第24話 エメリヒ・クレーベ
「アルマ、ケモノはあと何体残ってる?」
「……70ほどかと」
「4人なら楽勝だね。行くよ」
視界を埋め尽くしていた神々しくも恐ろしい巨大な光柱群は唐突に消え、辺りは再び満月のみが柔らかく照らす夜の世界。
確認が終わり、掛け声と同時にジルケが走り出すと、アルマも躊躇なく追従した。
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……」
道中の取りこぼしに剣を振るい、或いは突き立てながら二人は闇夜を駆け抜ける。やがてケモノが密集しているエリアに辿り着けば、戦っていたのも同じく二人。一人は流麗な装飾の青いグレイブを振り回すベルタ、もう一人は無骨で
その二人ともが察したのか、まだ距離のあるジルケたちをちらりと
片やメイスを地面に叩きつけるような仕草で、そのまま力強く「焼き尽くせ!
「ボケっとしてんじゃないよ! こっちに来るよ!」
青と
「私はここで頭を押さえるから、アルマは左から回り込んで数を減らしな!」
アルマも慣れたもので、ジルケの指示に無言で従い、速度を落としたケモノの群れに側面から襲い掛かる。数が多いとはいえ、所詮は小型のケモノのみ。一つ、二つと確実に数を減らせば、今度はジルケから凛とした
「ぐっすりお眠り。
やがてケモノがベルタの周囲にいる5体となったところで、メイス持ちの女性がジルケに声を掛けた。
「先生、お久しぶりでございます」
「ああ、ソフィア。久しぶりだね。10年ぶりになるかね?」
「もうそんなになりますか。失礼ですが、そちらのお嬢さんはどなた?」
「こいつはアルマ。ベルタの姪っ子だよ。お前さんたちと同じく
「まぁ、そうでしたの。初めまして、アルマちゃん。うふふ、若くて羨ましいわ」
そう言って彼女はフードを外すと、アッシュブラウンの繊細なストレートヘアーが流れ落ちた。暗がりとは言え、艶のある髪と肌からは、アルマと歳が離れているようには見えない。
「ソフィア様、初めまして。お話したいのはやまやまなんですが、私たち、ここでこうしていて良いのでしょうか?」
「そうだな。ソフィア、用件を話せ」
「畏まりました。では現状の共有から始めましょう。先ずはこの奥、更に300メートルほど進んだところに
アルマとジルケが無言で頷いたのを確認してソフィアは先を続ける。
「問題はもう一つ。ここから南、お屋敷の方角へ100メートルほど戻った場所にも
「あたしとソフィアで南を警戒するから、ジルケさんとアルマは北の方をお願いします」
ソフィアが何か話を展開させようとしていたが、ケモノ退治が終わったであろうベルタが割り込むように口を出した。まどろっこしいのは苦手だと言わんばかりに。
「北も南も、また大量発生するかも知れないんだ。エラとエリアスを下がらせて人手が足りないんだから、こんなところで喋ってないでさっさと行くぞ、ソフィア」
「分かった。そうするわ。それでは先生とアルマちゃん、また終わった後に」
まだ話し足りなそうなソフィアを引き連れてベルタが南に走れば、ジルケとアルマの二人は北に駆ける。目指す先はケモノがいつ大量発生してもおかしくはない
「あんた……、エメリヒ・クレーベだね?」
「左様。そちらはジルケ殿とお見受けいたすが
「私はその通りだが、王国の要職についているあんたが、こんなところで一体何をしているんだい?」
エメリヒ・クレーベと言えば、かつて王の命により王国宰相グスタフ・オダを殺害し、王国最強と謳われることもある王軍のトップだ。それがオダ家領内、しかもケモノ憑きが如くに
そのような人物が何故ここにいるのかと思考を巡らせれば、ケモノ憑き故の突発的な行動であろうとアルマは思ったのだが、視線の先で構える男から帰ってきた答えは、今まで幾度もジルケから聞かされたものと、そう変わらないものだった。
「手合わせを所望いたす」
「普段なら適当に叩きのめしてとっととお帰り願うところなんだが、自分で気付いてるかい? ケモノに憑かれちまってることに」
「なんと。
「この状況で冗談など言うものか。あんただって心当たりはあるんじゃないか? 黒い
「言われてみれば確かにその通りだ。身に覚えがある。それに手足も……、どうやら肉体がなくなっているようだ」
「……」
ジルケとアルマは、段々と瞳の輝きを失ってゆくクレーベを無言で見守っていた。否、真剣な表情で観察していた。
「ふむ。これがジルケ殿の
「(アルマ、そろそろ来るよ。私が左手を上げたら、あいつに
ジルケの小声の指示にアルマが小さく頷けば、ジルケは再びクレーベと向かい合う。
「
「なぜだ?
ジルケが左手をすっと挙げると、アルマは
「闇に眠れ。ナハトルーエ」
――はずだった。
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