第4話 大嵐到来

「やっぱり変わったよね!?かえちゃん!」


「だーかーらー、変わってないって言ってるでしょ?何回言わせるの!」


「そうかなー?中学の友達みんな言ってるよ?かえちゃん変わっちゃったって…!」


 かえちゃんと言うのは中学の頃までの楓のあだ名である。私たちの地域はみんなだいたい同じ小学校に入学し、中学までだいたい同じメンツで過ごし、卒業する。そして高校からはバラバラに散らばるのだ。

 今話している彼女、「朝倉千春」もまた小、中の9年間を共に過ごした同級生であり、中学のチームメイトでもある。


「だって今モテモテなんでしょ?あの泣き虫だったかえちゃんが!」


「....うん。憎たらしいことにね。」


 私は渋い顔でオレンジジュースをすすりながら答える。千春と会うのは数ヶ月ぶりだと言うのに、彼女との会話はもっぱらこの話題についてで持ち切りである。それもそうだろう。楓が泣き虫というのは中学までの同級生にとっては周知の事実である。

そしてもちろん、


「で、ひなは悔しくないの?ポッと出の女達がぎゃーぎゃー騒いでることに関してさ。」


私と彼らが幼馴染ということもまた周知の事実であり、楓と言えば私が出てくるほど、私は楓の守護神みたいな扱いをされているのだ。


「私には関係ないもん!それに、図体ばかりでかくなってちょっとすました顔してたって楓は楓でしょ!なんにも変わらないって!」


 そう、私が楓を見上げるようになったとして、楓が女の子達にキャーキャー叫ばれるようになったとして、それで何が変わるか。否、何も変わらない。楓は楓だし、楓に何かあったらいつもみたいに私が守ってあげる。それが私の役目だと思ってる。


「へぇ...?なんだかひなも少しずつ変わってきてるみたいね!楽しみ〜...。」


 なんだか意味深な笑みを浮かべながら、残りのコーラをズズっと啜った千春は先に店を後にした。

私はまるで図星をつかれた犯人のように、エアコンのついたファミレスの中でじっとり汗をかいていた。


 ちなみに千春はこの時、いやに必死になっている陽菜を見て「これは時間の問題だな...。」とうっすらと勘づき、これからの進展に期待を馳せていたという。



 珍しい休日オフを千春とのおしゃべりに費やしたが、未だにモヤモヤした気持ちのまま月曜の朝を迎えてしまった。捻挫のせいで1週間ほど練習に参加出来なかったけれど、今日からやっと復活できる。

だから気持ちを切り替えてがんばろう!

そう思って遅刻ギリギリに家を飛び出した。

出る時に母がなにか言っていた気がするが、そこに気を回している時間の余裕はなかった。


「なんだか空が暗いなぁ。」


「今日雨降るらしいからな。」


 どんよりとした雲模様についつい独り言を呟くと、それをキャッチした隼人がボソッと呟いた。

え、雨降るの?傘を持ってくるのを忘れてしまった。

 あぁ母が言っていたのはこのことであったか。後悔しても時すでに遅しである。まさかそれがずぶ濡れになること以上に酷い目にあうきっかけになるとは、この時はまだ考えてもいなかった。


 放課後、ゴロゴロといいはじめている空も室内部活のバスケ部にとってはなんの障害にもならない。


「じゃあ始めるぞー!挨拶!」


 先生の天気と反比例するテンションの高さとともに始まった練習は、なかなかハードではあったが、久しぶりに思い切りやれるバスケはやっぱり楽しかった。そして、女バスの方が人数が少ないゆえに、少し早く切り上げ、雨が酷くなる前に帰りなさいと言われ、もう少しやりたいなぁという気持ちを我慢して私は体育館をあとにした。


 いつもは一緒に帰っている隼人と楓に「先に帰るね。おつかれ!」というメッセージを送信した。

とは言っても傘がないものだからどうしたものかと昇降口で立ち尽くしていると、急に背後から声をかけられた。


「俺の傘使っていいよ、、ひなちゃん。」


 それはちょっと前に自己紹介のとき、野次を飛ばしてきた2年生の先輩「あべさん」だった。


「あ、あべさん、練習は?」


「抜けてきた!ちょっと野暮用があってね...。」


「そう、ですか。じゃあ、私はこれで。」


 やっぱりちょっとこの人は苦手だ。何を考えているかよく分からないし、いつもにやにやしてて結構怖い。


「こんなに雨降ってるのに出てったら風邪ひくぜ?俺はもう一本あるから、持ってきなって」


 そう言ってやけに骨組みが太い傘を無理やり持たされてしまった。そして私とそのイカつい傘を置いてサッサっと帰ってしまった。仕方がないから私はその傘を拝借して帰り道を急いだ。


「ただいま〜。」


「おかえり、あんたびしょびしょね。」


「下着まで濡れたよ...。」


傘など意味を持たないほどに強い風と雨に振り回されて、やっとのことで家に着いた。帰る頃には雨はすっかり止んでいて、これならば楓たちと帰ってくればよかったと心底後悔した。


「それで悪いんだけど、この後自治会の集まりがあるから、タロの散歩よろしくね。」


「えぇ?今帰ってきたのに...。」


「シャワー浴びてからでいいから。じゃあ頼んだわよ!」


 タロは私の家で飼っている柴犬だ。

仕方がないから私は急いでシャワーを浴びて部屋着のまま外に出た。


「あれ?ひなちゃんこんばんは!」


 家の目と鼻の先にある公園にタロを連れていったら、そこにはさっき別れたばかりの「あべさん」が立っていた。


「いやぁ偶然だね〜!無事にお家に帰れたかい?」


 ニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべるこの男の地元はこことは真反対だったはず。

私は背筋が凍り、その場から動けなくなってしまった。


「...どうして、ここに?」


「どうしてって、どうしてだと思う?」


 ギラりと鈍く光る目に夜の公園が相まって恐怖感が倍増する。

ジリジリと近づいてくる「あべさん」に公衆トイレの壁まで追いやられてしまった。

逃げようにも私の足では逃げきれない。

絶体絶命のピンチにおちいり、思考をフルではたらかせても打開策が浮かばない。

両腕を捕まえられて頭上でひとまとめにされる。


男の顔が近づきもう終わりだ、そう思った刹那、男が吹っ飛んだ。


もう一度言おう


文字通り男が吹っ飛んだのだ。


「ころす、ころしてやる、、!!」


下卑た男の代わりにそこに立っていたのは、目を血走らせ、フー、フーと息を切らせながら男を睨みつける楓だった。


 そこにいたのは、私の知ってる泣き虫の楓でも、みんなが騒いでいる王子様の楓でもなかった。

ただただ無情に相手をボコボコにする鬼のような男、誰も知らない楓だった。


「ご、べんな、さい、、!!おでは、ただ、、、!!」


 「あべさん」は顔の原型を留めず、みっともなく楓にすがりつくが、楓の表情は1ミリも変わらない。このままじゃあさすがにまずいと思って止めに入った。


「か、かえで!!もう、もう大丈夫!!それくらいでいいよ?!」


「え?まだだってこいつ息してるし...。」


「楓!!しっかりして!!」


 私はどこか虚ろな目をしている楓に抱きつき、正気に戻そうとした。するとようやく殴る手を止めしっかりとこっちを見た。


「ひ、な。無事、か?」


「うん..うん!!無事だよ!楓のおかげで何もされてないよ!」


「ほんとに?」


「ほんとだよ!何かされそうになった時に楓が来てくれたから!!」


 すると楓は深い深いため息をついた。

そして先程までの楓はどこにいったのかと言うくらい眉を下げて、ポロポロと泣き始めてしまった。


「よ、よがっだ、、!ひなに、何かあったらどうしようかどおもっで、、!」


 私をぎゅっと力強く痛いほどに抱きしめる楓の背中をポンポンと叩く。

いつの間にか「あべさん変態野郎」もどこかに逃げていた。

 そのままえんえん泣き続ける楓としばらくの間抱きしめあっていた。泣きたいのはこっちなんだけどな....。でも楓の体温は暖かくて落ち着く。さっきあいつの顔が近づいてきた時は気持ち悪さで吐きそうだったけど、、、。


 そしてタロもこっちに駆け寄ってくる。

どうやらタロがトレーニングする楓を見つけて、呼んできてくれたらしい。

できた犬だ。ジャーキーをやろう。


「二度とお前をあんな危険な目には合わせないから。」


 帰り際、お互い落ち着いた頃に、覚悟を決めたように私に告げてきた。

その時私の脳裏ではあの時の千春の言葉が反芻されていた。


『やっぱ変わったよね!?かえちゃん!!』


 千春、どうやら楓はほんとに変わったみたい。


 私を守ってくれるんだって。


でも、ほんとに変わったのは私の心かもしれない。



「私、楓が好きだ。」



楓を見送ったあと玄関先で私は1人呟いた。


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変わったね、変わってないよ。 真宙 @umekis35

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