第3話

「あ、今日から科学部に入部……」

「どぅあ! き、ききき君は誰だ! 不法侵入か!?」

 入部だって言ってんだろが。話を聞かんのか、この人は。

 怯えながらブカブカの白衣を頭に被り、身を守るように縮こまりながらガタガタ震える女の子───最仲を、俺は離れたままでもう一度告げた。

「今日から科学部に入部する、葉左馬互沙ばさのたがさ。よろしくお……」

「ふひあ!? 入部!? ななな、なにを考えているんだ、変態か!?」

 出会って二秒で変態呼ばりとは恐れ入ったわ。なんでここまで、俺は不審者扱いされないといけないんだよ。

「ぼ、ぼぼぼ僕みたいな気色悪いやつがいるような部活に、君みたいな筋肉もりもりが入ってくるのがおかしいんだ! 帰って! 帰れぇ!」

 たしかにちょっとだけ体を鍛えていて、筋肉はあるほうだが、筋肉もりもりとまではいかない。

 そもそも、それとこれとに関係はない。俺は入りたいから入ったまでだ。

「……部活動説明会で興味を持ちました。わかりましたか? 先輩」

「せ、先輩!? 君は一年か!? 年齢詐称はやめるんだぁ!」

 言い忘れていたが、最仲は一つ上の先輩だった。だというのに、こんなに自信なさげで挙動不審なところを見ていると先輩だということを忘れてしまう。

「か、帰れ! 僕はこれからアルコールランプで沸かしたお湯を使ってコーヒーを飲むんだ! 邪魔をするんじゃない!」

 めちゃくちゃ楽しそうなこと言ってるな。すっごい憧れるんだが? 男の子の心くすぐりすぎだろ。

「コーヒー、飲ませてくれたら帰ります」

「ほ、ホントだな!? い、一杯だけだぞ!」




「きょ、今日もコーヒーを淹れようか?」

「んー……半分こで」

「ふ、フヒヒ。じゃあ、淹れるね……」

 アルコールランプで沸かされたお湯をマグカップに移し、インスタントコーヒーの粉を入れる。茶色の粉がお湯の中へと溶けていき、透明な水は茶色へと変化していく。

「……ど、どうしたんだい。僕の顔が変なのかい?」

「いや、可愛い顔してる。昔のことを思い出してたんだ」

「か、可愛くない! ……昔?」

「まだ敬語だったころ」

 ……そういうと、最仲は口角を上げてフヒヒと愉快そうに笑う。いったいどこに笑う要素があったんだか。

「たしかに、今はタメ口だ。それくらい仲良しってことだ。フヒ、フヒヒヒ……」

 ……無自覚なのか? 無自覚系は古いって話があるらしいけど、まだまだ現役でいけそうだぞ、コレ。

 白衣の袖で口元を隠し、まだフヒフヒと笑っている最仲を抱きしめる。

「ふ、ふぇひぃ!?」

「好きになってよかったよ、先輩」

「き、ききき君に先輩と呼ばれるのは、些かくすぐったいな……」

 昔は先輩って呼んでたし、敬語使ってたんだけどな。付き合ってからは、敬語も先輩もやめろって最仲に言われたんだったか。

 今はこうして砕けた関係でいられるが、昔の初々しさも良かったような……。

「お、お湯が沸いたようだね。い、淹れたら、僕のことをギュッてしながら飲むんだぞ?」

「分かりましたよ、先輩」

「け、敬語も先輩もやめないか! きょ、距離を感じる!」

「いやいや、俺は先輩のこと大好きです」

「う、ううぅ……!」

 余った白衣の袖を振り回して、俺に攻撃をしてくる。ペシペシしてくるだけで別に痛くもないし、なんならそんなとこが可愛すぎて頬が緩む。

「け、敬語も先輩も嫌だぁ……! ななな、名前で呼ぶんだぁ……!」

 涙目でそんなことを言ってくるもんだから、ちょっといじわるをしたくなる。

「最仲」

「! ふ、フヒヒ……」

 名前を呼ぶと、心底嬉しそうな顔で笑っている。口角をニヤリとあげて笑っているところを見ると悪いことを考えているように見えるが、この顔はすごく嬉しい顔、らしい。

「……先輩」

 しかし、いじわるをしたい気持ちは抑えられない。しょうもない意地悪をしてみると、最仲はみるみるうちに不機嫌そうな顔になっていった。

「や、やだぁ……!」

 涙目になりながら、俺のことをペシペシしてくる。そんなところも可愛くて仕方なくて、このままずっと見ていたい。

 ただ、このままだと本当に泣きだしそうだ。せっかくの二人の時間を気まずいままにはしたくない。

「……ごめんごめん。大好きだよ、最仲」

「ほ、ホントに君はぁ……!」

 要望通りにギュッと抱きしめると、離さないとでも言うように俺の腕にしがみつく。

 先輩とは思えない甘え方に、俺も思わず口角がニンマリと上がってしまう。

「ぼ、僕をあまり舐めないでほしいね! その気になれば、君を監禁してやれるんだ! その準備だってすでに……」

「変な薬飲ましたら、口聞かないって言ってるよな?」

「だ、だってぇ……」

 そろそろ泣きそうだったので、もう一度ギュッと抱きしめて頭を撫でた。

「そんな薬なくても、監禁とか好きなようにしとけよ」

「……ほんと?」

「ほんと」

 後先考えずにこんなこと言って、たぶんまた後悔するかもしれない。でもまぁ、この子にそういうことされるなら、別に悪くもないか。

「じゃ、じゃあ僕の監禁計画をだね……」

「ハイハイ」

 あたたかな背中の体温と、コーヒーの香り。

 彼女の監禁計画とやらを聞きながら、時間はトクトクと過ぎていった。

 

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科学部病み僕っ娘は不安を拭えない 黒崎 @kitichan

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