6章 警察沙汰 その1

 現実から目を逸らすための突発的な小旅行のつもりだった。実際にこの件で会社に影響するようなこともなかった。週末と連休を組み合わせて某県C市にいくつもりだ。山深いところなのでトレッキングシューズを靴箱から出し、誰にも何も告げず家を出た。


 最初の2、3日の予定は決めていたが、いつ帰るかは決めていなかった。なんなら宿泊先から出社してもいいかなとさえ考えていた。このときの心理状態だが、正直自分しか見えていなかったことは否めない。周りに迷惑をかけるであろうことなどまったく考えていなかった。これが異常な状態だというのならたしかに異常なのだろうが、当の本人はいたって普通のことであると考えていた。


 1日目は、目的のC市の宿が取れなかった。直前なので、それも仕方ない。なので少し手前のT市のカプセルホテルに泊まった。カプセルホテルに泊まるのは初めてだったが、思っていたより快適だった。寝る場所は十分確保されていて大浴場もあった。当然のことながらスマホには家族からの着信履歴が並ぶ。ひとりになりたいだけとスマホの電源を切った。


 2日目は目的のC市に向かう。だいぶいい感じだ。そこからバスに乗り換え昔の街並みを残す宿に泊まる予定だ。周辺にある川でくつろいだりして、気分は悪くない。時折地図は調べたりするためスマホの電源を入れる。すると見たことのない番号からの着信がある。ネットで検索すると警察署のようだ。この時点で頭が狂っていたのかもしれない。なにも悪いことはしてないしなと、スマホの電源を切る。


 察しの良い方ならすでにお気づきだろうが家族から警察に捜索願いが出ていたのである。

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