その9 光の魔女

「本当に蛇そっくりだったのね」


 箒を停止させて、じっくりと観察する。

 予想通り、ローラちゃんの髪の束はくねくねと道を急いでいた。小さくガッツポーズ。さすがわたし。

 それはさておき、どうしましょうか。

 前にレノンにも話したように、魔法は地面が近くなるほど成功難度が上がる。得意な属性の魔法でも、地上では杖による魔力増幅の力を借りなければ上手くいかない。その他の属性なんてもってのほか、使うことすらできない。

 空からなら全属性の行使は可能だけれど、地面へ向けて使うのだから威力はほとんど出ないだろうし。

 そういうわけで、実質わたしの切れるカードは自分の属性である光系統の魔法だけ。


「……物理的に干渉する術がないのは痛いわね」


 でも、わたしは一人じゃない。レノンと立てた作戦がうまくいけば、大丈夫。

 まずは光を収束させて、髪の束が辿っている魔力香を焼き切る。


「——フロ・スピア前へ・槍を現せ


 指先から一条の光線が伸びた。

 地面に突き刺さって————駄目ね、弱い。髪の束は相変わらず進み続けている。

 ベルトから杖を引き抜いてもう一度。


フロ・スピア——マクマ前へ・最大の槍を現せ


 あっ。

 ——杖を使ったから威力は上がるけど、それだけじゃちょっと不安だったから上位の呪文を使ってみた。これが間違いだった。

 杖先から迸る光の濁流が地面を抉る。……焦がす程度でよかったのに!

 一応は目論見どおり、髪の束が動きを止める。よし、次のステップへ。


ライケージ・ミディア光の檻・大きさは並


 細い光線が絡まり合って、光の檻を組み立てていく。目標を上から、素早く囲んで。逃げる隙は与えないわよ、っと。


「──完璧!」


 なんだかあっさり上手くいった。あとは魔力を絶やさないようにして、レノンが来るまで檻を維持すればいい。

 髪の束が檻の中で暴れまわるたびに、ふんっ、と力を込めて押し返す。ここからは体力勝負。

 ——レノン、なるべく早く来てね。





 イシンデン針の針が下へ下へと傾き始めた。ネフのいる場所が近い──!

 スロットルを半分まで落とし、フラップを展開。状態ランプの緑色をちらりと見てから、レバーを引いて補助翼を下ろす。

 ふわりと揺れる風つかみ。


「──よし、いた」


 坂の向こう、白い光がびかびかと瞬いていた。

 幸い、道の脇はまっさらな原っぱ。着陸するにはちょうどいい。

 ネフから一〇メートルくらい離れたところに風つかみを降ろし、後部座席に乗っけておいたガラス壺を抱えて走る。

 流れてくる風が焦げ臭い。


「おまたせ!」


「早く来てくれて助かったわ、蓋を開けておいてくれるかしら?」


「ほいっと」


「ありがと。じゃあいくわよ、しっかり持っててね────むんっ!」


 ネフが重そうに杖を振るう。杖先から伸びる光の塊がぐいーっと動いて、僕の方へ。

 ガラスに触れる手のひらがじんわりしてくるのを感じて、思わず力を込めて押さえる。


「そ、お、れっ!」


 ネフが股下まで杖を振り下ろした直後、光が質量を持って壺の口へ殺到してきた。

 暴力的な明るさ──!


「うぐっ」


 目の前の景色がかき消える。

 瞼を閉じても貫通してきて、あっという間に全てが真っ白。


「レノン、閉めてっ!」


 蓋も壺も手で持っていたからまだ良くて、直前の記憶を頼りに、口があるあたりへ蓋を叩きつけて……。


 ぎゅむ。


 ──お、嵌められた?


「やったわ!やったわレノン!」


ひりひりする瞼をこじ開けると、ネフが大喜びしながら走ってきていた。

奇跡的にも、蓋はちゃんと閉められたみたいだ。僕はふーっと安堵して、



────ネフがばたりと倒れたのを見た。





(その10へつづく)

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