その8 法則という縛り

「……一応聞くけど、ここを開ければいいのよね?」


 さらさらと凹みを撫でながら尋ねたネフに、ルノウさんはええ、と頷く。


「おそらくこの凹みが入り口です――調査結果からほぼ間違いないと」


「……そっか、数百年開いてないのだったわね」


 ふむ、とネフは杖を抜いた。地下か……、と小さく呟いた。

 ふぅー、とゆっくり、長く息を吐く。

 ぱちりと目を開けて、びしりと構えた。


「――マナ・フォトン光のマナ


 僅かに、しっ、と空気が弾ける音。

 僕は思わず目を見開く。

 それは今まで見てきたような、派手な魔法とは正反対の魔法。色もなく目にも映らず、だけど何かが杖先から飛び出した――ように聞こえた。

 風つかみを飛ばす、空を飛ぶ者。空気の流れを読むために培った聴覚が、その魔法をかろうじて僕へ教えてくれる。

 弱く、細く、静かな魔法。まるで、魔力そのものを撃ち出したような。


「……駄目ね」 


 すっと杖が下りる。

 壁も扉も、さっきと同じ。

 失礼、とルノウさんが口を挟む。


「――今、何かなさったのですか? 私には何も見えませんでしたが……」


「マナを直接放ってみたの。魔法という現象になっていない素の状態だから、何も見えないわよ」


「なるほど。マナを放出……そんなこともできるのですね」


 感心しているルノウさん。魔法の仕組みも理解しているみたいだ、さすが……って思ったけど、よく考えれば当たり前か。

 エルベスのエネルギーが魔法に似てるなら、当然魔法についても調べているだろう。なんたって専門家だもの。


「……もしかしたら、どこかにピンポイントで当てる必要があるのかもしれません」


「確かにそうね。当てずっぽうは外れた訳だし」


 ネフは再び杖を構えた。

 口には出さずとも、彼女が何をするつもりかは僕にもわかる。

 多分みんな同じことを考えているはずだ。


 ――扉に描かれた人型のシルエット。

 ……それはまるで、射撃訓練用のターゲットパネル。


「――フロ・スピア前へ・槍を現せ


 今度こそ、一筋の閃光が走る。

 撃ち出された光の槍は空気を焦がし、青白く破裂し、帯電した風を道連れにしながら額へ突き刺さった。

 生身の人間なら即死しそうな、鋭い一撃。

 

 ――だけど。


「駄目か……」


 思わず唸ってしまう。

 扉はうんともすんとも言わない。

 シルエットはそのまま、そこにいた。


「威力不足かしら……。ある程度の威力がないと無効にされるのかもしれないわね」


 ネフの呟きを聞いて、僕は胸を撫で下ろした。

 それなら大丈夫だ、ネフの魔法はまだ全力じゃない。

 光の檻も、風の大砲も、これとは比べ物にならないほどの威力があった。今まで見てきた圧倒的な力、僕は忘れそうにもない……!

 

「――やはり場所が悪いですか」


 だけどルノウさんは、悔しそうにそう言う。

 ぽかんとする僕の前で、ネフは首を縦に振った。


「地面に近いほどマナが混ざり、魔法の行使が難しくなる……。地下では、さらに難しいですか」


「ええ。普段の半分の威力も出てないわね。上位魔法は……っと、発動すらできないみたいだし」


 ネフの掲げた杖先に光が集まっていくが、すぐにぷす、と霧散してしまった。

 ――なんてことだ……。

 そう言えば、初めて会ったときに聞いたような気もする。あのとき空で会ったネフは杖すら使わず、鏡を出現させていた。地上でなければ、杖を使うことで全属性の魔法が使える。だけど地上においては、光属性のネフでも光魔法を使うには杖が要る。

 たしか、意外と不便だね、って言ったな。ネフ、不満そうだったっけ。

 魔法に感心しっぱなしだったせいだろう、万能ではないということをすっかり忘れていた。

 万事休すか、と思ったけれど、ネフは杖を構えたままだ。そして少し、腰を落とした。


「……威力が足りないのなら。傷がつかないのなら」


 空気が震えだす。光は見えない。


「――傷が付くまで撃ち込めばいいのよ」


 きっと壁を睨み付け、ネフはぐいっと腕を引き――。


マナ・フォトン――リピータ光のマナ・連射せよ……ッ!」


 ――勢いよく突き出した。





(その9へつづく)

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