第8話 稚き陽炎
(あれは一体なんなのだろう……?)
ドロテに内在する巨大な黒い
だが、念のためにと、イヌイに到着したその日の夜、
(屋敷の中に、大きな
全く不可思議なものだった。脳裏一面の白い空間にも関わらず、黒い
巨大な
夜が明けて二日目。ドロテの部屋の近く、広さ30平方メートルほどの個室を与えられたアルマは、日の出よりもほんの少し早く起き、身支度を整える。
侍女の仕度ではない。
そして、この時間であれば一人で黙々と稽古に励むことが出来るに違いあるまいとも思っていたアルマの目論見は、しかし、扉を開けた瞬間に砕け散った。
現在、朝の5時を少し過ぎたところ。違う土地での初めての訓練にやや緊張しながら扉を開ける。すると30メートル四方はあろうかというその広い修練場には、既に二人の先客がいるではないか。しかも二人とも180センチから200センチほどの長身に分厚い筋肉の鎧を
「おう! お前も来たのか! どうだ、一緒にやってくか?」
知っている顔が爽やかに
だが、アルマは思わず顔を
どうして14歳の
「お館様、女性が困っておいでなのでその辺で……」
思索に
この男はグスタフよりも
「
「ああ、将軍。紹介してなかったが、あれはフェルディナント・フォーゲルの娘だ。名をアルマという。ジルケに剣を教わったらしいぞ」
アルマが返事をするよりも早く、グスタフが説明してしまう。まるで子供が自分の宝物を自慢するように。
「なんと、ジルケ殿の
言うが早いか、グスタフに将軍と呼ばれていた男がずんずんとアルマに近寄り、手前2メートルほどのところでぴたりと止まった。
「私の名前はダミアン・カルツ。お館様から兵をお預かりしている者だ。ジルケ殿には昔、世話に……、世話なんてものではないな。命を助けられたことがあるんだ。……君たち
ダミアン・カルツ。アルマはその名前に聞き覚えがあった。7年前の神聖リヒトとの小競り合いを指揮し、最小限の被害で味方を大勝に導いた天才。鉄砲を多数揃えた敵軍に対し、彼の指揮するオダ軍は鉄砲の数の不利をものともせず跳ね返した。
そればかりではなく、個人としての戦闘能力も領内屈指で、グスタフ・オダ、ボニファーツ・バルベ、ヘルマン・カルツ、そしてアルマの父、フェルディナント・フォーゲルと並び称され、五本の指の
そのような者を二人も前にして、アルマに秘められた武門の血が騒がぬ理由などあろうか。
「では、この非才に稽古を付けて頂きたく、お手合わせをお願い致します」
「はっはっはー! ジルケ殿の内弟子が非才を
アルマは侍女として雇われたことも忘れ、一人の剣士としてダミアン、そしてグスタフに挑み、
その二人に揃って言われたことがある。視界の全てを見ろ、と。思い当たる
展開しながら静かに、しかし早足で与えられた部屋に戻る。麻のタオルで汗を拭きながら、ダークグレイの一揃いに着替え、母から贈られたラベンダーの匂い袋を腰に着けて身支度を整えた。
既に太陽が顔を出し始め、お屋敷の中の
(……小さな
アルマは目を閉じ、探ったところで疑念を持った。おかしい。昨日の夜までは大きなものだったはずだ。寝ている間にはぐれたのだろうか。それにしては近辺にははぐれた
ボーン……、ボーン……、ボーン……、ボーン……、ボーン……、ボーン……、ボーン……
そうこうしているうちに廊下の柱時計が7時を奏でた。
「ドロテ様。起床なさいましたか?」
居室のドアをノックをして室内に呼びかけるが返事はない。
「ドロテ様。ドロテ様」
再びドアをノックして呼びかけるが、同じく返事がない。オイレン・アウゲンに映る小さな
「ドロテ様。失礼いたし……」
執事長ヴィンシェンツからの言いつけに従い、実力行使に及ぼうとドアのノブに手をかけたそのとき、アルマは気が付いた。小さな白い炎がアルマのすぐ近くまで来ていることに。
(油断していた!)
「あ、驚かせちゃってごめんなさい」
そこにいたのは、アルマより少し背が低い少年だった。
「これは大変失礼いたしました。
慌てて笑顔を取り
「新しい侍女の
気のせいか、アルマには少年の炎がほんの一瞬だけ大きくなったように、そんな風に
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