第43話 既にゲームオーバー

地味陰キャ。


これが、学校での私達の姿。

私達が有名ゲーム実況者だということは誰も知らず、三人揃ってどこぞのご令嬢か何かだと思われている。


普通に考えればこんな地味なご令嬢なんていない筈だけど、とにかく私達はモブ・オブ・ザ・モブキャラとして、クラスではまるで背景に溶け込むようにひっそりと過ごしている。


誰が呼んだか、おかっぱの美穂・メガネ三編の渚・目隠れヘアの七海。

そんな、笑っちゃうくらいの地味陰キャ女子が、私達なのだ。

そんなキャラクターを、私達はずっと演じている。



中学校入学を機に、私達はそういうキャラを演じ始めた。


だんだんと面倒くさくなってきた女子同士の関係性が嫌になった。

変に女子を意識し始めた男子達がなんとなく気持ち悪く感じた。


きっかけはそんな感じだったと思う。


私達は私達だけで完結していればそれでよくて、変化を望まず、なるべくその他一切を遠ざけたかったのだ。


だから、私達は地味陰キャを演じて陰に潜み、いつも三人一緒に居ることで、私達の世界が壊されないようにバリアを張っていた訳だ。



いや、別に私達は根暗でもないし、容姿だって少し気合いを入れれば人並以上にはなれると自負している。

やろうと思えば陽キャにだって混ざれると思うし、恋人だって作れたハズだ。


それに、最初こそ頑なに思春期バリアを張っていた訳だけど、Utubeで成功し、心にも余裕が出来たこともあって変化を受け入れることは今ではそんなに嫌じゃなくなっている。

でも、私達は敢えてそうしなかった。


というのも、私達は今リアルで人生ゲームをしているから。


元々インドア派で、子供の頃からゲームばっかりしてきた私達。

いつからか、私達は人生もゲームの一種である、と捉えるようになっていた。


そんな私達にとって、家族や自分達以外は全てNPCのように思えて仕方なかった。

主人公ぶっている陽キャ連中も、何も行動しないで諦めている陰キャ達も、その中間に甘んじている奴らも、年齢を重ねただけなのに偉そうにしている大人連中も、私達には何度話しかけても同じセリフしか話さないような、そんなつまらない存在に見えていた。


だから私達はプレイヤー視点で勝手に動くNPC達を眺めて楽しみつつ、自分達は地味陰キャ縛りをしながらそれなりにこの人生ゲームを楽しんでいた訳だ。


所詮はゲーム、楽しんだもん勝ち。

ってやつですよ。


でもね、そんな、どこか人生をナメていて、どこか自分達以外を下に見ている私達ではあっても、ガチの王子様を目の当たりにしてしまえば話は別だ。


坂本響 君、同年代にも関わらず、同じ業界において私達の倍以上の人気と収入を得ている彼。


まぁ、今のところ本人はその事実を知らない訳だけど、私達にとっては昔から憧れの存在で推しメンだった。


その完璧な容姿は既に私達からすれば二次元の存在で、母性や女心をくすぐる丁度いい加減のおバカさ、そして時々垣間見える少しの強引さ、もはや画面の外に飛び出してくるはずの無いほどに完全で、尊いキャラな彼。


そんな、推し中の推しだった彼がクラスメイトだと知った時、私達は歓喜のあまり半日ほど涙に暮れたことは記憶に新しい。


そんな彼が、私達にお礼をくれるという。



『物より思い出』



お礼に何を望むかを考えた時、さっそく私の中でそんなキャッチコピーのような文言が浮かんだ。


三人で歩く帰宅の途中、渚と七海も私と同じように考えていたことを明かした。

そして、私達は熟考の末、揃って『デートがしたいです』と彼に送ったのだ。

自分達が地味陰キャを演じている事などすっかりと忘れて。


浮かれていたのだ。

私達はあたかも乙女ゲーの主人公になったような気分でいたのだ。


でも、彼からの返信はなかなか来なかった。


ゲームならばとっくに場面転換し、デートの行き先なんかが選択肢として現れている筈なのに。

なのに、待てども待てども、彼からの返信は来なかったのだ。


これにより、徐々に冷静になってきた私達は、恐怖と焦燥と後悔に押しつぶされて何度か吐いた。


これはゲームじゃなくて現実。

そんなことを久方ぶりに実感した。


私達は震えた。


スキップもリセットもセーブも無ければ、目の前に選択肢だって現れてくれない。

だいたい、もしこのままデートにこじつけたとしても、私達には着ていく服もなければ、化粧の仕方も分からないし、何を話せばいいのかも分からない。


私達には何もない。


NPCだと見下げてきた人達が悩んで、苦しんで、失敗しながら積み上げてきたものが、私達には何もない。


そんなことに、今更気づいたのだ。



『了解です。デートに誘ってくれてありがとう。日時は合わせますので希望日を教えてください』



その夜、こんな返信が来た時、私達が死にたくなったのは言うまでもない。


だって私達はまだ何もしていないのにも関わらず、既にゲームオーバー状態だったのだから。




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