第11話 ヒト形
そして2年が経ち、アルマは18歳になった。
ケモノの気配は相変わらず微々たるもので、月に1回、討伐することがあるかないかくらいの平穏な日々が続いている。執事長ヴィンツェンツには外出の都度、許可を求めに行っていたが、グスタフから何やら言い含められているらしく、眉を少しひくつかせながらも、いつも二つ返事で許可をくれた。
ドロテは11歳になり、去年から
「オスヴァルト君と一緒にツチダの状況を見てくるように。具体的なことはオスヴァルト君に伝えてあるから、彼の指示に従うこと」
春の花々の季節が終わり、そろそろ色の濃い季節になろうかという5月に入ってすぐ、グスタフの名でヴィンシェンツから指示があった。
ドロテが6月の終わりまでインターナートにおり、侍女のみのお役目で雇われたアルマは本来ならばその期間、お
臨時の剣術指南役、とでも言えばよいのだろうか。グスタフやダミアンでは技術的な指導は行なえるが、強すぎて実践的な訓練がなかなか難しいというのだ。ならば兄のオスヴァルトも、と提案したのだが、彼は強い上にトリッキーだから衛兵たちの相手としては不向きだとダミアンは言う。はて、そんなに個性的な剣筋だったかとアルマは思うのだが、何せ8年以上も前の記憶なのだ。その間に自分の道を作っていても不思議ではない。
「兄様、ツチダに
妹が何やら堅苦しくお願いをすれば兄の方は、
「いいよ。可愛い妹のためだ。胸を貸してあげようじゃないか」
と、至って平静である。
横で訓練していた衛兵たちもこれは見逃せない、とばかりに訓練用の武器を放り投げ、すぐに二人を取り囲む観衆と
アルマの得物はロングソード。
対するオスヴァルトの得物は左手に大型ナイフ、右手にはロングソードよりも少し小ぶりなスモールソードである。
さて、ロングソードを両手で持ち、正眼に構えたアルマに対して、オスヴァルトは普段通りの立ち姿の如くに両腕を下げている。訓練とは言え、これから戦う者にはとても見えない。
仕掛けるのを
「どうしたのかな? かかっておいでよ」
と、兄の方は少しも変わらぬ至って平時の声色だ。
どうしたものかとアルマは思う。左手に握られた大型ナイフは、定石通りなら
思うや否やアルマは右足を踏み込み、相手の右膝から左肩を目掛けて素早く斬り上げる。
カン! と乾いた木の心地よい音が修練場に響き渡る。オスヴァルトがスモールソードで横から叩いたのだ。軌道が右に
「お前の剣は相変わらず冴えてるなあ。これは私もうかうかしてられないぞ」
言葉とは裏腹のオスヴァルトの
「ふ!」
「ほい」
(落ち着け)
「えい!」
「危ない危ない」
(落ち着け、イライラしては駄目だ)
「せい!」
「うわ、今のは危なかったなあ」
(落ち着け、落ち着け私)
その後もアルマの繰り出す剣を息も乱さず、剣も出さずにオスヴァルトはひらり、ひらりと避け続けた。だが、オスヴァルトの涼しい顔が真顔に変わればアルマに言い放つ。
「ふーん。我が妹ならと期待したのだけど、こんなものとはね。がっかりしたよ」
「なんですって!?」
(乗せられては駄目だ。落ち着け、落ち着いて私。お願い)
だが、いくら平常心を
「らあああああ!」
アルマは獣の如き声を発しながら、オスヴァルトに渾身の突きを繰り出す。やや前のめりに。
(いない!?)
アルマがそう思ったときには、首筋に冷たい木の感触が在った。
「……参りました」
「良い腕前だけど、精神面がまだまだだったな、アルマは」
完敗だった。グスタフやダミアンとは剣を
「こういう言葉での駆け引きというものは、結局のところどれだけ慣れているかで変わるからね。それも鍛えて、剣も鍛えれば、アルマはもっと強くなれるはずなんだ。だから泣くんじゃない」
(私が泣いてる? そんな馬鹿な)
「あ……、本当ね」
悔しいのだ。どうにか心の中でケリを付けようと考えてみたが、やはりどうにも私は悔しいのだ。
「兄様、ありがとうございました。私、もっと強くなって兄様に勝てるようになります」
「ああ、そうだね。なれるよ、きっと」
「はい」
そうして立ち合いを終えたアルマの顔は実に
だが――
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