引退魔王と現魔王の邂逅

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺は元魔王だ。


 今は引退した身だが、どういった理由か現魔王に命を狙われているらしい。


 先日、人工的な魔物が領地で暴れたが、その事件以来色々と身の回りがきなくさなかった。


 後々調査してみたところ、やはり現魔王の影がちらついていた。


 背後に現魔王がいるのなら、今の領地から離れた方がいいだろう。


 俺の居所はもう割れているといっていい。


 しかし……。






「ごっしゅじーん。あそんでくださーい」


 執務室に突撃してきたキアをみて、俺はため息をつく。


 こいつは悩みごとがなさそうでいいな。


 能天気なその脳みそを少しわけてもらいたくなった。


 いや、こいつの脳細胞自己主張が強そうだからな。


 少しもらったつもりが、後々大増殖しそうだ。


 やっぱりやめた。


「どうしたんですか、ご主人。私の頭のてっぺんになにかあるんですか?」


 俺は首をふる。


 こいつに対する心境なんて至極どうでもいい事だ。


 口にしても面倒が増えるだけ。


「キア、お前あたらしい仕事を任されたんじゃなかったのか」

「まき集めですねっ、暖炉を使うために」

「もうじき冬がやってくるからな」


 この地方は冬の寒さが厳しい。


 雪はそれほどではないが、風は身にしみるし、気温が氷点下になる事がある。


 だから、冬が来る前に万全に備えをしておきたかった。


「初めて冬を越した時は、凍えるかと思ったな」

「私はここで冬を越すのは初めてなんですけど、そんなになんですか」

「死ぬほどさむい」

「ひぇええ。ご主人様がそんな事をいうなんて。よっぽどさ寒いんですね」


 そこで、キアはペットの事を思い出したようだ。


「じゃあ、わんちゃんも屋敷の中に入れてあげた方がいいと思います。ずっと外に置いたままじゃ凍えちゃいますっ」

「それは、確かにそうだな」


 ほとんどふらないといっても、雪がふるひはあるのだし、知らない間にうもれていたら寝覚めが悪い。


 せっかく拾ってやったんだから、長生きさせるのが飼い主の務めだろう。


「犬小屋を置ける場所を探さないとまずいな。テグスにでも任せるか」

「はいっ、皆と相談してきますねっ!」


 思い立ったが吉日。


 そんな様子ですぐにばたばたと廊下を走り去っていくキア。


 その背中をみながら、やれやれと思う。









 実りの秋が終わって冬がやってくる。


 冷たい風が吹き、雪がちらつきはじめた。


「ふぁー、雪です。これが雪なんですねぇ」


 執務室に遊びに来たキアが窓の外の景色にくぎ付けになっていた。


 その腕の中には、室内に避難させたペットも一緒だ。


 書類に目を通しながら、窓の方にいるキアへ語り掛ける。


「雪を見るのは初めてか?」

「はい、私の住んでいたところは、けっこうあたたかい気候だったものですから」

「食べるなよ。腹こわすぞ」

「えっ、食べれるんですか!?」


 食べれないと言ってるだろうが。食い気を出すな。


 余計な事を言わなければよかった。


 物理的には食べれなくもないが、体にいいものじゃない。


 それは空気中のゴミに水滴がついてできたものだからな。


 そう説明してやると、キアは「残念です」としょげる。


「かき氷とかにしたらおいしそうだったのに」


 かき氷。


 遠くの地方にそんなものがたしかにあったな。


 あんことかいうのをのせたり、抹茶とかいうのをかけたりするとうまいらしい。


 魔族の町でも名物だった。


 俺は食わなかったが。


 魔法が使えるから、氷の保存も人間よりはたやすくできるためだろう。


「アイスとかにもしてみたかったな」


 こいつ、食べ物のことになると知識が広くなるタイプか?


 やれやれと肩をすくめていると、急激に強い気配が近づいてくるのが分かった。


 この気配は、魔王クラス……いや、魔王か。


「ふせろ!」

「きゃあ」


 キアをかばって床にふせると、そいつが窓を割って、室内に侵入してきた。


 まがまがしいオーラをまとっている男がいる。


 見た事がある顔だ、もしかしたらと思っていたが、やはり魔王になっていたか。


 俺の命を狙いに来たのか。


「魔王というものが、直々にこんな辺境にくるとはな」


 すると現魔王はふっとこちらを蔑むように笑った。


「不穏なものは全て排除、それが我の揺るがぬ方針だ」

「ああ、よく知ってるさ。そして用心深く、用意周到だと」


 俺は魔王ときいて驚いているキアに視線を向けた。


 あわをくった顔でこちらを見つめている。


 ばたばたと足音が聞こえて来たかと思うと、他の使用人たちも顔をだしてきた。


 しおどき、だな。


「決着をつけるつもりか、いいだろう。つきあってやる」


 俺は魔法を使って屋根を壊した。


 ここが最上階で良かったな。


 すぐ外に出られる。


 魔力を使って飛び上がる。


 眼下で使用人たちが驚いた顔をしていた。


 魔法を使えるものは魔族しかいない。


 これで、あいつらにも俺の正体が分かっただろう。


 俺は「ついてこい、場所を変える」と言って、その場から飛び去った。







 周囲に人がいない事を確認して、息をつく。


 この場所なら存分に暴れまわっても、被害は最小限でおさえられる。


「甘くなったものだな。あの魔王が」

「何のことだ。俺はただ戦いやすいようにしただけだ」

「ふん。知っているぞ。貴様には弱みができたという事を」


 しらばっくれても無駄の様だ。


 おそらくかなりまえからずっとこちらの事を監視していたのだろう。


 俺は無言で奴に魔力を叩きつけた。


 しかし効かない。


 相手は今代魔王だ、それで倒せるとは思ってはいかなかった。


 今のは無駄口を叩かずさっさと戦えの意だ。


 俺を倒したいなら、話などせず問答無用で倒せばいいのだ。


「後悔するなよ」


 現魔王は、にやりと笑って、魔力を解放した。


 圧倒的な魔王のプレッシャーがこちらにのしかかる。


 周囲の空気が一段と重くなったようだ。


 しかし、こちらだって魔王だったのだ。


「そっくりその言葉を返してやる」


 俺だって、同じ事はできる。








 戦いは一進一退を繰り返していた。


 いつしか天気は崩れ、土砂降りの雨になる。


 嵐もやってきた。


 遠くで雷が鳴り響いている。近くにくるのも時間の問題だろう。


 だが、魔王が雷に打たれたところで、どうってことはない。


 視界がまぶしくてさえぎられるのは注意したかったが、それも敵の気配を視界に頼らなければいいだけの事。


 俺ほどの存在ともなれば、目をつむっていても相手がどこにいるのかが分かった。


 現魔王が話しかけてくる。


「なぜだ? まるで俺に反撃する気がないようだな」

「何を言っている。お前の目は節穴か」

「お前は、攻撃をしているだけだ。殺意がない」

「ちっ」


 俺は、舌打ちをした。


 俺の狙いを悟らせるわけにはいかなかったからだ。


「今代の魔王は、頭の出来がよろしくないようだな。うまくやっているようだったが、知恵が必要な事は部下にやらせてでもいたのか?」

「見え透いた挑発だ。貴様の狙いはわかっているぞ」


 次は心の中だけで舌打ちをした。


 俺の狙いが分かっていたとして、それでどうなる。


 考えてみたが、特に不利益はないようにみえた。


 現魔王は、余分な事はしない性格なのだろう。


 そうでなければ、屋敷を離れる際に使用人たちを人質にしていたはずだ。


 敵が、特大の魔力を練ってこちらに攻撃を放ってくる。


「つまらぬ。そろそろ終わりにしてくれよう」


 俺はそれをよけない。


 そうだ。俺の狙いは、ここでやられて死ぬこと。


 別に本当に死ぬってわけじゃない。負けたふりだ。


 それに、相手を殺す事に意味を感じないのもある。


 仮に勝ったとしてどうなる?


 迷惑が増えるだけだ。


 奴の部下がこの領地に押しかけてきても困るだろう。


 しかし、「ごしゅじーん!」キアの声が聞こえて心臓がはねた。


 視線を向けると、眼下にあの馬鹿がいた。


「駄目ですっ、死んじゃだめですよ! こここっ、殺すなら私にっ、というか私が死なせません。そこの人おりてきてください、私がけちょんけちょんにしてやります」


 馬鹿は「ご主人を虐めるな」とか「ご主人いま助けます」とか、かなり騒がしい。


 空を飛べもしないくせに。


 あいつは俺の心遣いを無駄にしやがって。


 もう少し用心して遠くに離れるべきだったか。


 しかし、まだ驚く事があった。


 他の使用人たちもいた。


 彼等も俺の事を心配でおいかけてきたらしい。


 足の速い使用人がいくつか見える。


 テグスがキアに「危ないわよキアちゃん」とかいってなだめている。


「止めないでください! 魔族だとか魔王だとかおっかないなんて関係ないです。ご主人は私が守ります!」


「……」


 すると、それを見た現魔王が、攻撃をやめた。


 俺は「どういうつもりだ」と睨み返す。


「興がそがれた。それに……」


 現魔王は眼下に集まった者達を見つめる。


「あれは、そういうたちだ。しばらく泳がせた方が、かりとりがいがあるというものだろう」


 やつは身をひるがえして去っていく。


「どうせ死んだふりして、一時退場するつもりであったのだろう。ならばここで始末をつける意味はない。また今度、お前にふさわしい方法で殺しにくる」


 俺はやつにかなりやっかいな弱みをみせてしまった事に顔をしかめなければならなかった。


 





 下に降りると神妙な使用人たちと目が合った。


 その瞳に恐れる色はない。


 なぜだか、以前魔王だった時には……合理性で部下を切り捨てていた頃には感じない思いを感じるような気がした。





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