第3話 綺麗だな

 右に、左に、上に、下に。俺たちは縦横無尽に飛び回る。


 空気が顔に当たり突風となって体の横を駆け抜ける。

 時折感じる浮遊感と、目まぐるしく移ろう景色。


 なんだこれ。五感で感じるもの全て、経験したことないものだ。

 だから、追われているっていう状況にもかかわらず、どこか興奮する気持ちが心に芽生えている。


 実際後ろには猛烈なスピードで奴らが追っかけて来ている訳で。

 手には、鎌や弓矢、らしきもの。殺意MAXで向かって来てるのは明確だ。

 

「やっぱし君、変態だよねぇ。何度だって言うけどそんな笑顔でこの状況を楽しめるなんて……、さぁっ!」

「ふ、ぐっ。かもね。でも、仕方ないでしょ。こんなの経験したことないことなんだから、さ」


 突然、身体が上に引っ張られ、変な声が出る。

 でも、仕方ないか。今俺たちの真下を何か黒い物体が通過してったし。多分、矢かなんかだろう。刺さったら一発でお陀仏だ。

 でも、そんな中でもやっぱり「ワクワクしている」自分がいるのは事実。

 

 その理由は多分、さっきも言ったように、今感じるこの感覚が、経験したことのないものだからだ。


 いわば、俺は完全な未知の世界に足を踏み入れている訳で。

 これから、何が起こるのか。全く予想がついていない。そこに対する興味が、追われている恐怖よりもはるかに優ってしまっている。

 

「ぷっ、ははっ。未知に対する知的好奇心って奴? それにしても君のは変な方向に振り切れすぎてると思うけどね」


 俺のことを抱きかかえ、少し薄ら笑いを浮かべる彼女を見て。

 変人に変人と言われてるようで少し変な、というより不服な気持ちになった。


「でもま、変に騒がれるよりはいいんだけどね。耳元で急に叫ばれちゃ敵わないから……ねっ!」


 彼女は語尾を強く発すると、直角にぐいっと曲がる。

 一つ、二つ、三つ、四つと畑を横断し、飛び越える。


 そんな彼女の動きはいいフェイントになったのか、奴らはだいぶ反応が遅れた模様で。

 距離をだいぶ稼ぐことができたみたいだ。けど、それでも執拗に追いかけ続けてきている。


「いやぁやっぱりしつっこいねぇ奴ら! 何人か振り落とせたけどそれでもついてくるよ!」

「確かに。で、どうなの? ここまで来ると、彼奴あいつら振り切れるか心配になってきたんだけど」


 距離を進めど進めど後ろにあるその姿は、一向に消えることはない。

 いや、寧ろまた距離を詰められてきてるような。そんな感じがする。


 彼女――――月夜さんは「参ったね」と言わんばかりの苦笑いを浮かべる。


「ま、もう暫くしたら隣町だろ? あそこまで行きゃ夜でも人、多くなるから流石に奴らも追ってこないとは思うけどさ。さて、そこまで逃げ切れるかねぇ……」


 走りながら、彼女は悩むような表情になる。

 詰まるところ、このままじゃヤバい、と。


 何か、欲しいところだ。

 この状況を覆すような、何かが欲しい。

 暫く、考えてみる。

 その時、ふと、一つの考えが頭をよぎった。


 そういえばさっき、彼女のいる高さまで飛んだ時、

 そこまで足に力を入れてなかったけど、相当な高さまで跳べたよな。


 もし……、今、思いっきり上に向かって跳ぶとするなら、どこまで跳べるだろうか?

 ……やってみる価値はあるかもしれない。


 そんなことを考えた。


「ねぇ、ちょっと考えたことがあるんだけど」

「お? 何か妙案でも思いついたかな?」

「うん。今からそれを試してみたいんだけど……、一旦手頃な場所で止まってくれる?」

「へ? でもそんなことしたら……」


 捕まっちゃうよ? そう言いたげな、怪訝な顔を彼女はこちら側に向ける。

 まぁ、彼女の反応は当たり前っちゃ当たり前だ。もう全てを諦めたのかと思われてそうだ。

 でも、


「大丈夫。言いたいことはわかるけど、とにかく大丈夫だから。信じて」


 大丈夫だっていう確信が、何故かあった。

 根拠なんてない。でも、大丈夫。そんなヘンテコな自信が、今の俺にはあった。


 彼女は、そんな俺を暫く呆けた顔で見つめていたけれど、ふと、可笑そうにクスリと笑う。


「ふーん? なんでかわからないけど、自信ありげだね。いいよ、乗った。ただその代わり面白いもの見せてよね」

「ま、頑張りますよ」

「よっしゃ。んじゃ止まるよー。3、2、1……はいっ!」


 威勢のいい叫び声とともに、彼女は地面に足を踏ん張ってスピードを減速させる。

 俺と彼女の身体が、ぴたりと完全に止まった時。

 俺は足にありったけの力を込め、そして。


「ん、しょっ!!!」


 そんな間の抜けた掛け声で、思い切り垂直に飛び上がった。

 上から下に空気が流れていく感覚を一瞬味わって、ぎゅっと目を瞑る。

 そして、目を開けた次の瞬間。


 月が真ん前に見えた。

 下を見ると、ポツポツとある住宅と広大な畑。それらが全てジオラマのように小さく見える。


 何百メートル、跳んだんだろう。それだけ俺は高く飛び上がっていた。


「うわっ……はぁーーーーっっ!! すごいすごいすごーい! 飛んでる! 私たち天高く飛んでるよぉ! ははっ、こんなの初めてだ!!」


 予想外、だったらしい。彼女は驚き、興奮したような声を俺の横で上げている。


 満面の笑みではしゃぐ美少女。

 小さく見える家。

 月と満点の星空。


 それらを見て、俺が感じたことは、一つ。


「綺麗、だな」


 ただポツリ、と、そう言葉をこぼした。

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