とお母さんは廊下を進んだ。

 相変わらず病院特有の消毒液の臭いが廊下には充満している。吐き気を催す匂いだ。

 私はこの臭いが嫌いだ。心を不安にさせる。

 廊下に敷き詰められたリノリウムの床も嫌い。

 今日はいつもよりわざとらしいくらいにテカテカと光って見える。

 そこから逃げるように私は急いだ。

 案内された診察室の扉をお母さんが軽くノックした。


「どうぞ」


 部屋の中から何度も聞いたことのある声が返ってきた。

 私たちは会釈をして入る。

 何を言われるのか大体想像がついてしまっているからこそ、心臓の鼓動がやたらと大きく跳ねる。

 お母さんの顔を覗き見ると、やはり目元には元気がなく血色が悪い。

 医師に促されるまま二人とも椅子に座った。

 医師は手に持っていた数枚の書類をぱさりと机に放った。

 そして私たちに向き直る。


「突然お呼びしてしまいすいません。時枝ときえださんの病状についてです」

「はい」


 お母さんは淡々とした声音で返事をした。


「これがですね……なんとも言いにくいのですが……」


 医師は口ごもる。

 わざとらしく髪をかしかしと掻いた。


「私もですね。今まで経験したことがないのでなんとも……。上手く説明ができないんですがね……」

「は、はぁ?」


 歯切れの悪い医師に、お母さんは元気のない目を向けた。


「時枝さんの病状なんですが……。その。なんと言うのでしょう……。端的に言うと改善してきているんです」

「へ? それは……ど、どういうことですか?」

「言葉のままです。私も信じられないんですよ。もってあと一か月。いや、もしかしたら明日にでも。という状況にあることは以前にもご説明した通りなのですが。……こちらを見て下さい」


 そういって医師は先ほど机に放った資料を私たちの前に差し出した。


「ここと、それとここ。数値が正常に戻っているんです。最初は何かの間違いかと思いました。でも他にもいくつか検査しましたが、同じ結果でした。間違いなく回復に向かっている……奇跡としか言いようがない。今日、院内会議でも報告しましたが、他の医師も首をかしげています。まったく理由はわからないのです。でも検査結果をそのまま受け止めれば、時枝さんは間違いなく病気を克服しつつあります」


 話し終えた医師を見つめるお母さんは、唇を嚙み締めた。

 そして私の前だというのに、惜しげもなく「わぁ」と声を出して泣き出した。


「後で面会にいきましょう。まだ話すのは難しいかもしれませんが」


 優しい声で言う医師に母は小さく何度も頷いた。


 もちろん私だって、とっくに涙がぼろぼろと零れていた。

 頬を伝う涙が床に滴るほどに。

 でも私は医師が言った『奇跡』という言葉について少しだけ心当たり……いや、反発心を抱いていた。


『世界が分岐しても、大きな変化がなければ元の世界に同化してしまう』


 おじさんはそんなような事を言っていた。

 だとしたら――。

 もし大きな変化が他の世界にあったとしたら?

 私たちの世界がそちらに『同化』する事だって、あるんじゃないのか?


 もちろん本当のことは私にはわからない。


 わからないけれど。

 でも私は向こうの世界で出会ったおじさんが、きっと私の世界のおじさんの願いを叶えてくれたのだと、確信していた。


 だからこれは奇跡なんていう神がかり的な事ではないんだ。


 とある男には、大好きな女性がいた。

 人生を掛けてでも救いたかった女性がいた。

 怖くとも辛くとも、恐れを乗り越えて自分を信じてその男は立ち向かったんだ。

 これは掴み取った現実リアルだ。

 

 照れながら恥ずかしそうに彼女を見るおじさん。

 そんな二人を想像してみる。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔に自然と笑みが溢れた。

 私は、泣きながら笑っていた。


 話すことができるようになったら、真っ先に伝えようと思う。


 おじさんのお願い――。

 叶ったよって。



       了





――――――――――――


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ハイスペックイケメンからのいじめを助けてくれたのは、突然部屋に現れた自称女神。それと学校内でも有名な美人同級生でした。でも僕だって陰キャの意地がある!ざまぁしてやる!今更友達と言ってももう遅い! 重里 @shigesato

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