俺のことが好きなの?

もりくぼの小隊

プロローグ――運命を信じますか?――


「運命を信じますか?」


 電車の中、電子書籍マンガの台詞を読んでしまった。なんでそんな台詞を読んでいたのかはわからない。たぶん、無意識。頭の中の煩悩ぼんのうを消すために両耳をワイヤレスイヤホンで塞ぎ、適当に好きな音楽を聴きながら独りの世界に没入しかかっていた俺の油断から出た言葉だったのかも知れない。まぁ、こんな呟きなんて誰も聞いちゃいないだろうと、電子書籍マンガに意識を戻そうとしたら俺の耳からワイヤレスイヤホンが外れ床に落ちた。電車に揺られればよくあることだが、決して安くはないイヤホンを落としちまうのは高校生にとっては死活問題だ。いつもの俺なら直様に、落としたイヤホンを回収する。


「はい、信じます」


 耳の近くで響く透き通った声に俺は動きをピタリと止める。なんだ、すぐ隣りに誰かいるのか?

 俺は眼だけをゆっくりと横に動かして、隣を見た。


 そこには、上着の茶色いブレザー制服を着た女子が俺の横に立っていた。上着と同じく茶色を基調としたテッキングタータンチェックの制服スカートを見るに俺と同じ「星陰高校しょういんこうこう」の生徒だとわかる。首から胸元へと流れる濃緑色ディープグリーンタイネクタイからこの子が一年生だともわかる。

俺の直ぐ側で、彼女はこちらを真っ直ぐと見つめてくる。


「……運命を信じます」


 艷やかな唇を震わせて彼女はもう一度、答えた。それは、自意識過剰と感じなければ、俺に向けられた言葉であり、丸い飴玉のような茶色の眼は瞬きもせず、ずっと俺を見つめ続けている。

 緩くウェーブの掛かった長い髪を細い指で梳き直しながら、白い頬を紅葉させて、丸い飴玉のような瞳は潤みを増して、俺が次に紡ぐ言葉を待っているようだった。俺は、眼を一度瞑り、息を小さく吐いてから、もう一度顔を向けて、率直な言葉を彼女に伝えた。



「……あの、ごめんだけど、きみは」


 彼女には確かに見覚えがあった。





 これが「知念ちねん 鈴音すずね」さんという存在を、初めて意識してしまった瞬間だと思う。



――そして、時は数日さかのぼる

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