第4話 道化師、走る

「な、何?」

「ユニウルフだそうです。騎士の皆様にお任せすれば大丈夫ですよ」



 リリナが答えるけど、そういう意味じゃない。ユニウルフと呼ばれるのがなんなのかを聞きたかったんだけど。

 窓から外を見る。

 と、そこには……狼のようで狼じゃない、異形の生物がいた。

 やせ細った体。左右不均等でギョロっとした目。

 体に見合わない凶暴で鋭利な爪。

 不揃いで細い、無数に生えている牙。

 化け物然としたそれは、暗闇の中でもわかるほど異質感をまとっていた。


 牙がわななき、ジャリジャリと擦れる音が聞こえる。

 あの異形の狼から察するに、魔物という言葉なのだろう。



「カロロロロロロロ……!」



 心の底から冷えるような声を聞き、思わず身を竦ませた。



「リリナっ。みんな、危ない……!」

「大丈夫です。あの方たちは私を護る精鋭騎士なので、ユニウルフ程度に遅れは取りませんよ」



 だ、だからって……!

 1人の騎士が、両刃剣を抜きユニウルフへ向かう。

 ──その時、両刃剣に赤いモヤのような光が灯り、言いようのない圧が体を貫いた。

 な、なんだ、あれは……!?



「武技──《スラッシュ》!」



 剣を振り下ろすと、ユニウルフは俊敏な動きでそれを避ける。

 目標を見失った剣は地面へ突き刺さり、深々と抉った。

 地面がめくれ上がり、爆散する。

 明らかに人間のパワーじゃない。けど、目の前で起こっているのは現実だ。



「リリナ、あれ、何?」

「武技ですよ。……あれも見たことありませんか?」

「ない。武技、知らない。魔法、違う?」

「魔法は、魔力を源に発動するものです。それに対して武技は、精神力を使って発動します。なので厳しい訓練を耐え抜いた者にしか使えないんですよ」



 なるほど。わからん。

 つまり端的に言えば、この世界は剣と魔法のファンタジー世界……そういうことかな。

 そんな絵に描いたような異世界、本当にあるんだ……。


 避けたユニウルフが着地する前に、もう1人の騎士が槍を手に肉薄する。



「武技──《三連突き》!」

「ギャガッ!?」



 騎士の放った目にも止まらない連続突きにより、ユニウルフは血を流して吹き飛ばされる。

 その先には、大きな盾を構えた騎士が。



「武技──《シールド・アタック》!」

「…………!」



 大盾による攻撃で、ユニウルフは断末魔も発さず絶命。黒い灰となって消滅した。



「死んだ?」

「はい。魔物は死ぬと、ああして灰となって消えます。その代わり、魔石と呼ばれる石を落とすのです」



 確かに、地面に何か赤い結晶のようなものが落ちている。

 あれがどんな効果なのかわからないけど……パワーストーンみたいなもの、かな?

 でも、何事もなくてよかった。あんな化け物を相手に1歩も引かないなんて、凄いな。


 ……いや、違う。これはボクからしたら凄いことだけど、ここにいる人たちからしたら、いつものことなんだ。

 ボクにとっての非日常が、この人たちにとっての日常。

 この世界で生きていけるんだろうか、ボクは。

 安堵のため息をつく。けど、リリナとメイドさん、それに外の騎士たちは、まだ警戒しているみたいだ。



「お嬢様」

「ええ」



 え? な、何?

 直後──さっきと同じ、ジャリジャリという音が聞こえた。

 しかも、1つや2つじゃない。……無数に。



「ッ。ユニウルフの群れ、ですか」

「群れ、珍しい?」

「ユニウルフは基本群れない魔物ですから」



 よほど大変なことが起こってるのか、リリナの顔色が悪い。

 外の騎士たちも、背中合わせで固まっている。

 暗闇に浮かぶ赤い瞳。

 それがひとつ、またひとつと増えていく。



「おいおい。やべーぞこれは」

「いったい何体いるんだよ……!」



 確かに相当な数だ。いくら武技や魔法を使えても、これだけの数を相手するのは難しいだろう。



「リリナ様。数はおよそ50体ほどかと」

「50体……!?」



 50……ふむ……。



「違う。57体。いる」

「え……? ミチヤ様、数がわかるのですか……?」

「鳴き声、聞く。数えた」



 世界レベルの道化師にもなれば、1万人の観客の声を聞き分けることが可能。

 たかだか50数体ほどの生物なんて、寝ていても聞き分けられる。

 だけど、そうは言っても相手は凶暴な魔物だ。たった数人で57体の魔物を相手にするのは不可能。

 ど、どうするっ。どうするっ……?



「あんちゃん。いや……旅の道化師よ」

「……え?」



 騎士の1人が、優しげな笑みを浮かべてボクの方を見た。



「貴殿を男と見込んで、頼みがある」

「どうか、お嬢様を護ってくれ」

「荒事は、俺たち騎士に任せろ」

「なに、これくらいの危機は何度も潜り抜けてきた」

「タダでは死なんさ」



 な、何を言って……そんな、死を覚悟するような顔をしないでよ……!

 騎士が御者に目配せする。御者が馬に鞭を入れると同時に、大柄な騎士が咆哮を上げた。

 騎士のみんなが、瞬く間に遠くなる。時速60キロは出ているだろうか。異世界の馬、速すぎる。

 って、ほ、本当に行っちゃうのか? あの人たちを見捨てて……!?



「り、リリナ! 戻る! 助ける!」

「駄目です。あの方たちは、ここにいる誰よりも強い。戻っても、私たちでは足でまといに……」



 悲痛な顔を見せるリリナ。

 そうだ、リリナは彼らの主。リリナの方が辛いに決まってる。ボクだって辛い。

 世界中を旅するサーカス団は、現地の人と仲良くなってもすぐに別れなきゃならない。

 その人たちは死ぬわけじゃない。当然、ボクたちも死ぬわけじゃない。

 けど……今は違う。あの人たちは、死ぬつもりで残った。

 死んだら、もう会えない。

 ボクがサーカス団の仲間に、もう会えないように。


 そんなの、あまりにも辛すぎる。


 本当にこのままでいいのか? このままあの人たちを残して行って、本当に?

 ……いいわけがない。でも、ボクにはなんの力もない。

 ボクにあるのは、観客を喜ばせるために鍛え抜いた体のみ。

 こんなので助けられるなんて、とても……。


 でも、助けたい。ボクを受け入れてくれたみんなを……!



「ッ! み、ミチヤ様っ、それ……!」

「え?」



 ぼ、ボクの右手が、淡い白色の光に包まれて……?

 それに気付くと、ボクの胸が熱く滾った。何かが噴き出すような、溢れ出すような……そんな感覚。



「……ぁ……」



 思い付いた。みんなを助ける方法。

 それが脳裏によぎった瞬間、ボクは馬車から飛びだし、軽々と地面へ着地。

 騎士のみんなの元へ走っていった。

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