第2話 道化師、覚える

 気配で、少女がボクの前に立つのがわかった。



「○♪→×¥°」



 ……綺麗な声だ。でも、何を言っているのかはわからない。

 どうすればいいんだろう。

 少し悩んでいると、隣に跪いていた騎士が、少女へ話しかけた。

 何かを話し合っている。と、納得したのか少女は手を小さく叩いた。


 すると、ボクの両頬を少女の手が包み込む。

 顔をあげさせ、妖精のような笑顔を浮かべる少女。

 ジェスチャーで手を上下に動かしている。これは……立てという意味だろうか。


 失礼のないように、ゆっくり立ち上がる。

 目を輝かせた少女は、ボクの手を取って馬車の中へ引っ張っていった。


 な、何? なんでボク、馬車に連れてこられたの?

 内装は豪華絢爛を絵にしたような豪華さで、なんとメイド服を着た女性も2人いる。

 少女がメイドたちに何かを指示すると、トランクケースの中から何かを取り出した。


 これは……服だ。しかも結構高そう。装飾も細かいし、生地も滑らかだ。



「これ、着て、いいの?」



 言葉と共に、ジェスチャーで尋ねる。

 少女は何度も頷いた。それなら、お言葉に甘えて。

 シャツとズボンを着ると、ようやく落ち着けた。やっぱり人間、服を着てなんぼだ。


 少女は笑顔を絶やさず、身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。

 これは……もしかして、さっきのやつが気になってるのかも。



「これ?」

「!」



 赤い玉を取り出すと、少女は目を輝かせた。どうやら正解だったらしい。

 ならひとつ、面白いものを見せてあげよう。


 赤い玉をひとつ、ふたつ、みっつと、指の間に挟むようにして増やす。

 1個の玉が増えるのが珍しいのか、3人とも興味津々だ。

 それを両手でギュッと包み込むと──ポンッ。小さな爆発音とともに、赤い薔薇が現れた。



「「「!?」」」



 少女だけでなく、メイドの2人も目を見開く。

 これ、結構喜ばれるんだよね。特に10代くらいの女の子に大ウケの手品だ。



「はい、プレゼント」



 3人の手を取って薔薇を持たせてやると、何かに気付いたのか薔薇を触ってあれこれ騒いでいる。



「ああ、それ造花だよ」



 と言っても、通じないだろうけど。

 でも、どうやらこの辺では、造花が珍しいものらしい。このリアクションからして、初めて見るみたいだ。

 少女は興奮したように薔薇を胸に抱き、何度も頭を下げる。



「%$→¥→€<!」

「どういたしまして」



 ……で、いいのかな?



   ◆



 馬車に揺られること数時間。

 外は夕暮れ。2つの夕日が、幻想的に空を染め上げる。

 反対側から昇る月も、なぜか2つだ。気のせいか青色と赤色に見えるし、今まで見たことがないほど大きい。

 日が落ちるに連れて、星々もまたたく。

 けど……知っている星座がひとつもない。

 世界中を回ったボクに知らない星座はないはずなのに、だ。


 今日は湖のほとりで野宿をするらしい。

 馬車の外では、騎士たちが火を焚いて暖を取っていた。

 あの子はメイドと一緒に、簡易風呂に入りに行ったし……どれ、騎士様とコミニュケーションでも取るか。


 馬車から降りると、騎士たちが手招きしてくれた。

 えっと……。



「あー、こんにちは」

「え……は、えっ!? あんちゃん、喋れんのかい!?」

「さっき覚えた。女の子。言葉。真似した」



 まだカタコトだけど、なんとか伝わるっぽい。

 ふっふっふー。世界レベルの道化師にもなれば、数時間その国の言葉を聞いただけである程度覚えられるのだ。

 まあ、サーカス団の仲間からはバケモノ扱いされたけど。

 騎士たちも、口を開けて呆然としている。



「えっと……お嬢様と会話しただけで覚えたって意味かい?」

「そんなのあり得るのか……?」

「お前さん、エルフ族の言葉とか聞いただけで覚えられるか?」

「無理だって。不可能だろ」



 よく聞けば覚えられると思うんだけどな……俺だけなのかな?

 それに今、お嬢様とかエルフとか、馴染みのない言葉が聞こえたような……?

 とりあえずボクも座ると、隣にいた騎士の1人がボクに木のカップを渡してきた。匂い的にアルコールではなさそうだ。リンゴジュースに近い匂いがする。



「あんちゃん。昼間のあれ、凄かったぜ。曲芸ってのかい?」

「うん。ボク、道化師」

「確かにあの動きはタダモンじゃねーとは思ったが、旅の道化師ってことかい」

「そんで身ぐるみはがされてあんな場所に……まだわけーのに、可哀想になぁ」



 別に旅をしているわけじゃないんだけど……まあ、ある意味で旅と言ったら旅なのかな。



「えっと……ここ、国、どこ?」

「おん。ラザーン王国だ」



 …………。



「もう一度、聞く。国、名前、何?」

「ラザーン王国。リベルト大陸の南東に位置する小さな国だが、なかなか豊かな国だぞ」



 ら……ラザーン王国……? リベルト大陸?

 なんだそれ。この国の言葉か? どこのことを指してるんだ?



「ち、地図、ある?」

「ほれ。あんちゃん、地図がわかるのかい?」



 おじさんに渡された地図を見る。

 世界地図と大陸の地図の2つなのだが……。



「なんだよ、これ……」



 そこに記されていたのは、地球で一般的な地図ではない。

 見たことのない大陸や島々。見たことのない言語。

 それに大陸や海には、普通の地図には描かれていないであろう巨大な化け物が描かれている。



「あの、これ……」

「ん? ああ、¥$〆=のことか?」



 ……?



「もう一度。話す。お願い」

「¥$〆=。知らんか?」



 言葉の意味はわからないけど……この絵の感じを見るに、多分こう言ってるんだと思う。

 ──ドラゴン、と。



「リベルト大陸にはドラゴンが生息してるんだ。今野宿しているここにはいないが、南西のヴェヌス山脈を越えた先には龍の巣があって、そこには誰も近寄らん。食い殺されるのが落ちだからな」



 ……これは、ボクのリスニング力がまだ足りない……って、ことは……ないよ、ね……?

 ラザーン王国。リベルト大陸。ヴェヌス山脈。エルフ。ドラゴン。そして知らない言語と地図。


 まさか……これ……異世界、か……!?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る