第二話 恩恵


 恩恵。


 それは、魔力を用いて特定の物体を作り出す力。

 一人に一つ与えられ、人は十五歳の誕生日に自らに授かった恩恵のことを突然に理解し、使用することができる。


 冒険者になる奴は、大抵戦闘向きの恩恵を持った奴ばかりだ。

 なぜなら、『ブロードソード』の恩恵なら幅広い剣を。

『アイアンシールド』の恩恵なら鉄製の盾を。

 自らの魔力を編み作り出すことができるからだ。

 それらは自らの魔力を宿した強力な武器、防具であり、大いに戦闘の役にたつ。


 しかし、恩恵は必ずしも戦闘向きのものばかりではない。

 『ペン』の恩恵は文字を書くことしかできず、『割り箸』の恩恵は木製の箸を作ることしかできない。

 それでも生活の役には立つだろう。

 戦いの場から遠ざかり、普通の暮らしを送る分にはあって困らないだろう。

 

 だが、恩恵にはその用途や正体のわからないものも存在する。


 そんな戦闘にも生活にも役立たない恩恵をもった冒険者がいるとしたら?


 正体不明の恩恵の持ち主はこう呼ばれるだろう……何の役にも立たない“ゴミ恩恵”と。






「いた」


 ランクルの街の西に位置する森の中。

 数十メートル先に討伐対象である二足歩行で歩くゴブリンの姿が見える。

 緑の肌、醜悪な顔、毛のない頭部、尖った牙と爪。

 冒険者ギルドの定めた討伐難度はDランク。


 だだし、それは単体での話。

 ゴブリンは大抵集団で行動する。

 数体から数十体。

 時にはコロニーを作り繁殖を繰り返して大集団となり、都市を襲うこともあるという。


 まあ、いまは関係ないか。

 

 森の浅い所で彷徨っているゴブリンは単体が多い。

 運のいいことに歩いているゴブリンに仲間はいなそうだ。

 ……あいつ相手ならオレ一人でも勝てるか?


 こっそりと近づいて背後を取る。

 ゴブリンは嗅覚が鋭いらしいがまだ気づかれてはいない。


 ここで俺は恩恵を使う。

 

「『消毒液サニタイザー』」 


 剣を握る右手とは反対の、左の掌に魔力で作り出された消毒液が薄く広がる。

 そう、たったこれだけ、これだけがオレに与えられた恩恵の力。


「喰らえっ!」


 振り返るゴブリンの顔面目掛けて消毒液を投げつける。

 ビシャリと音を立て醜悪なゴブリンの顔を濡らす。


「ギャギャッ!?」


「どうだ、染みるだろっ!」


 隙の出来た瞬間に剣を振るう。

 それでも、錆びた剣を振るうゴブリンと鍔迫り合いになった。


「クソっ! コイツなかなか力強いな!!」


 それでもフワダマ相手に多少は鍛えてある。

 

「このっ! いい加減死ねっ!」


 鍔迫り合いを制して胸に一突き。

 それだけで運良く心臓を突き刺したのかゴブリンは事切れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ゴブリン一匹にこの体たらく、か」


 随分苦戦した。

 やはり恩恵の差は大きいと改めて思う。

 普通の冒険者なら恩恵を利用して、ゴブリン程度なら一撃で倒すだろう。


 だが、オレの恩恵は『消毒液』。


 文字通り消毒液を魔力によって作り出す力しかない。

 それも、ほとんど水と変わりない僅かに独特の変な匂いのする液体を作り出すだけしかできない恩恵。


 その量は、編み込む魔力の量に左右され、オレの魔力では掌いっぱいの消毒液を作り出すのは日に三度が限界。

 しかも、それ以上は魔力が尽きる。


 そもそも消毒液ってなんだよ!?


 何に使う恩恵だ?


 飲み水にすらならないくせにすぐ乾く。


 傷口にはやたらと染みる。


 匂いを嗅げば変な刺激臭がする。


 こんな恩恵でどうやって戦うって言うんだ!!


 自らの恩恵の貧弱さに嘆いていると不意に何処からか音が聞こえる。


 なにかの走る音?


「ヒヒンッ」


 馬の嘶きが聞こえる。


 次いで森全体に響くかの如く轟音。


「な、なんだ!?」


 意外と近い。

 何故かオレの足は音の聞こえた方向に向かっていた。

 魔物同士の争いなら即刻逃げるべきなのに。


「ひ、姫様! ご無事ですか!?」


 草陰から目に入ったのは、横転した馬車と青い騎士甲冑に身を包んだ目つきの鋭い凛とした女。

 その彼女が慌てた様子で倒れた馬車を覗き込み叫ぶ。


「姫様! どちらにおいでですか! 姫様!!」


「レ、レオパルラ、わたしはここです」


 馬車の影から小柄な影が躍り出る。

 それは数多の装飾の施された翡翠のドレスを纏った一人の女の子。

 一目で高貴と分かるその女の子は足を怪我しているのか動きが鈍い。


「ガアァァァアァァァーーー!!!」


 絶叫が辺りに響く。

 

 オーガだ。

 赤黒い肌の体長三メートル近い人型魔物。

 こんな街に近い森にはまず生息していない強力で残忍な魔物。


「クソっ、コイツがここまで追って来なければ、姫様を危険な目に合わせなくて済んだものを……。姫様! 私が時間を稼ぎます! どうかその間にお逃げ下さい!!」


「レオパルラ、そんな……」


「時間がありません! 姫様、お早く!!」


 選択を迫られていた。


 このまま彼女たちを見捨てて逃げるか。

 それとも無謀だとわかっていながらも助力を申し出るのか。


 時間はさして残されていなかった。

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