その11 誘因作戦

「駄目よ! レノンあなた、何考えてるの?」


「ぼくも賛成はしたくないな、それ」


 危険すぎるわ、と睨むネフをまあまあとなだめて、話を続ける。


「ヒヨコの気持ちになって考えてみようよ。あからさまに囮を紐で繋いでおいたら警戒するだろ? 自分の意思でその場に留まる必要があるんだ」


「だからって……そうだ! オラングの戦士に頼めばもしかしたら……」


「駄目だ。もしそれで彼らが負傷でもしたら、コノハとオラングの関係に溝ができかねない。それに一晩泊めてもらったんだ、彼らにそこまでの迷惑はかけられないよ」


 納得しかねる、と顔に書いてあるネフとコノハ。

 そんな二人に、


「大丈夫、作戦通りに行けば全部上手くいくよ。僕の作戦は——」


 鉛筆の音を背景に、空が赤く染まり始めた。





 それから月が昇って沈み、また昇った。

 欠けた光を切り裂いて、ネフは一人、森の上を飛んでいた。

 青白く染まる視界のもと、ハシバミ色の瞳がくりくりと動く。

 探しものは、


「——あら」


 意外にもあっさりと見つかった。

 蝙蝠のごとき黒い影。

 識別名は、その見た目とはおよそ似つかわしくない「ヒヨコ」。

 己の強さへの自信からか、悠々と飛び回るその姿から目を離さずに、ネフはマントのポケットをまさぐった。

 茶色の紙で包まれた筒がこつん、と当たる。

 それを大事に握りしめ、羽の音が聞こえるほどまで近づいて、ネフはペンダントをとんとんと叩いて。


「ほら! こっちを向きなさいな!」


 影に向かって叫んだ。

 身体ごと向きを変え、「ヒヨコ」の黄色い目が、魔女を捉える。

 自分に気が向いたことを確認して、ネフは筒の端から出ていたテープを思い切り引き抜いた。

 途端にばしゅ、と音を立てて吹き出る炎。

 少しびびるネフ。

 鮮やかな赤い光が、夜の森に降り注ぐ。

 月明かりの下ではとくに目立つその炎を片手に、ネフは箒を反転させて、


 逃げるかのように、ぎゅん、と急発進した。





 胸元のイシンデン針がぼぅ、と光った。


「「よし!」」


 風つかみの操縦席で、僕はぐっとガッツポーズ。

 翼の上のコノハがそろり、と立ち上がる。

 ゆっくり暗くなるイシンデン針を覗きこむ。

 さっきのは目標発見の合図。

 作戦は第二段階へ。

 それは風つかみに積んでいた発炎筒でヒヨコを誘引、ここまで連れてくるというもの。

 誘き出しに成功すれば、ネフから再び合図が来る。


「頼むよ、ネフ……!」


 ぎゅっとイシンデン針を握りしめて、


「それじゃ見えないよ!」


 コノハに怒られた。

 首から外し、計器盤に引っかける。

 薄暗く、冷たく、少し開けた森の中。

 風つかみが墜ちたこの場所で、決着をつけてやる。

 墜落したままかのように、わざわざ戻された風つかみの中で、時を待った。




 向こうから来るとは、なんと楽なことか。

 獲物がわざわざ近づいてきたのを見て、スラーミンはそう思った。

 脅威にはなり得ない、逃げることしか出来ない獲物。

 こちらの糧になるというのに、あろうことか鳴いて威嚇し、ちょこまかとふざけた動きをする。

 気に食わない。

 羽を拡げ、ひと思いに突っ込もうとした矢先。

 獲物が赤く輝いた。

 強い光はされど、彼には効果がない。

 だが、ちかちかと挑発するような眩しさ。

 怒りが呼び起こされるような色彩。

 気に食わない。


 そして満足したのか、獲物は突然逃げ出す。


 スラーミンは小さくなる光を睨み付ける。

 獲物の分際で愚弄するか。

 殺してやる。

 風をはらんだ羽が、振り下ろされた。





 そこから少し離れた場所で。

 光がぼぅ、と計器を照らした。





(その12へつづく)

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