その5 ヒントを探せ

 ここスリィネは湖の街というだけあって、街中に水路が張り巡らされている。朝日が眩しい水面の上を、たくさんのゴンドラがするすると行き交っていた。

 おしりのすぐ下を、ちゃぷちゃぷと水が通り過ぎていく。ほんとに板1枚で浮いているんだ、なんてしみじみ感じる、そんなゴンドラの乗り心地。

 ちょっとだけ、風つかみにも似ている感じだ。

 ネフはと言えば——。

 片手を水に沈めて大はしゃぎしていた。


「滑ってる! ゴンドラってすごい速いのね!」


「ネフ、あんまり手を出すと危ないよ?」


「平気よ、すぐ引っ込めるから。ひゃ! 魚だわ! ねぇレノン、いま何か手に触れた! 多分魚よ!」


 朝日にも負けないくらい眩しい、きらきらな笑顔。いつもの落ち着いた姿からは想像できないほどの、天真爛漫ネフだ。


「ほーっ」


 ずいと身を乗りだして、顔を水面に近づけて、まるで子供みたい。

 ゴンドラが傾きかけて、あわてて姿勢を正してた。

 ふと顔を上げれば、水路に沿って建物が並ぶ。時折くぐる橋の上は、がたがた馬車が走っていたり出店があったり。イーゼルを立てて、絵を描いている人もちらほら。

 絵画をぱらぱら見ているように、人と景色が次々と流れていった。いま聞こえた音色はアコーディオンかな?陽気なリズムがスリィネの印象ぴったり。

 するり、細い水路を抜けて大通りへ。ぱっと前が開けて、そびえ立つのは堂々とした白亜の建築。

 もうすぐですよ、と船頭さんが教えてくれる。


「──わ、大きい……!」


 手を拭きながらネフがつぶやく。

 するすると僕たちが進む先に、どんっ、とスリィネ中央図書館はあった。





 突然だけど、考えてみてほしい。上手くいかなくてがっかりしたとき、それを嬉々として誰かに話したくなるだろうか?

 まぁならないよね。少なくとも僕はそう。

 今日一日まるまる使って、たぶん調べられたのはあの膨大な蔵書のほんの一部なんだろうけど、ローラちゃんの症状についての手がかりはまったく見つからなかったわけで。

 ガス灯がちらちら揺れるなか、僕たちはとぼとぼ、帰り道をゆく。


「明日よ、明日また来て探しましょ。こうなったら何かわかるまで徹底的に読むわよ」


威勢良い言葉を吐き出すネフ。

──目が死んでる……。


「うん、明日に期待するよ。目の前がチカチカする」


「わたしも」


 ほわ、とあくびを押さえたネフだったけど、その手が途中でぴたっと止まる。

 見つめるその先はきらきらにぎやか。レンガ作りの壁の前、音楽に合わせておじいさんが操り人形とダンスをしていた。

 まわりのお客さんはほとんどが大人で、だけどまばらに門限を破ってる子供たちもいる。みんな目を輝かせて、食い入るように見つめていた。

 街灯の下でやってるからか、なんだかとってもまぶしく感じるけど、いいな、こういうの。


「楽しそうだね」


「……」


「……ネフ?」


「……そういうこと」


 さらり、黒髪が揺れた。

 ネフの瞳に光が戻って、ろうそくみたいにちらちら瞬いて──。


「レノン、行くわよ!」


「うぇぶっ」


ぐいっと僕は引きずられた。





(その6へつづく)

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