異管対報告第3号-9

「だからな、港!お前さんは確かにここじゃ新参者だ。だけどな、だからといっても幹部なんだ。そんなに薄ら笑い浮かべて頷くか呑み食いするかじゃなくてだな」

「"呑んで食べろ"と言ったのは亀山1尉じゃ……」

「1尉いうな!俺たちゃ異管対にゃ階級もなんもない!皆が仲間だ、家族だ!その家族にだなぁ、腹の底を見せて話すのが酒の場なんだよ。ムスッとしてないでもっと愚痴言え!"どっかの坊主がふんぞり返って仕事してない"とか"先輩が嫌味言ってくる"とか!」

「もうそれが"アルハラ"ですよ!」

「おっ……そっか?いやぁ、悪い悪い!」


 酒が入り周りが騒がしくなると、人間はその騒音に負けじと声を張り、いつしか異様に騒ぎたくなるものである。それは異管対の局員の老若男女変わらずである。

 その中でも比較的にアルコール耐性のある一歩は自分へダル絡みする厳つい屈強な黒髪短髪と初老を顔のシワに見せる亀山の自分の肩へ腕を回し管を巻く言葉に苦笑いを引き攣らせて対応していた。その光景は前時代的ではあるものの、酔っぱらいしか居ない宴会の席で器用に酔っぱらいへ対応する港の姿を見てわざわざそれを止めようと思う正常な思考が出来る者は数人しかいない。

 その数人も面倒事にわざわざ巻き込まれるのを避けようと、テーブルの対角線上へと集まり逃げるのであった。


「亀山、あんなに酔っ払って。後のこと考えるアタシ等のことも考えて欲しいよね」

「でも、いつも何だかんだで戸辺蔵さんとか湯野川さんが上手くやってくれますし」


 その数人の内の1人であるアデリーナは、敢えて離れたはるか向こう側で相方である亀山が一歩を相手に管を巻く赤い顔へ楽しげな笑みを浮かべ大声を上げる姿に頭を抱えながら自分のグラスを傾けた。グラスの中身は店の中の熱気と酔いに踊る相方の姿で揺れる彼女の髪色にも負けないピンク色の酒が流れた。

 そのグラスとアデリーナの髪色を交互に見ていた白川は、肉付きの良い腕で酔いから赤ら顔のふっくらとした頬へ頬杖を付きながら亀山と彼女の顔を数回不思議そうに見比べながら話しかけたのである。

 そんな白川の一言に、アデリーナはグラスを置いて手に付いた結露の雫を払いながら僅かに乱れた髪の隙間から未だ一歩へ絡む亀山を睨んだのだった。


「アイツのあぁいうとこ、いつか直してやりたいわ」

「頑固な人ですよ?"大阪の人"って括るわけではないですけど、頑なで有名ですし」

「"階級と年齢に知識を付けた"だけのただ"ガキ"だから」

「"男の人"って"いつまでも少年"って言いますしね」


 鋭い瞳でアデリーナが睨み、少し大きめに声を出しても彼女声は亀山に響かない。それだけその場はアルコールと無礼講に支配される区画と、理性を保つ者達の空間に二極化されてきた。

 それはまるで"酩酊のカーテン"である。

 そのカーテンの向こう側で白川のおっとりとした皮肉やアデリーナの棘のある嫌味も、一度口から出て宙を舞うも直ぐに騒ぎがこの声をかき消し、ただの"女子2人の陰口"となった。その陰口は当然流れ弾となり同じ"カーテン"側にいる戸辺蔵やエリアーシュに刺さり、彼等を少しだけ仰け反らせた。少なからずダメージを受けた戸経蔵だったが、何も聞かず酒と料理を行ったり来たりしていたインノチェンツァは彼の口へフライドポテトを突っ込んだのである。

 その"こちら側"と"あちら側"を見る足立は、アデリーナと白川の2人を突いて"カーテンの向こう側"を黙って指差した。


「アンタねぇ!私の刺身盛り合わせ取ったでしょ!せっかく取っておいたのに!」

「誰のものもないだろ!テーブルの上のものは皆の共有物品なの!」

「じゃかしいわ!」


 足立の指差す先には、顔を真っ赤にしながら髪を乱れさせ小笠原の襟首を掴み彼の頭を酔い任せに振り回す木瀬の姿があった。まるで漫画のように目を回す彼女の姿は亀山さえ一瞬視線を向けても反らすほどであり、対応する小笠原は辺りに視線を向けても誰も彼も視線を肴へと逃がし、顔をスマートフォンへと反らすのだった。


「落ち着けって、文。あぁっと、"弾薬"追加しますけど、欲しい人いますか?」

「芋の水割り」

「カルーア・ミルク!」

「熱燗、お猪口は2つでござる」

「ビール3つ!」

「生を……あっ、ビール4つ!」

「ホッピー!」

「モヒートでお願いします、小笠原さん」


 だが、木瀬を振り払いたい小笠原の最後の手段には異管対新宿局は1つとなり、一斉にそれぞれの求める酒を彼へ剛速球のように投げつけた。

 その声量に木瀬は絡みを止め、同僚達の現金さにアデリーナ達は言葉を止めた。


「誰がどれやらめちゃくちゃだなぁ……オールコピー!」


 だが、木瀬のダル絡みから逃れられることに比べれば"思いやりや気遣いのない誰からか解らぬ乱雑な注文"の方が小笠原の表情に笑みを浮かべさせたのだった。


「男も女も、関係ないよ。頭の中が"ガキ"な奴は"男女右左白黒人悪魔"を問わずってこと」


 そんな光景を前にして、足立はただ呟いて芋焼酎のグラスを傾けたのである。

 アデリーナと白川は黙ってお互いに顔を合わせるだけだった。


「紅美さん"が"いうと説得力ありますね。凄いしっくりきますよ」

「まぁ、"そこそこと"はいえど伊達に生き残ってないからさ」


 そして、少しの間の後に白川が乾いた笑いと棒読みな称賛をかけ、足立は少し頬を赤くしシタリ顔で答えた。

 そんな足立の反応を前にしてアデリーナの白川は黙って自分達のグラスを傾けたのだった。


「それで、今度はサブリナちゃんがだんまりになる番な感じなの?」


 だが、沈黙にアデリーナが耐えられなくと、彼女は少し前まで一番騒がしかったサブリナへと話しかけた。彼女はそれまでじっとメニューのタブレットを指で突きながら天井を遠い目で見つめていた。その落差は話を一段落させたアデリーナ達には格好の的であり、サブリナは彼女達から集中する視線を前に口を曲げた。


「いや、そうじゃない。うちはアイツみたいに"陰のモノ"じゃない。自分の会話できる領域以外にもきちんと会話できるし、だんまりする気もない」

「うわっ、手厳しい発言!それ隊の一部の人が聞いたら泣いちゃいますよ!」


 露骨に不機嫌を見せたサブリナは、酔っぱらい達から一方的に絡まれ仲間となりそうな小笠原さえ酒の運搬に奪われ孤独な戦いをする一歩を一瞥して呟いた。その毒しかない言葉は白川を顔に楽しげな笑みと楽しげな口調の批判を出させ、少し離れたエリアーシュを卒倒させた。

 倒れたエリアーシュを介抱しながら彼の口へ酒を流し込む事務員達の悪ノリを横目に、サブリナは満足気に頷いた。


「宣伝のやり方が"オタク"に寄り過ぎてるだけでしょ?多少のキツさやツラさに耐えられないで軍人やろうってのが向こう見ずでしょ?聞き齧って"現場で使えもしない武器の性能"と"脂肪だらけ"の体で"ガラスのハート"とかアホでしょ?デブがいきなり入隊して活躍するとか"現実とアニメの差"を理解してないっていうか、アムロだって父親が技術者でデータを盗み見してたから……」


 そのサブリナの頷きに呼応するかのように、アデリーナは腕を組み語り始めた。その突然な饒舌さにサブリナを含めたその場は彼女を見つめた。特にサブリナは半口開けてアデリーナを凝視しており、彼女の語り口の速さや笑みへ呆気に取られていたのである。


「なっ、なによ?」

「いや、"サブカルに強い"んだなって」

「違うっての!」


 饒舌に語るアデリーナだったが、誰も何も言わず静かに聞いている状態を前にすると黙った。

 その沈黙を前にして、アデリーナはようやく一番見つめてくるサブリナへと僅かに眉をひそめて尋ねかけた。その答えは彼女の声を荒らげさせる程であり、よくも悪くもそこから生まれた沈黙が話しの流れをリセットさせたのである。


「それで、サブリナさんはどうしたんです?」


 そして、足立はサブリナへ話しかけ口火を切った。


「いやぁ、さっき喫煙所から戻るとき男とぶつかったんだ。その男が妙にな、気になって……」

「"恋"ですか!」

「いや、酒が"濃い"ことはないが」


 足立に答えるサブリナは少し前の出来事を思い出し、眉間のシワを深くしながら低く唸った。そのはっきりとしない彼女の言葉尻に白川は頬を興奮で赤くすると僅かに腰を浮かせテーブルに手を突きサブリナへと大声を上げた。その声の思った以上の響きを前にして、白川は辺りへ軽く頭を下げながら再び腰を下ろしたのである。

 一方で、サブリナはその白川の興奮気味に首を傾げると自分のグラスへ視線を落とし呟いた。

 サブリナの酒は"ビール"ではなく"レモンサワー"であり、彼女は改めてグラスの中身を口へ流した。その味は氷で薄まりながらも明らかに焼酎の濃度が濃く、"さっさと酔わせて店から出そう"という意図が見え隠れしていたのである。


「なぁに、トンチ決めてんの」

「はっ?いや、コイツがいきなり酒のこと聞いてきたから答えただけだ」

「ハイハイ、そうでちゅねぇ」 


 白川とサブリナのコント紛いのやり取りにアデリーナは肩を落とし割って入るも、サブリナは彼女の呆れた口調に目を細めて喧嘩腰に言い返した。

 その本質を得ない反論へ、アデリーナは手を振り小馬鹿にしたのである。


「それで、その男がどうしたの?」

「いや、変に見たことある気がするんだが……何だったか……?」

「どの人?」


 再び脱線し始めた話を足立が戻すと、サブリナは後ろを振り返り仕切があるも上方が吹き抜けとなる個室席へ視線を向けた。その視線の先を見て彼女の説明を聞く足立だったが、他の席のにも数多くの客が騒ぎ多くの店員が通路を行き来する状態では誰を指しているのか解らなかった。それはアデリーナや白川も同様であり、2人も肩をすくめたり首を傾げて横に振ったのである。


「あの男だが……あっ」

「えっ?」

「あっ、こっち見てた」

「なに、あれ?あの男?」


 だが、サブリナが指を指して教えようとすると、4人は仕切の端からこちらを見つめる瞳に気付いた。白い肌に堀の深い顔と大きな鷲鼻は特徴的であり、青い瞳はまるで"見慣れない動物"を見るかのように大きく開かれていた。

 その男の視線に気付いた4人は思わず声を漏らすと、男は再び敷居の中へと姿を消したのである。だからこそ、4人はより一層男の様子を観察しようとそれぞれが思う"こっそり"と見つめた。

 その視線は同席の戸辺蔵やインノチェンツァ、エリアーシュ達も気付く露骨なものだったが、騒がしく慌ただしい酒場では片隅に消えていく程度なのである。

 4人が見つめつ個室は暫くの間暫くの間何もなかった。それは注文がタブレットを介したネットワーク注文だからであり、それに気付いた4人は交代で観察し始めたのである。

 個室の変化はサブリナがことの発端であるサブリナが飽き始めテーブルのツマミを食べることに集中し始めたときに起こった。


「お待たせしました」

「うん……"ポテトサラダ"を頼んだはずが?」

「そうですね、在庫確認してきます」

「いや、ないならいい」

「かしこまりました」


 男のいた個室へ料理が運び込まれたのである。店員は客の男同様に白人であり、よく声の通る大男だった。

 だがその整った白い顔は血の気の引いた青いものであり、客の男から話しかけられるたびに肩を震わせるその姿は明らかに不自然である。そして、個室の入口から店員へ向けて伸びる手が小指を立てて彼へと尋ねかけると、店員はすぐさま駆け出そうとした。その焦った様を止める男の声が響くと、店員は彼に従いその場をいそいそと離れていった。 


「ポテトサラダなら、こっちのテーブルとかあっちのテーブルへも持ってっただろうに……」


 店員の男の言葉を喧騒の中でも聞いていたサブリナは、彼の発言や行動に首を傾げた。自分達のテーブル、他の客のテーブルを行ったり来たりさせる彼女には至ってシンプルはポテトサラダが見えており、木瀬の席の周辺にはまるで城塞のように皿が置かれていたのである。

 そんなサブリナの横で、白川は自分の手を見つめながら指を折り数字を数え始めた。それは"小指を立てて"1としたり、親指を立てて1としたりと様々だった。


「ロシア人だ」

「えっ、ロっ……なんだ?」

「あの人、ロシア人ですよ。いや、"新ソ連人"かもですけどね?どっちなのか解らないですけど」


 最後に何度か小指を立てて数字を数えた白川は何度となく頷き最後にはサブリナの肩を掴んで呟いた。そんな彼女の呟きだったが、サブリナは突然真剣な顔で話しかける白川に頭へハテナを浮かべるような表情で聞き返すのである。

 そのサブリナの一言で白川は個室席の方を勢いよく腕さえも伸ばして指差すも、直ぐに足立はその手を押し下げた。それでも白川は発言を止めることなく、言い終わった彼女の肩を足立は引き寄せた。

 そして、足立と白川、サブリナとアデリーナは顔を突き合わせ小声に話しだしたのだった。



「白川、根拠は?」

「いま、料理の何かを数えてましたけど、指の使い方が"小指"からだったので」

「おかしいのか?一歩の奴は握り拳から"親指"立てて"1つ"って数えるぞ?」

「だからロシア人だっての、白川?流石にコジツケじゃん?」

「親指から数えるのはヨーロッパ式で、港さんがそうしてるのは"個人の自由"ってやつです。人差し指から数えるのはイギリス式で、映画で見て面白そうだから調べたんです、間違いないですよ!」


 一方的に顔を寄せて尋ねかける3人に白川は小声でも圧のある即答で返し、見つめる彼女達を睨み返した。その瞳は確かに酔いによって据わっているものの、本腰を入れた酔っぱらいとは異なり"心の制服"は脱げていないのである。

 つまり、白川の発言は足立とアデリーナの背筋はほろ酔いの温かみが冷や汗の涼しさへと変化させられたのであった。


「紅美、サブリナみたいな"お登り箱入り"が海外俳優の顔覚えられると思う?」

「いえ、まして新ソ連との関係悪化防止で、政府は樺太のロシア共和国からの出入国は大幅り制限をかけてる」

「まして、新ソ連人は"北海道空爆未遂"から外交官以外ほぼ出禁」


 足立とアデリーナはお互いの顔を突き合わせながら素早く短く話し合った。その内容は彼女達の赤ら顔が白くなる程であり、サブリナが楽しげに笑いながらグラスの中身を飲み干した程である。


「そういや、案内してきた店員は胸の板に"ロシアから"とか書いてあったなぁ」


 そして、サブリナは酔いのよさから足立とアデリーナへトドメ一撃を放ち、2人は彼女の発言で目の前にある自身の酒を一気に飲み干した。


「えっ、なんだ?」


 突然酒を呷り天井を仰ぐ足立とアデリーナの行動に驚き目を見張るサブリナだったが、白川に視線を向けても腕を組む彼女も暫くすると2人同様に天井を仰ぐのである。

 そんな奇行をする3人の中で取り残されたサブリナは、辺りを見回すと一歩と目があった。彼は亀山の絡みを受け続け疲弊していたものの、まだ渡されるビールへ眉間をしかめる程度には彼なりの理性を保っている。そんな彼は、ただサブリナの視線を受けて頷いた。

 そして、サブリナは大きく頷き瞳に炎を燃やした。


「"双方ロシア人だから別におかしくない"ってことにしたい」

「えっ、えっ!あの、どういうことで?」

「サブリナが顔に見覚えあって"外国人"で私達は見覚えない。つまり"箱入り"の異管対が知ってる"俳優"じゃない人ってこと」


 暫くすると、足立は顔を下ろして笑顔とともに呟いた。その笑顔はあちこちが震え瞳の光はなかった。

 そんな足立の誤魔化した言葉に彼女とアデリーナの考えとは別な結論を脳裏に考えていた白川はその言葉で上げていた顔を下ろしその苦悶の笑顔を見たのである。その笑顔と言えるか怪しいものになっている表情で困惑する彼女にアデリーナが肩を落として首を振りながら説明口調で話したのだった。

 そして、暫くの間に席には何度目かの沈黙が流れ、白川は考え込み足立とアデリーナはそれを眺めた。


「あっ!そっ、それって……」


 そして、白川は手をうち大きく声を上げるも直ぐに辺りを見回して小声になると前屈みに3人で顔を合わせた。


「国際指名手配犯ってことですか……?」

「気付きたくなかった……」

「いや、ホントにそう思う……」

「どうするんです……?」

「いや、状況と情報がなさ過ぎるし見逃すってことしか……」

「でも、指名手配犯かもしれないんですよね……?」

「そこよね、だってアタシ等は外務省職員で異管対局員だよ……?」


 白川の理解に足立やアデリーナはようやく満足そうに頷いた。そのおでこが擦り合うほどの距離感の会話は同じ宴会席でも多少目立つものだったが、いつしか酒の席の"羽目外し"として流されたのであった。

"平和な宴会"の中で、新宿局員3人は好奇心と機転で遭遇してしまった予期せぬ出来事を前にして無難な回避方法を考えるのに必死であった。その意見もそれぞれが各人なりに考えるものがあり、特に白川の"責任の遂行"を前に足立とアデリーナは困り顔をして宥めようとしたのである。


「だからなんです……?」

「"ただの"指名手配犯なら、逮捕するのは"警察官"。"魔法を使える"指名手配犯なら、逮捕するのは"異管対"……」

「不文律ってこと。確かにパトロールするから事務所には通常犯の手配書が貼られてるけど、出来ても警察に通報するしかない……」

「でも、それだと時間差あるし……!勘付かれて逃げられるかも……」


 白川のやる気を前に足立はとアデリーナは異管対の暗黙の了解を叩きつけた。それは警察が外務省の異管対から手を引いて防衛省に押し付けた際の会合において口頭で取り決められた"書類上ない規則"である。

 それでも、末端の隊員は上司に逆らうやる気も度胸もなく、あっても"出る杭は打たれる"により消え去っていった。

 つまり、白川の職務に対する熱意は"当事者として実害を被る現場"と"事後処理を考え火の粉が飛んでこない後方支援"との差から来る"はた迷惑"なのだ。


「いや、逃げないな。アイツ、アタシ等が手を出せないことを理解してる……」

「余裕ぶっこいてるな……」

「チラ見はただの確認ですかね……?」


 それ故に、アデリーナは何時まで経っても逃げ出そうしない仕切の向こう側にいる男へ悪態をつき、足立も水を飲みながら愚痴るのである。

 そんな2人の視線を受けても、男はまるで"異管対新宿局員を知らない"かのように居続けるのだった。トドメには白川が仕切の方を何度なく覗き見るのが不快だったのか、逆に男は3人へ確認と睨みつけるように覗き返すのである。

 それを"前時代的組織間の対立"を逆手に取った余裕と理解する3人は、酔いの熱から肩を震わせ一斉に仕切りの方を睨むのであった。


「でも、異管対にサブリナさんが覚えるような指名手配犯の顔写真あるなら、それって異管合が……」


 しかし、3人の中でも比較的肝臓に余裕があった白川はふとその状況に疑問を持って呟こうとした。

 しかし、白川の言葉は注意を向ける仕切の個室席へ繋がる通路を大股でヒールを鳴らしながら肩で風を切り店員と客の間をすり抜ける黒髪と角の人影に遮られ、足立はアデリーナは慌てて隣の席へ振り返った。

 そこにはただズレた座布団がさみしげに置かれるだけであった。


「おい、そこな店員!こっちにこい!直ぐにだ!」


 サブリナの行動力はしがらみを通り越していた。

 つまり、3人は迫りくる仕事のときに備えて酔いを覚まさなければならないということであった。

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