第20話 困ったらとりあえずパワーですわ!

「な、君、大丈夫か!」

正義感の強い男がこちらに寄って来る、お前さっきまで声かけて来た女の子の事めっちゃ無視してただろ。


「大丈夫ですわ、啓さんはとてもいい人ですわ!」

幸いなことに今僕は抱えられて顔が隠れている、勘違いしてもらえるようにここは黙り通そう。


「それならいいんだが、そこで伸びている男はなんだ?」

そりゃそうだよね、謎の美人に抱えられてる男に対して反応しないメンタルを持つ経験豊富な人なんて、今現在この世に僕以外にはいないよな。


「こちらは啓さんですわ! 私の恩人で大切な方ですわ」

「君はさっき『啓さんやめてください』とか叫んでいなかったか?」

「いいえ、わたくしは啓さんが大好きですわ! 『これ以上は好きが溢れて大爆発を起こしてしまいますのでやめてくださいですわ!』 としか言ってませんの」

お嬢様が呼吸のような自然さで嘘を付いた。さっきからかなり痛くて照れる設定を言い続けるのはやめて欲しい。妙に胸のあたりがムズムズする。


「それならいいんだが、それでそこで伸びている男はなんだ?」

「啓さんですわ! 私の事を受け入れてくれる素敵な方なんですの」

「それならいいんだが、そっちの男は大丈夫なのか?」


朝人って「それならいいんだが」以外会話を繋げる方法を知らないやつだったっけ? もう結構な付き合いになると思っていたが、友人の新たな一面を見た気がする。


「啓さん、ほら、下を向いてないでちゃんと挨拶をしてくださいですわ!」

ヤバイ。もう逃げられない。いや、逃げられないプランを想定してちゃんと考えて来ただろ。ここでくじけちゃダメだ。


「困ったことがあればパワーで解決!」心の中でゆっくりと復唱する。深呼吸をして言葉通りの事を実行した。


「初めまして、常世 啓です。宜しくお願いします」

堂々と顔を上げて自己紹介をする。明らかに朝人は面を食らっているようだ。このまま何も言わせずにパワーで押し切るしかない。


友人が訳の分からないお嬢様にめっちゃ愛されながら抱えられて来て「はじめまして」なんて言ってきたら、普通の奴なら何も言えないはずだ。このままラッパーさながらの早口で押し切って相手に何もさせずにここを乗り切るしかない。


「初めまして、僕はこの学校の生徒です。そしてこちらは友人の凉坂さん、とても面白い方です。これからよろしくお願いします。知り合ったばかりですみませんが、僕たちはこれから予定があるのでここは失礼します」

頭を下げて、もう一度顔を隠す。幸いなことに朝人は何も言わずに黙っている。このままお凉坂さんが予定があるという嘘を信じてくれれば離脱することが出来る。出来るはずなんだ。


「啓さん、何を言っているんですか? 私の紹介が友人って酷いですわ!」

凉坂さんはそう言いながら、僕を抱えている手がキュッと締め付ける。お腹が痛い。

かなり本格的に痛い。というか怒るところそこなの? 

いや違う、今考えることはそこじゃない。いかに朝人が正気を取り戻す前にこの場を脱するかだ。「困ったことがあればパワーですわ!」もう一度この言葉を思い出す。


「凉坂さん、ごめん。話し合うためにここは一度違う場所に行こう」

「何を言ってるんですの? 正面の方に失礼ですわ! ゆっくり話しますわよ!」

「ダメだ、早く行くんだ」


体を力いっぱい暴れさせる。本気の抵抗だ。

「何をしているんですか啓さん、ちゃんと挨拶して欲しいですわ」

ビクともせずに言い返される。

実行してみてようやくわかった。困ったことを力で解決できるのは、異常なくらい力のある人間だけだ。

力のない人間はパワー以外で戦うしかないですわ! もう終わりですわ!!!!

心の中の闇落ち凉坂さんと会話をして僕は諦めという言葉を再確認した。

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