飛菜 BAD エンド

「……ん。ねぇ、お菓子なくなりそうなんだけど。キッチンに新しいのあるから持ってきてくんない」

「いや、それぐらい自分で……」

「いいから早く。もう袋の底が見え始めてるんだから時間がないよ」

 飛菜と同じ屋根の下で暮らすようになってから5年が経過した。

 一時期はレッスンに通い詰めでろくに家にも帰ってこれず、僅か数百グラムの体重変化に一喜一憂していたのに今ではその面影すら感じられない。

 朝起きたと思ったらテレビ前の前へと移動し、お菓子の袋を開けながら朝から晩までだらだらとソファーの上で過ごしているだけである。

 一応アイドル事務所には所属している事にはなっているらしいが、マネージャーからは仕事の連絡どころか心身を心配するような連絡も来ないし、ほぼ辞めたも同然のような扱いをされていた。

「ほら、掃除機かけたいからそこどいて」

「えー、そんなことしたらテレビ聞こえないじゃん。いまいい所なんだからもうちょっと後にしてよ」

「いいから」

 王将はその場から一歩も動こうとしない飛菜とテレビの間に割って入り、問答無用で掃除機をかけ始める。

 一緒に暮らし始めてもう随分と経つが、残念ながら二人の間に子宝は恵まれなかった。

 彼女のアイドル活動が忙しくてそのような時間を持てなかった時期もあるが、今ではお互いにそんな気持ちにならなくてなんだか疎遠になってしまっていた。

 だがそれでよかったのかもしれない。

 掃除に洗濯、炊事にスーパーの買い出しまでほぼ全ての家事を一人でこなしている身からすれば、子供が産まれたとしても満足に世話をしてあげられないだろう。

 もし子供を作るとしても飛菜の心が安定してからにはなるだろうが、じゃあその時まで飛菜を好きでいてあげられるかは正直自信がなかった。

「あっ、この子…………」

 部屋に散らかされていた空のペットボトルやごみを袋の中へと詰め込んでいると、飛菜がテレビを見ながら何やらぽつりとつぶやいた。

 が、王将は聞こえないふりをする。

 テレビ画面に背を向けていてもその歌声を聞いただけで彼女が誰なのかはすぐに分かる。

 妙にリズミカルなCMソングを歌っているそのアイドルは、飛菜がまだアイドルとして活躍していた頃に一緒のグループで活躍していた人だった。

「ごめん、こっちにまだゴミ残ってたや。また掃除機かけたから一回テレビ消すよ。どうせ音も聞こえないだろうし」

「あっ……」

 王将は床にごみが残っていたふりをして掃除機のコンセントをもう一度挿し直し、ごく自然な流れでテレビの電源を消す。

 もしあの事件がなければ飛菜も彼女と一緒の舞台に立てていたのかもしれないと考えるとなんだかやるせない気持ちになる。

 これは彼女のことを一番間近で見てきた幼馴染の依怙贔屓えこひいきなのかもしれないが、飛菜にはこのステージで踊っていられる程の実力はあったはずだ。

 一番悔しい思いをしているのは当事者である飛菜なのだからここで俺が声を荒らげるのはお門違いだと思い、王将は掃除機を持っていた拳に力を入れて行き場のない怒りを必死に押し殺す。

 もし俺たちが違う道を進んでいたら彼女はこの舞台に立っていられたのだろうが、今さら悔やんでも時は既に遅い。

 もしあの頃に戻れたらという気持ちもあるが、そんなゲームみたいなことが現実で起きるはずがなかった。

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