異管対報告第3号-12

 夜が深まり始める新宿の曇天から、月の光が一筋差した。その満月に無数の赤い亀裂が走り出し、まるで新宿はひび割れるガラス窓となった。

 そして、暗きガラスの夜空を叩き砕いて真紅の狭間からAPOLLO・15が飛び出してきたのである。


「一歩、思いっきり吹かせぇ!」

「当たり前だ、墜ちたくないからな!」


 黒い体を月の光が鈍く煌めかせ、装甲の継ぎ目がサブリナの瞳と同じ色に輝くAPOLLO・15は重力に従って地面へ向かい自由落下を始めた。その最中、サブリナは背中の両翼を大きく広げ自由落下を滑空に変えると一歩へ叫んだのである。

 そのサブリナの雄たけびに呼応する一歩がAPOLLO・15の尻尾の両脇に付けられたエンジンを最大で吹かすと、風に靡いていた尻尾は空を斬る尾翼となり2人は飛行を始めた。

 生ける鉄の翼を広げ、命を燃やすジェットに推され、APOLLO・15は大都会の摩天楼を駆け抜けたのだった。


「あの化け物はどこ行った?」

「変身解いて身を隠したか」

「人を隠すならってやつか」


 新宿の街を旋回する一歩とサブリナだったが、まるで星の海のような街の灯りの中には無数の人が行き交っている。それは、突然の破壊による爪痕に混乱する渦潮のような全てを飲み込む流れである。

 しかし、その中心となるべきキキーモラに変身したオノプリエンコの姿はどこにもなく、サブリナがあちこちを見回しても見つからないのである。首を動かす度に機体がぐらつくの視界へ警告を出し彼女の疑念に一歩が答えると、サブリナは再び悪態をつきつつ建物より高い高度で捜索を続けるのであった。


[APOLLO・15,HQ.Confirm Contact?(APOLLO・15、こちら本部。目標は見つかったか?)]

「HQ,APOLLO・15.Negative Contact.Commence Searching(本部、こちらAPOLLO・15。目標は見つからず。捜索を続けます)」

[APOLLO・15,Roger(APOLLO・15、了解した)]


 そんなに2人に突然無線が入ると、その声は貞元のものであった。まだ現場にいたはずの彼がどうやって航空機へ届く無線を用意して通信を行っているのか一歩は一瞬疑問に思うも、直ぐに応じると状況を説明したのである。

 そして、貞元からの返事が来ると一歩直ぐに交信を終了させ、眼下の街を見渡すのであった。


「で、どうやって探すんだ?こんだけ街に人がいて、悪魔に亜人、人と色々なのがいて目視で見つけるのは骨が折れるぞ?」

「お前、この体の仕様書見てないな?」

「仕様書?何だそれ?」


 貞元に捜索を続けると言った一歩にサブリナは交信が終わると直ぐに尋ねた。その街を見渡しながら呟くため息のような口調は重苦しく響き、彼女のやる気が消えてゆくのを一歩に感じさせた。

 そんな一歩はサブリナ同様にため息交じりに彼女へ言い放った。それは彼の体がその場にあれば肩を竦めて力なく首を振りそうな言い方であり、それを聞いた彼女は即座に尋ねかけた。その口調は明らかに理解が追いついてないと言いたげなものであり、終いにはAPOLLO・15の首さえ傾げてみせたのである。

 それに呆れる一歩だったが、直ぐに彼はAPOLLO・15の機能を作動させたのであった。


「つまり、こいつの目と耳はお前が前見て"俺の無駄口"が聞こえるだけじゃないってことだ。MaGraphy,Nightvision On(魔力画像、暗視装置、起動)」

「何じゃそ……うぉ!勝手にバイザーがぁ!」

「こういうことだ」


 一歩の操作を完了させ、APOLLO・15の装置を起動させた。その手順復唱の意味をサブリナが尋ねる前に、APOLLO・15の頭部に付けられたバイザーが下がった。

 突然の視界の変化にサブリナは驚いて飛行姿勢を崩しかけたが、視界が中心点や照準器の投影される外の景色に戻ると、下がった機首を直したのである。そんな彼女の態度に肩があれば落としそうな口調の一歩は、直ぐに彼女の視界に自身のレーダーやセンサー類の情報を映したのだった。


「なんか街が紫に見えるぞ!でも、人とか青に見えるな。あっ、あれば少し緑だ!」


 サブリナがバイザー越しに見る外の景色は、飛行中に前方を見ると緑を主体にしたものである。その視界の中では本来暗闇のはずの夜空が緑と白黒ではっきりと見通せる暗視の世界であった。

 そして、サブリナが街を見下ろすと、そこにはそれまでの緑を主体にしたしたものと全く異なる景色が広がっていた。街の建物や道路の輪郭が紫色で見えるなか、街を逃げ惑う人々は淡い紫や青、薄緑と様々になっていたのである。

 それはまるでプラネタリウムのようであり、サブリナの声も驚きの中に楽しさが見え隠れしていたのであった。


「サーモグラフィーの魔力版だ。紫が魔力ゼロで人間台が青。怪人ともなれば素の魔力も高いはずだ」

「それで見分けられる訳か!よぉし」


 嬉々として景色を楽しみ始めたサブリナの様子に、一歩は声を凛々しく説明してみせた。その口調は彼女の遠足気分のような浮ついたものを払うようにも聞こえる仕事人のものである。

 一歩の指摘はきちんとサブリナにも響き、APOLLO・15に笑みさえ浮かべさせていた彼女も気合を入れ直すと新宿の街を舐めるように見回した始めた。左旋回する2人は眼下の街とセンサー画面を食い入るように見つめ、ひたすらにオノプリエンコの影を追ったのであった。

 そして、一歩はサブリナの視界越しに新宿通りの人混みの中で異様に緑に輝く人影を見つけたのだった。


「Insight!10o'clock!」

「Copy!」


 一歩がオノプリエンコ発見と同時にマーキングすると、素早くサブリナも目視で確認しようとした。人混みの中を望遠で見たサブリナは、市民に偽造しょうとするオノプリエンコがはっきりと見えたのである。

 そして、サブリナの報告に一歩が返事をすると、彼女は旋回しつつ甲州街道上空を飛ぶように進路を定めた。


「All OCB Shinjuku station,This is APOLLO・15.Break,目標は伊勢丹前の新宿通りを四谷方面に移動中。民間人に偽装している。注意されたし。Break Over」

「英語、使わんのか?」

「誰も彼もが管制英語出来るわけじゃないだろうしな」

「そういやそうか」


 一歩が無線を使い局員へ一斉通報をかけた。その内容や口調は焦りによる早口も少なく、実業務から暫し離れても海自管制官の意地が残っていたのである。

 その無線内容にサブリナはオノプリエンコを視線で追いながら尋ねた。実任務中にも話しかけるサブリナに、一歩は少しだけ懐かしむように答えた。その口振りに彼女はそれ以上尋ねることなく、相槌で返したのだった。


[APOLLO・15,LEO・53.Roger!]

[APACHE•37,了解しました。急行します!]

[APOLLO・15,LEO・01。了解した]


 追跡を悟られないよう高度を上げるAPOLLO・15に、新宿局の面々は無線混信を防止しつつ直ぐに返事をした。その中には当直で宴会に参加できなかった寺岡とマルガリータのLEO・01も加わっており、それぞれが現在地から一直線にオノプリエンコを補足しようと向かっていたのである。

 一歩が魔力画像装置とセンサーに補足できる局員をマーキングしつつ、サブリナはレーダー誘導ができるように視界の中央へオノプリエンコを捉え続けた。


[HQ,APOLLO・15.Track Target.Continue Reposting Target position]

「APOLLO・15,Copy」


 オノプリエンコの元に集結しつつある新宿局のメンツをセンサーに捉えながら、一歩は貞元達に連絡を取った。その最中もオノプリエンコを捉えるサブリナは少しずつ武者震いを始め、最後には空中で貧乏揺すりさえ始めたのであった。


「うちらは援護だけか?加勢したほうが!」

「バカ言え、下手に降下してみろ?窓ガラス割りまくって建物に道路の損害賠償請求だ。嫌だろ」

「そんなんで仕事が全うできるか!」

「これも任務だ!戦闘するだけが戦いじゃない。お前は"帝国海軍の亡霊"か?そういう殴り合い"だけ"考えてると、碌なやつにならないぞ」


 当然ながらサブリナの我慢は直ぐに切れると、彼女は一歩へ吠えかかった。その内容は彼も予想が直ぐに付くものであったために、彼女が考え直しそうな要因を列挙してみたのである。

 しかし、サブリナの闘魂は既に燃え上がっており、一歩の言葉にも大口を開けて強く反論した程だった。それにも負けないのが彼女の相棒として数週間共にしてきた一歩であり、彼も負けじと彼女に対して持論で対抗したのだった。その内容に、サブリナは小首を傾げてみせたのであった。


「昔の日本の海軍がか?」

「陸軍悪玉論が目立っているがな、本当の敗因は海軍が"バカ"で"アホ"で"脳筋"で"どうしょうもないクソ"だったからだ。俺は"帝国海軍の残党海上自衛隊"にいたが、あんな奴らと同じ思考はしたくない」

「わかったわかった!とにかく追っかければいいんだな!」

「そうは言うがな……来たか!」

「他の奴らか!」


 地獄から来てそこまで長くないサブリナであっても、いつの間にか最低限の歴史は学んでいたようである。そんな彼女の疑問へ、一歩は受け売りの知識を我が物声で説明してみせると、サブリナも理解を示しながら下げようとした高度を再び上げたのであった。

 そんな2人のやり取りの最中も他の融合した局員達はオノプリエンコを遂に補足したのである。


「異管対だ!止まりなさい!」

「ちょ、異管対です、異管対ですから!大丈夫ですから、そんな怯えないでくださいぃ!」

「止まれぇ!止まらんと撃つぞ!止まれぇ!」


 変身した状態の足立が伊勢丹新宿の屋上に着地すると、明治通りと新宿通りの交差点は新宿の街から逃げようとする人でごった返していた。宴会帰りの人々や遅くまで仕事をした帰りの社会人、1日遊び呆けて帰る学生や無職の者たちの帰宅時間に見事に一致した事件発生は人を伝い大混乱を巻き起こし、新宿通りや明治通りは逃げる人で埋め尽くさされていたのである。

 だが、どこから得たのかわからない革ジャケットやジーンズというカジュアルルックになったオノプリエンコも足立とエリアーシュの目からは逃れることができなかった。

 2人が人混みの隙間に飛び降りつつ警告すると、最初オノプリエンコは知らぬ振りをして足取りを速めようとした。

 そんな最中、遅れてやってきた寺岡とマルガリータはその禍々しい見た目から避難する民間人に悲鳴を上げられ、尻餅をつかれたり逃げられ、終いには無力ながらに正義感だけ強い市民からファイティングポーズを取られたのである。そんな市民にマルガリータはきちんと対応しようと声をかけ、一人一人を落ち着かせようとしたのである。

 そして、寺岡はそんなマルガリータを無視してオノプリエンコへ右腕の銃口を向けた。その動きは市民を怯えさせるとともに、人の流れを完全に掻き乱した。その暴挙が功を奏したのか、芋洗い状態の道から逃げることを諦めたオノプリエンコは再びキキーモラの姿に変身した。

 その変身は少し前とは異なり一瞬で6mほどのサイズアップを果たしたのであった。


「トヘ、先回り!」

「了解」


 当然ながら人混みは一瞬で大混乱となり、オノプリエンコの変身は近くにいた人々をなぎ倒したのである。その転倒はさらなる市民の転倒を生み、最後にはオノプリエンコの足元に将棋倒しとなる市民の花が咲いていたのだった。

 その将棋倒しは当然ながら人間台サイズの足立達と少し大きく程度の寺岡達を巻き込み、彼等4人は身動きを封じられたのである。

 それを確認した戸辺蔵とインノチェンツァは直ぐに進路を北へ変えると、足や手の爪を深く東新宿ビルに突き立て、外壁を砕きながらよじ登るオノプリエンコを追跡しようとした。


「一歩、逃すな!」

「ロックしてる。逃がして堪るかよ」


 一方、混乱する甲州街道と移動が始まった現場を上空から眺めるサブリナは、即座にバンクを付けながら旋回を開始した。そんな彼女の言葉に一歩もセンサー画面に食らいつき、オノプリエンコの影を逃さんとばかりに補足し続けたのである。

 その甲斐あって、サブリナと一歩はキュープラザ新宿三丁目に降り立つオノプリエンコの背後へ付けた。そして、一歩はエンジン出力を下げ、サブリナは主翼のフラップを下げ低速での姿勢をを安定させたのであった。


「こっちからも言ってやるか!」

「なら、サーチライトで照らすか」

「そんなのあるのか!」

「そりゃあるさ」


 他の局員より先回りして補足し続けていることに、サブリナは満足そうに鼻息を粗くした。それと同時に、彼女は足立や寺岡の行動を思い出したのである。それは同時に彼女の湧き上がるやる気を爆発させたのであった。

 そんなサブリナが声高に言った冗談は、彼女同様に現在の状況からやる気になりつつある一歩のセンスを掴んだ。それは同時に彼の"任務に専念やるなら徹底的に"へ火を付け、一歩は驚くサブリナに軽口を叩きつつAPOLLO・15のバイザーからサーチライトを付けたのである。

 その光を直ぐに建物屋上を走るオノプリエンコへ向けると、彼は煌々と照らされたのだった。


「うぉ!ハリウッドっぽい!」


 その景色は、サブリナに海外警察の特集番組を思い出させ、自分達を暴走車を追跡する警察ヘリの気分にさせたのだった。


「そこなテロリスト!大人しくお縄にちょうだいされて……うぉ!」


 だが、そんなサブリナがエンジンを下に向けホバリングをしつつ、ヒーロー映画宜しく指を指して啖呵を切ろうしたその脇を一筋の赤い光が駆け抜けた。

 その光はオノプリエンコが大きく開いた口の中から放たれたものであり、空中に残る熱を感じたサブリナがバランスを崩しかけ、APOLLO・15の巨体は地表に向けて落下しかけたのである。

 慌てた一歩はバーナー部が下を向いていたことで出力を最大にし、それに合わせてサブリナがエルロンとフラップを全力で下げ無理矢理上体を反らせた。そして、APOLLO・15の巨体は新宿のビル群を崩すことなく再上昇した。

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