第6話 道化師、お世話になる

   ◆



 あの後、またユニウルフの襲撃を恐れたボクたちは、休むことなく馬車で走り続けた。

 騎士のみんなの傷は、メイドさんの魔法で完治している。

 結構深い傷だったのに……魔法ってすごい。


 リリナはボクの分身が相当凄かったのか、一晩中ボクに質問攻めをしてきた。

 おかげでボクもこっちの言葉を流暢に話せるようになったけど。


 そうして朝日が登るころ。ボクたちの目の前に、巨大な門と壁が見えてきた。



「見えてきましたよ、ミチヤ様。あれが私たちの故郷、王都フラガスです」

「でっか……」



 あれがラザーン王国首都、王都フラガスを護る鉄壁の壁……話に聞くより、はるかに巨大で、荘厳だ。

 確かにこれなら、魔物の襲撃があっても問題なさそう。でも日当たりはどうなってるんだろうか。


 御者が門番とやり取りをし、すんなり中へ。

 門を潜ると、その先は……。



「お、おぉ……!」



 お祭りを彷彿とさせる、とんでもない賑わいだった。

 あちこちに屋台が乱立している。恐らく、長く旅をしてきた旅人を歓迎するためだろう。

 芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。あぁ、お腹空いた……!



「まずは我が家へ。一度休んだ後、今後どうするかを決めましょう」

「わかった」



 どうやらアーデラル家は、こっちの世界の貴族にあたる家らしい。

 貴族制度がどうなっているのかわからないけど、話を聞くに、かなり高位のお家みたいだ。

 これがいい縁なのか、悪縁なのか……少し緊張する。


 大通りを馬車が進む。

 窓から外を見ると、王都の住人が笑顔で馬車へ手を振っていた。



「人気者なんだね、リリナは」

「そ、そんなことありませんよ。私に人望なんて……」

「そう? 騎士さんたちも、メイドさんも、みんなリリナのこと好きみたいだけど」



 俺の言葉に、控えていたメイドさんがどこか誇らしげに胸をそびやかした。

 人望とかじゃなくて、リリナのことが好きだから、騎士のみんなも命を賭して守ろうとした。

 それだけで、リリナがみんなから愛されているのがわかる。



「は、恥ずかしいのでこの話は終わりですっ。ほら、屋敷が見えてきましたよっ」



 あ、話し逸らした。

 まあこれ以上はやめてあげよう。顔真っ赤で、ちょっと可哀想だし。可愛いけど。


 リリナの指さす先を見る。

 その先にはなんと、海外でしか見たことのない巨大な建物が建っていた。


 鉄柵で囲われた庭は職人の手によって整えられ、美しい花々が咲き誇っている。

 中心には噴水があり、今にも動き出しそうな剣士の銅像が建てられていた。



「ここが、アーデラル邸……?」

「はい。私の生家です。お父様とお母様もいらっしゃるので、まずは挨拶に行きましょう」



 い、いきなりご両親にご挨拶……!?

 ……いや、当たり前か。この屋敷の当主はリリナのお父様。少しの間お世話になるんだから、挨拶くらいしないと。


 馬車が屋敷に入ると、リリナとボクは馬車から降りる。

 こうして目の前にすると、本当に大きいお屋敷だ。庭も思ったより広いし、外の賑わいが小さく聞こえる。

 メイドさんが巨大な扉に手を向けると、淡い光とともにゆっくり開いた。これも魔法だろうか。便利すぎる、魔法。


 扉の先には、リリナを出迎えるためか数十人の従者が並んでいた。こういう光景、アニメで見たことある。



「リリナー!!」

「お父様っ? わぶっ……!」



 扉が完全に開くと、中にいた壮年の男性が飛び出し、リリナを抱き締めた。

 お父様……この人が、リリナのお父さんなのか。

 若干白髪が目立つけど、驚くほど若い。筋肉もがっしりしていて、肉体の密度が高いような気がする。


 その後ろから、若々しい気品のある女性がやれやれ顔で近付いてくる。

 多分、このお方がリリナのお母さんだ。リリナがいい歳の取り方をすると、こういう感じになりそう。



「よかった、本当によかった……! ユニウルフの群れに襲われたと報せを受けた時は、生きた心地がしなかったぞ……!」

「ご、ご心配をおかけして申し訳ありません、お父様。あ、あの、お客人がいる前でこれは恥ずかしいのですが……」

「そうですよ、あなた。落ち着いてください」



 2人の美女に窘められ、お父さんは目の涙を拭き咳払いをした。

 急に威厳のある顔になったお父さんは、鋭い眼光で俺を見た。



「旅人よ、リリナを助けてくれたそうだな。礼を言う、ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」



 とりあえず、ボクから自己紹介をした方がいいかな。相手は貴族。こっちが下手に出た方が、円滑に話が進むだろうし。

 胸に手を当て、膝をついて頭を下げた。昨晩、騎士のみんながリリナにしていた礼法だ。



「お初にお目に掛かります、閣下。私はミチヤ・クラクモ。旅の道化師です。賊に襲われて途方に暮れていたところ、リリナ様に助けていただきました。以後お見知りおきを」

「クラクモ……すまない、聞いたことのない家名だが、どこかの国の貴族か?」

「いえ。私は平民でごさいます。我が国は平民でも家名を持つことを許されているのです」

「なんと、そうなのか。平民……それにしては、礼儀正しいのだな」

「旅の道化師として貴族の皆様と交流する機会がありましたので、自然と身に付けました」



 まあ貴族というより、大企業の社長とか政治家とか投資家とか……上流階級の方々と接することが多かったんだよね。

 まだこっちの言葉には慣れていないけど、敬っていることは通じてるみたいでよかった。



「ミチヤ殿、おもてをあげよ。そなたは娘の命の恩人。畏まることはないぞ」

「ハッ、失礼致します」



 失礼のないよう立ち上がると、お父さんは握手をするように手を差し出してきた。



「私はグレン・フォン・アーデラル。こっちは妻のエレナ・フォン・アーデラルだ。歓迎するぞ、ミチヤ殿」

「ミチヤさん、どうぞゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます。グレン様、エレナ様」



 笑顔を忘れず、2人と握手を交わす。

 よかったぁ、追い出されなくて……まあ追い出されたとしても、なんとか路銀は稼げるだろうけど。

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