第4票:ライバル登場!? 波乱の市長選挙


 年末になり、市長選挙の投票日となった。


 時刻は午前六時。いつものように準備は万端で、心身もベストコンディションだ。


 市議会議員選挙の時と比べて大きく異なるのは、まだ空が薄暗いということだろうか。それに晴れているからこそ、放射冷却現象によって冷え込みも厳しい。


 これならおそらくほかの皆様の動き出しも鈍いはず。あと十分くらいしてから出発しても問題ないだろう。




 ということで、僕は防寒対策をしっかりして六時十分に自宅を出発。そして六時二十五分頃に高層マンションの交差点を右折し、投票所の出入口が見える位置に到達する。


「……えっ!?」


 その時、思わず僕は息を呑んだ。心臓が大きく跳ねて、頭の中が真っ白になる。


 なぜなら投票所には見知らぬ誰かがすでに並んでいたから。パッと見た印象では立会人や私服警察官、選挙管理委員会の方という感じではない。そして僕がそこへ歩み寄っていくと、彼はこちらの姿に気付いてニッコリと微笑む。


「あっ! あなたも選挙に来た方ですかっ? おはようございますっ!」


「お、おはようございます……」


 戸惑いつつ、僕は挨拶を返した。




 彼の声はハキハキとして弾んでいて、やや高音。年齢は僕と同じくらいだろうか。


 カジュアルな感じの服装にニット帽、さらさらの短髪で、背丈は僕より少し低くて体の線も細い。また、目鼻立ちは整っているけど、やや幼さが残っている。肌は雪のように真っ白だ。


 ――つまり年下でインドア派なのかな?


「私、今回が選挙権を得て初めての選挙なんですよ。だから興奮して、こんなに早く投票所に来ちゃいました。そうしたら一番乗りだったみたいで」


「そ、そうなんですか。投票所の先着三人は投票箱の中がカラなのを確認することが出来ますよ。僕、今年の夏の市議会議員選挙と去年の県知事選挙でやりましたから」


「へぇーっ! そういうのがあるなんて知らなかったですっ! 楽しみが増えたなぁ♪ じゃ、次の選挙の時も早めに投票所へ来なくちゃっ」


「ッ!?」


 想定外の事態だった。まさか僕の投票所に新たなゼロ票確認ガチ勢が現れるとは。もちろん、本当に彼が次の選挙でも一番乗りを目指してやってくるかは分からない。だけど今の言葉は意識せざるをえない。



 ゼロ票確認を巡るライバルの登場か……。



 だとすれば、少しでも彼についての情報を得ておくのが得策。ゆえに僕はさりげなく話を振ってみる。


「あの、あなたは何時頃にいらっしゃったんですか?」


「五分くらい前ですよ」


「へぇ、なるほど……」


 つまり次の選挙で一番乗りをするには、遅くとも自宅を六時に出発する必要があるということだ。その情報を脳内メモリーにしっかりと記録しておくことにする。


「――おっ、兄ちゃん。おはよう」


 その時、投票所には浅野さんがやってきた。市議会議員選挙の時より到着が少し早い。


「おはようございます、浅野さん」


「いやぁ、この前の選挙の時より少し早く家を出たんだけどナ。今回は三番目か」


 カラカラと大笑いする浅野さん。今の発言から考えると、どうやらこの御方もライバルのひとりとして認識しておいた方が良さそうだ。




 その後、午前七時が近付いて書類を記入する時、一番乗りだった彼の氏名が『伊藤いとうしゅん』だと判明した。しかも細くて綺麗な字。今回は僕が書類上で彼の下、欄の二番目に記入するのでどうしてもそれが目に入る。


 また、その文字が輝いて見えて、少しだけ悔しさがこみ上げてくる。



 ――よしっ、次の選挙では絶対に一番乗りになってやる。次は来年末に行われる県議会議員選挙だッ!



(つづく……)


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