8章 警察沙汰 その3

 宿の部屋に立つ警察官二人は無論本物で、私に捜索願いが出ているため、話を聞きたいということだった。とりあえず風呂上がりの格好だったので、着替えることを申し入れ了承されたが、部屋のドアを完全に閉めることは赦されなかった。おそらく鍵を閉めて逃走することを想定していたのだろうが、こちらにはそんな気はもうとうなかった。


 ひとまず着替えを終えたことを告げると、宿内の会議室のようなところに連れていかれた。この辺りの周到さというか宿との連携はさすがだなとは思わずにいられない。


 あまり思い出したくない記憶だが、殺風景ななにもない会議室の長テーブルに私と二人の警察官が腰掛けることになった。

 私のほうの事情はすでに前述しているので省くが、失踪後の足取り、入山して自殺をするつもりだったのかなど、根掘り葉掘り聴取された。時折、一人の警察官が会議室を出て、電話をかけているようすだった。おそらく私の家族と連絡を取っているのであろう。


 ただ、私としては、どうしても合点がいかないところがあった。というのも法に触れるような悪いことは一切していないのだ。その状況でこの尋問は苦痛以外のなにものでもない。それゆえ警察側も私の身柄確保が最優先であるが、強制的に連行することはできないのである。つまり私が首を縦に振らなければ彼らの任務は果たせないのである。おそらく2時間くらいどうどう巡りの話をしたが、結果としてこれ以上粘っても無駄であろうと考え警察への同行、家族による迎えを了承した。


 もう時間は夕食どきだったため、警察官に宿の夕食を食べてからでの出発でもよい旨、話をされたが、そんな気分ではないことは明白だ。早々とチェックアウトを済ませ、なかなか乗る機会もないであろうパトカーで警察署に向かった。


 そこから警察署の会議室のようなところで妻と妻の父親が迎えにくるのを待ったわけだが、この先のことは省く。とりあえず失踪事件は終わったのだ。

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