いつの世も生き地獄

ゆきお たがしら

第1話 いつの世も生き地獄

ここは六軒長屋、影が一つ・・・。影の正体はマントを羽織った熊だが、どうしてマントを羽織ってんだと思いながら隣の八のところへ

「う、うう、さみーぃ、さみーぃ。真夏だというのによぉ、なんでこんなにさみーぃんだ? それに最近、めっきり歯茎が弱ってきちまったのか疼いてしょうがねぇや、まったくもって往生だぜ。しかし変な夢・・・、見たな。買いもしねぇし加えることもなく増えるもの・・・、ゴミ? 埃? 分からねぇな。まっ、そんなことはどうでもいいんだが・・・。」

トントン、トントン

「ごめん・・・、ください。うふっ、ごめんをもらったらどうなるんだ? えへへ、まっいいか。おーい八、八いるか?」

返事がない、もう一度

「おーい八、八いるか?」

やはり返事がない、しかたなく

「さようなら・・・。なんで俺がごめんや、さようならを言わなきゃいけねぇんだ!」

熊、ムッとするも

「おーい八、居るのは分かってんだ。バレてんだから、おとなしくでてきなさい! ・・・俺は警察官か?」

イラッとする熊だが

「こういうのをスペースを空けると言うんだな、俺も博識だ。」

自画自賛していると

「誰だぁ?」

「居るんなら、サッサと返事しろよ。俺だよ、俺。」

八の面倒くさそうな声

「俺と言われても、分かりません。」

熊、ウンザリしながら

「何バカなこと言ってんだよ、俺、俺だよ。」

「鈍い人だな、俺と言われてもわかりません。」

「はぁ? 八、いっていどうしちまったんだ、熊だよ、熊!」

「くま、クマ・・・、クマのプーさん・・・。アッハッハ、そりゃないな。」

八、ニヤリとするも意地悪そうに

「知り合いに、クマのプーさんはいませんよ。」

「なにブツブツいってんだよ、隣の熊!」

熊、ついに怒り出す。八、しかたなしに

「なんーだ、熊か。最初からそう言えばいいじゃねぇか。」

熊、ムッとしたまま

「なんだ熊? えらそうに!」

さらに

「おめえも、おかしな野郎だな、誰がおめえをたずねてくると言うんだい! おれくらいしか、いねぇだろうが。ほんに往生するぜ。」

「おうじょう、往生・・・。その言い回し、どっかで聞いたことがあるような・・・、ないような・・・。」

「なにをゴチャゴチャ言ってんだよ、とにかく入らしてもらうぜ。寒くてたまんねぇんだ。じゃあ、入るぞ。」

戸に手をかける熊、しかし動かない

「よしてくれよ、八!」

驚く熊、八、うつむいたまま

「俺、まだ入っていいよと言ってねぇぞ。」

いらつく熊

「冗談はよしこさんだ。おめえと俺の仲なのに、なにを他人行儀なことをいってやがる!」

「冗談はよしこさん? よしこさんは上段? じゃあ、下段は誰だ? それにおめえと俺の仲?」

八、首をひねるが、突然立ち上がり 

「好きなんだけど~、キミはボクの心の星、キミはボクの宝・・・。」

踊りながら

「なぁーんてことあるか! 親子だって、親せきだって礼儀はあるぞ。それに熊、このあいだ貸したマヨネーズ、どうなっちまったんだ?」

「マヨ・・・? マヨネーズ・・・。ああ、喰っちまった!」

「食った? おめえ、マヨネーズ一本、喰っちまったのか? ありゃあ、一キロ入りだぞ!」

「わりぃ、わりぃ。食うもんなかったからよ、喰っちまったんだ。」

「熊、そんな食生活してたら、コレステロールが溜まって死んじまうぞ。」

「ばか言え、それくらいで死ぬか!」

「ああ言えばこう言う、こうるせいヤツだな。とにかく俺は今、忙しいんだよ。」

「忙しい? なんでおめえ忙しいんだ・・・。万年暇なくせに!」

「まんねん、まんねん・・・、鶴は千年、亀は万年。それなら俺は亀か? じゃあおめえはつる? ツルツル伸びてよ、人に巻きついてマヨネーズを喰らう。アッハッハ、やっぱりおめえは蔓だ。」

八、ウンザリしながら

「熊、いっとくがな、俺は暇じゃねぇんだ。万年暇は、おめぇじゃねぇか。とにかく今、忙しいんだよ。」

「なにが? 俺はもう入る気になっちまっているんだぜ、入らせてくれよ。寒くてたまんねぇんだ。」

「そんなに寒いんなら、自分ちに帰れ。俺は忙しいんだ。」

戸を激しく揺する熊、慌てた八

「おいおい、それこそよしこさんだぞ。戸を壊す気か? 壊すんじゃねえ。」

八、急いでつっかえ棒を。途端に熊

「入るぞ。」

獲物を見つけた蚊で、一目散に。だが八の姿はなく、見ると座り込んで振り向こうともしない

「う、うん? おめえいつの間に? 飛んで帰ったのか? それになんでつっかえ棒を?」

「おめえがやって来るような気がしたんだよ。」

「俺が来ちゃあ、なにかまずいのか。」

「ああ、不味い、不味い。不味くて、おめぇなんか、食えもしねぇ。」

「俺のどこがまずいんだ!」

「なにも鴨だよ、アッハッハ。」

キョトンとする熊に、八、続けて

「おめえ、笑わねぇのか? とにかく・・・、おめえが来たら、おちおち仕事もできやしねぇ。」

「仕事? おめえに仕事なんかあるわけねぇじゃないか。それにうつむいて、いったいなにしてんだい?」

「俺は今、忙しいんだよ。」

「なにが? あれっ? これさっきも訊いたな。」

「ああ、そうだ。」

「なんだ、分かってんじゃねぇか。だったら、忙しい理由のひとつも言ってみろ。」

熊、わめくが、八、どこまでも無視。埒が明かない熊、八に近寄り

「なんだそりゃあ?」

「見てわからん奴は、聞いてもわからん。」

「えらそうに! なんか写真がいっぱいあるが、それはなんなんだ?」

「カタログだよ。」

「カタログ? カタログって?」

「見てわからん奴は、聞いてもわからん。」

「俺をおちょくっとんのか!」

「いいや、違います。見てのとおり。」

「見てのとおり? て言ったって、ただのカタログ・・・。」

首をかしげる熊に、八

「おい熊、これなんかどうだい?」

「これ? これって、皿じゃねぇのか?」

「そう皿・・・、なんてなっ。ワッハッハ。」

キョトンとする熊を見ながら、八

「おいおめえ・・・、笑わねぇのか? まっ、それはどうでもいいが、聞いて驚くなよ、この皿はただの皿じゃねえ、番町皿屋敷のお菊の皿だ!」

「お菊・・・、お菊の皿・・・。ハテ、お菊の皿といったら大昔のものじゃねぇのか? そんなもん・・・、あるわけねぇだろうが。」

「いや、それがあるんだな。ソー皿! なーんてね。」

熊、のってこない。八、しかたなく

「とにかく、絶対に間違いないぞ。」

「間違いない・・・。そりゃ、嘘だ。真っ赤な偽もんか、注文したって来やしねぇか、どっちかだ。」

「ばか言え、オークションの出品作品集に載っているんだから、それはない皿・・・、ウフフ・・・。」

八、気を取り直し

「とにかく、このオークション、有名なんだぞ。」

納得のいかない熊

「そんなもん、どこからとってきたんだ?」

「盗ってきた? 俺は盗人なんかじゃねぇぞ。とはいえ次に皿と書いて・・・、なーんてな、あっはっは。」

「おお、さぶ! おめえのダジャレで、余計に寒くなっちまったぞ。」

「寒くて、悪かったな。とにかく、忙しいから帰れ、帰れ。」

「もう入っちまったんだから、無理だ。」

「無理なことあるもんか。まあ、それはどうでもいいが、蛇の道は蛇よ! 虎穴に入らずんば虎子を得ず、なぁんてことばもあるぐらいだから、世の中、いろんな道があるんだよ。」

サラに・・・ 

「これから俺は、金の亡者になるんだ!」

「はぁ?」

ポカーンする熊、しかし気持ちを切り替え 

「それで・・・、その皿、いっていなんぼなんだ?」

「驚くなよ、たったの百万。」

「百、百万? ウソだろう!」

「ウソじゃねえ、ここにちゃんと百万って書いてあるだろうが。」

熊、目を擦りながら

「おめぇ、バカか? そんな金、どこにあるんだ!」

「バカバカバカとうるせい野郎だな、何遍言ったら気がすむんだ。それにどこから・・・。」

八、ニヤリ

「そりゃ、おめぇから借りるんだよ。」

「お、俺? おめぇ、とんでもねぇことを言うやつだな、俺にそんな金あるわけねぇだろうが。よしんばあったとしてもおめえには貸さねぇし、仮にだ、貸したとしてもどうやってかえすつもりなんだよ。」

「そこよ。そのことを今、考えていたんだが、この皿を買えばお菊の幽霊は必ずついてくる、そこで・・・。」

目を彷徨わす八、

「プラン一。お菊は美人らしいので、どこかの芸能事務所に売り込む、なかなかいい考えだろう。プラン二。ユーチューブに動画をアップして、一枚・・・、二枚・・・、そして八枚まで言わせる、なんたって九枚と言ったら大変ことになるからな。八枚でやめておいて投げ銭、そしてグッズ販売だ。プラン三。お宝鑑定で、高けりゃお菊をつけて売り飛ばす。プラン四。SNSで男を集めて、乱交パーティー!」

「おいおい、おめぇとんでもねぇことを言うヤツだな。乱交なんてやってみろ、男はみんな死んでしまうぞ。それにおめぇ、お菊にたたられて夜な夜な・・・。ああクワバラクワバラ。やめとけやめとけ、借金抱えて首でもくくるつもりかよ。だいいち世の中、そんなにあまかねぇ。しかし、なんで急にそんなことを?」

「政治家だよ、政治家。俺は国会議員を見習って、金の亡者になるんだ。新聞にも書いてあったが、新人が一日、国会に出ただけで百万だそうだ。もらった本人は笑いが止まらねぇだろうが、こちとらバカバカしくってやってやれるか! しかも物価目標、二パーセントがどうのこうのとムキになるもんだから、あらゆる企業がこぞって値上げしやがってよ!」

「まてまて、べつに政府が値上げしたんじゃねぇぞ。」

「いいや、どう考えても政治家と企業はグルになってるとしか思えねぇ! まあそれは置いておくとしても、あっちもこっちも値上げするもんだから、庶民の懐は火の車よ。それに就職したって正規なんか夢の夢、どうあがいても非正規がいいとこで、一般ピープルは地獄の業火で焼かれているというのによ、国会議員は適当なことを言っていればウハウハなんだぜ。まったくもって・・・、だから俺も政治家を見習い、この皿でがっぽり儲けようと考えたんだ。」

とうとうと喋る八に、熊はギョエ、八の額に天冠が

「は、八・・・、そ、それは!」

八も熊の口を見てギョ

「く、熊・・・、おめえ、牙が!」

「う、うん? 牙がどうしたんだ。」

「おめえ、スゲえ牙がはえてるぞ。それにその恰好はなんだ? 黒のスーツに黒マント、しかもマントの下には羽なんか生やしてよ。」

「そう皿、なーんてな。とにかく、起きたら、こんな格好になっちまっていたんだ。それに寒くて、寒くて、なーんか温かいもん・・・、ち、血が恋しいんだよ。」

「血? いっていどうしちまった? も、もしかして・・・、俺の血か?」

「ばか言え! おめえの血なんか、頼まれてもいらねぇ。俺は女の・・・、いやまてよ、ババアはいらねぇな。やっぱ若い女・・・、きれいな血が欲しくて、欲しくてたまんねえんだ。」

「若い女のきれいな血・・・、それはどうかな? 今じゃ 援交だなんだと怪しい・・・、それこそよしこさんだ。だがよ熊、いつからドラキュラになったんだ。」

「ドラキュラ? 知らねぇな。でもよ、新聞読んでたらおめえが言うように政治家は金の・・・、いや、票集めの亡者だぜ。人の生き血を吸う化けもんだ。だから俺も生き血を吸って、悠々と暮らしていこうという腹づもりよ。でもよ、おめえはやめとけやめとけ。逆立ちしたって、マネのできる相手じゃねぇぞ。それにお菊は、お前のような醜男を相手にしてくれるわけがねぇだろうが。」

「そこよ、問題はどうやってお菊に・・・。俺が福山雅治や木村拓哉くらい男前だったら簡単なんだろうが・・・。」

「アッハッハ、ムリムリ! おめえがキムタクなら、俺はジョングクだ?」

「ジョングク? なんだそりゃ・・・。」

「おめえ知らねぇのか? 防弾少年団だよ。」

「防弾少年団? さっぱりわからねえ。」

「わからねぇだろうな。それより八、隣がやけに静か・・・、いつもはガキがギャアギャ騒いで、うるさいっていうのによ。」

「ああ、隣か・・・、今朝早く車で出かけたぞ。たぶん男に会いに行ったんだろうが、子供がジャマになって捨ててくるかも・・・。そんなとこじゃねぇのか。」

「おめえ、スラッと空恐ろしいこと言うヤツだな。」

「そう皿・・・、アハハ。それはともかくもよ、思ってることを言っただけだ。なにせお隣さん、ほぼほぼ男狂い。それによう、相手の男もろくなもんじゃねぇだろうから、子供がジャマで捨ててこいとでもいったんじゃねぇのか。」

「おめえって奴は、想像たくましいというか、なんというか・・・。」

呆れる熊、だが突然、顔をこわばらせ身をよじると、地の底から湧き上がるような声で

「ごめんね、ごめんね、母ちゃん・・・。」

八、目を見開くと

「おいおい、熊・・・。いっていどうしちまったんだ!」

熊、続けて

「母ちゃん、ごめん! 僕・・・。」

後ずさりする八

「い、いつの間に潮来に? 体を乗っ取られたら、やべえ、やべえぞ。」

慌てる八、熊の両肩に手を置き強く揺する。途端に

「あれ、俺どうしちまったんだ?」

ポカーンとする熊

「やべかったぞ、熊。おめえ、乗り移られたんだ。」

「誰に?」

「たぶん、隣の子の霊だろう。」

「なんで隣の子の霊が・・・。それに、どうして俺なんだ?」

「そんなこと知るか! でも、間違いねぇ。」

気色悪げな八、しかし熊

「ふーん、なにを言ったか知らねぇが、セックス狂いの男と女で世の中いっぱいということか! 昔・・・、お百姓は食い扶持を減らすためにしかたなく爺、婆を山に、子供を遠い野に捨てたと聞いていたが、今じゃそんなことあり得ねぇのに、虐待だ、放置だと、セックスがしたいばかりにとしか思われねぇ!」

憤慨する熊だが、

「それはそうと食い扶持じゃあねぇが、二軒先のお婆さんは元気なのか?」

八、顔を曇らせ

「いいや・・・、孤独死しちまった。身寄りがいるらしかったんだが、誰も来やしねぇ。お婆さんが言うには、遠方に住んでいて、しかも仕事が忙しいらしく来れないって言ってたんだが、あれは悲しいウソだな。俺は、そう思う。」

「なんと、気の毒に!」

「まあ世の中、なんだかんだとわずらわしい・・・、いや生き地獄だぜ。」

「お前、冴えてるな。その言葉いただき。」

書くマネ、しかし手を止め

「それはそうと、隣の隣の隣はどうなってんだい?」

「ああ、隣の隣の隣か・・・。あそこにゃトンボが二匹住んでいる、しかも極楽だぞ。」

「極楽・・・、お気楽・・・、なんか俺たちみてぇだな。だがよ、トンボは冥府の使者というが、この世知辛い世になんの心配もなくただただ泳ぐとは、まったくもってうらやましいかぎりだぜ。俺もいっぺん、極楽トンボさまとやらに会いてえもんだ。八、一度紹介してくれねぇか。」

「いや大丈夫!」

熊に鏡を渡し

「見てみろよ。」

言われて見る熊、『? ? ?』。八、ニヤリと

「どうだい熊、会えただろう。それともう一匹、ちゃんと目の前にいるじゃねぇか。」

お後がよろしいようで、テケテンツクテンツク、テケテン・・・。

                       完








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いつの世も生き地獄 ゆきお たがしら @butachin5516

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