それからまた二週間が経って、休日の昼、私は佑馬から呼び出しを受けた。

話したいことがあるのだという。


 待ち合わせ場所は私の家の最寄駅だった。私の家に行く訳でもないのに、なぜ私の家の近くで待ち合わせなのだろう。しかし全ては当日話すと言って、佑馬は何も答えてくれなかった。


 駅の出口に佇みながら、私は色々なことを考えていた。佑馬の用事は何なのだろう。私がレストランで提案したことを前向きに考えてくれたのだろうか。それとも、一緒に生きていく気が無いことを告げられるのだろうか。

考える程に、悪い方に頭が働いていった。彼はまだ若いから身を固めるつもりはないのかもしれないとか、私の父の足が悪いから、自分にも何かしらの負担が掛かるのを懸念しているのだろうかとか。


頭が一杯になってきたので溜息をつくと、「お待たせ」と言って佑馬が現れた。彼はいつも、時間通りに来てもお待たせと言う癖があった。

「じゃあ、行こうか」

佑馬は歩き出したが、私は「どこに行くの?」と当然困惑した。

すると彼は私を振り返り、「ひとまず付いてきて欲しい」と言うだけだった。そう言われてしまっては付いて行くほかなかった。


佑馬が向かったのは私の家の方向だった。私の家に行くつもりなのだろうか。でも彼は私の家の詳しい場所は知らないはずだ。それに私の了承もなく私の家に行くはずがない。私は彼の目的が分からなくて、黙って後ろを歩くしかなかった。


 辿り着いたのは、私の家の近くの公園だった。そこは私が小さい頃によく遊んでいた公園だった。当時と同じようにシーソーやブランコ、ジャングルジムなどがあったが、手入れはあまりされていなく所々ペンキが剥げていた。私は佑馬に木製のベンチに座るよう促され、二人で並んで腰掛けた。


「そうだな・・・、まず、何から話したらいいのか・・・」

私はただ佑馬の様子を見ていた。何を切り出されるのかわからなくて、心臓が早鐘を打っていた。

「やっぱり、これを見てもらうのが一番だと思う」

「・・・何?」

私が見守るなか、佑馬は自分の荷物をあさり出した。そして取り出したのは数枚の写真だった。

「え・・・・・・」

写真を見た私は絶句した。それは、幼い私が友達と笑顔で写っている写真だった。幼稚園の頃のものだと思う。

でも、どうしてそれを佑馬が持っているのか。私は困惑した顔で彼を見つめた。

「この、一緒に写っている男の子を覚えているかい」

「ええ」

忘れるはずがなかった。その子は、私が幼い頃一番仲が良かった子だったのだから。



辻圭助君——私の家の近所に住んでいた、同い年の男の子だった。


その近所で同じ年頃の子供は私達だけだったので、必然的に仲良くなった。

いつも一緒に遊んでいて、色々な遊びをした。馬の形の遊具に乗ったり、二人だけなのに鬼ごっこをしたり。ある時は砂の小さなお城を一緒に作りながら、「大きくなったら結婚しようね」なんて、子どもにありがちな約束もしたものだった。


しかし圭助君は、三歳の時にインフルエンザを悪化させて死んでしまった。それを知った私は当時子どもながらにとても悲しんだ。しばらくは立ち直れなかったし、成長してからもたまに彼のことを思い出すことがあった。

「どうして・・・」

動揺した私の口から出た言葉はそれだけだった。そんな私を見た佑馬は頷いて話し出した。

「今から話すことは簡単に信じられないかもしれないけど、信じてもらう為にその写真を用意した。決して僕の頭がおかしくなった訳じゃないから、どうかそう思って聞いてほしい」

そう前置きすると、佑馬は軽く息を吸った。


「君は、輪廻転生——生まれ変わりってものを信じているかい」

輪廻転生?と私は訝しげに復唱した。

「信じてるっていうか・・・考えたことも無いけど・・・」

私の様子を見た佑馬はまた躊躇したが、やがて意を決したように言った。

「僕は、辻圭助の生まれ変わりなんだ。君の、幼なじみの」

「え・・・・・・」

どう反応したらいいのか分からなかった。やはり私は一瞬彼の正気を疑った。しかし彼が写真を持っていることの説明がつかなかった。まずは彼の話を聞くべきだと思った。

私は先を促した。

「続けて、くれる?」

佑馬は頷いた。


「君も知っているとは思うけど、辻圭助は三歳でこの世を去った。そして彼は一年後、この僕——中原佑馬に生まれ変わったんだ。僕は物心づいた時から圭助の記憶を持っていて、それが両親を困惑させたよ。でも僕が話した辻家が存在したことで両親も信じてくれた。

辻家に事情を話して最初に訪ねた時はやっぱり先方も不信がっていたけど、家族しか知り得ない両親の好きなものや癖なんかを話したら信じてもらえた。その時は辻家の両親に泣きながら抱き締められたよ。僕も数年ぶりに抱きしめてもらえて嬉しかった。それから辻家とは定期的に交流をしていて、この写真もその時に貰ったんだ」

「・・・・・・」

佑馬の話を信じていいものなのか、私は判断がつかなかった。木のベンチの木目を見つめながらしばらく考えて、私は口を開いた。

「・・・ここの公園で一緒に遊んだ時、ブランコに乗りながらやった遊びを覚えてる?」

私がおそるおそる聞くと、佑馬は何かを思い出そうとするように少し黙り込み、ああ、と言った。

「靴飛ばしだろう。それも立ちこぎしながら。君が勝つことが多くって、悔しかったのを覚えているよ」

「一回、一緒に遊んでて圭助君が怪我したよね。何でだか覚えてる?」

「うん、君を乗せた地球儀型の遊具を僕が回していて、僕も飛び乗ろうとして失敗して怪我したんだ」

私は思わず息を呑んだ。

「うそ・・・本当に覚えているのね」

ここまで来ると、どうやら彼が圭助君の記憶を持っているのは間違いないようだった。私は自分の視界がにじむのを感じた。


「基本的に前世の記憶を持っている子どもでも、大人になっていくにつれて薄れていくケースがほとんどみたいなんだけど、僕は彼の記憶を持ち続けていた。当然、君のことも覚えていた。会いに行こうと思ったことも何度もあった。

・・・でも、僕は僕の人生を歩むべきだと思っていたんだ。だから二十年近くも君のことは想い出の中だけで留めておいた。

・・・でも、二年前、辻家に遊びに行く時に僕は偶然君の働くパン屋へ寄ったんだ。幼い頃の姿しか知らなかったから、君を見ても最初は分からなかったよ。

・・・でも、会計の時にふと名札を見たら新井楓って名前が書いてあった。君の家の近くだったから、間違いなく君だと思ったよ」

そこで佑馬は軽く息継ぎをするように一旦言葉を切った。


「そうしたらもう、君と話したいという気持ちが抑えられなかった。でも突然家に押しかけて、幼馴染の生まれ変わりですなんて言えるわけがない。でもとにかく何か行動せずにいられなかったから、会社が休みの日に君と会ったあの喫茶店に行ったんだ。そうしたら偶然君がやってきて、僕の近くの席に座った。・・・あとは、楓も知っての通りだよ」

話し終わった佑馬は穏やかに微笑んだ。彼の話を聞いて湧き上がる衝動を抑えきれなかった私は彼に抱き付いた。

「本当に・・・圭助君の生まれ変わりなのね・・・」

「また会いに来てくれるなんて本当に嬉しい。私、圭助君が死んじゃった時、本当に悲しかったの。人生の中で一番悲しかった時だと思う」

そう訴える私の両瞳からは気づけば涙が流れていた。そんな私を佑馬は優しく抱き返した。

「そんなに喜んでくれて僕も嬉しい。ただ、僕は圭助の記憶を持っているけど、今は中原佑馬だ。だからどうかこれからも、僕を僕として好きでいてくれると嬉しいな」

「もちろんよ。私が好きになったのは佑馬なんだから。でも圭助君の生まれ変わりだなんて、二倍で嬉しい。私はあなたを佑馬として好きでい続けるけど、圭助君の存在も友達として感じることができるなんて、こんなすごいことはないわ」


感動しながら話す私の涙を、佑馬はハンカチで拭ってくれた。その顔はずっと穏やかな笑顔のままだった。

「この間君のご両親への挨拶を快諾しなかったのは、この事を先に話さなければと思ったからだよ。二年間も黙っていたのは悪かったと思ってる。こんな話だから、信じてもらえるかずっと不安だったんだ。でも、もっと早く話すべきだった。この間の食事以来、きっと君には不安な思いをさせていただろうから」

困ったように話す彼に、私はううん、と頭を振った。

「いいのよ、そういう事情だったって分かったから。それに今は嬉しい気持ちで一杯だわ」

やっと泣き止んだ私に、佑馬は改めて向き直った。

「幼い時に、砂のお城を作りながらした約束を覚えているかい」

真剣な表情で問う佑馬に、私も黙って頷いた。忘れるはずがなかった。

「・・・新井楓さん。大きくなったら、結婚しようねっていうあの約束、今果たさせてくれるかい?

・・・大きくというか、来世になってしまったけど」

後半照れたように言う彼に、私はまた抱き付いた。せっかく止まった涙がまた流れ落ちようとしていた。

「もちろんよ。生まれ変わってまで、私を迎えに来てくれてありがとう・・・!」

そして長い月日をかけて、遠いあの日の約束は果たされたのだった。



 そして後日、二人は互いの両親への挨拶を済ませて、陽光溢れる公園のベンチで思い出話に花を咲かせていた。そこの公園もやはり昔楓と圭助が遊んだ公園だった。


楓の両親へ説明する時はやはり大変だったが、楓の時と同じように圭助しか知り得ない記憶を話すと信じてくれて、佑馬は二人から抱き締められた。


「そこの滑り台覚えてる?圭助君が腹ばいになって滑りだして、私が何してるのよってあきれたやつ」

楓が滑り台を指すと、佑馬は苦笑して頷いた。

「夏だったからお腹が熱かったし、思ったよりスピードが出て少しこわかったな」

「男の子ってやっぱり無茶なことするなってその時思ったわ」

楓も苦笑した。そして穏やかな笑顔になり、顔を上げる。


私達はどこにでも居る普通のカップルだと思っていた。でもどんな運命のはからいか、奇跡的な再会を果たした二人だった。

神様、がいるとしたら、私達をまた出会わせてくれてありがとうございます。佑馬が圭助君の分まで幸せになれるように、私は全力で支えたいと思います。だから今度こそ、私たちを最後まで一緒に居させてください。


二人は並んで座ったまま、懐かしい光景に浸っていた。しかしその目は大事な人のいる現在いまを見ていた。

どちらからともなく手を繋いだ。そして今度はもう二度と離れることのないように、二つの手はしっかりと握られていた。

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遠いあの日の約束 深茜 了 @ryo_naoi

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