異管対報告第1号-3

 一歩が小笠原に促され木瀬と乗り込んだハイラクックスは収納箱や柴犬のクッション等が置かれ小綺麗にされていた。

 そのハイラクックスが靖国通りに沿って防衛省から離れてゆく状況に一歩は理解が追いつかなかった。彼の赴任書類には確かに勤務地が防衛省と書かれていたのである。人事や命令の最終承認者である横須賀地方総監の印も押されていたとこも重なると、一歩はいよいよ自身が置かれた状況に訳が解らなくなった。

 その混乱の中で一歩は一着の冬制服と一着のデジタル迷彩戦闘服以外の殆どの官品を衣納へと入れていたことを思い出した。それを理由として一歩はとにかく会話をしようと木瀬と小笠原に話しかけようとした。


「あら?あんたこんな甘い菓子なんて食べるタイプだったっけ?うわっ、賞味期限が切れかけてる。食べていい?駄目って言っても食べるけど。どうせこの前フラレた彼女の置土産でしょ?」

「あんたねぇ、普通そういうことズケズケと言います?聞いた事ないぞ、フラレて傷付いた男にそんな言葉をかける奴!」

「あなたが女々しいからよ。うわっ、チョコレートの中にホワイトチョコが入ってるぅ……甘んまぁ〜、きっつぅ〜!私これ無理だわ」

「ホントなんなんだよ、アンタはぁ!もう、班長に"私ってぇ、甘いの嫌いなんですよぉ"とか言ってたくせにお菓子出されれば律儀に食うし、本気で嫌いなくせに人の菓子に直ぐ手を出すから……ほんとそのうち友達の一人もいなくなりますよ!」

「いいもんだ!こんな"フラレた女が置いてった"柴犬の抱き枕“置いてるような男"に言われたくないですよぉだ!」


 そんな一歩が口を開こうとした頃に、木瀬が収納スペースからチョコレートの箱を取り出し小笠原に話しかけていた。その小笠原への絡み方があまりにも雑かつヒドイものであった為に、一歩は2人の会話が直ぐに話が終わるだろうと思い一旦黙ったのである。

 しかし、一歩の予想は大きく外れて木瀬と小笠原は猫とネズミよろしく口喧嘩をし始めた。その口調はまるで子供同士の喧嘩のようであり、一歩が無理矢理尋ねたとしても状況を説明するような空気ではなかった。

 更に木瀬が小馬鹿にするように小笠原のクッションのような柴犬の抱き枕の話をすると、2人の口喧嘩の空気は更に熱くなっていったのだった。


「ボケ女がぁ!捨ててくぞ!」

「や~い、"上官侮辱罪"!班長に言って始末書書かせてやる!」

「はんっ!反省文だろうと始末書だろうと書いてやるとも!俺の語彙力舐めんなよ、今までどれだけ書いてきたか!簿冊3冊は埋まるぞ!」

「それ…自慢できるの?流石に脳が蛆虫か悪魔に寄生されてるんじゃないの?」

「アルコール漬けに言われたくない!」


 木瀬と小笠原の口論は終わりが見えず、トドメには小笠原の怒りに合わせて車が漫画のように左右へ揺れ動くほどであった。


「あっ、あのぉ…そろそろいいですか?」


 その口論へいい加減嫌気が指してきた一歩は、意を決して木瀬と小笠原の間に割って入った。その一歩の困惑とともに僅かながら苛立ちが見え隠れする一言や苦笑いを浮かべても決して笑っていない瞳は、2人を正気に戻らせた。

 そして、車内は暫く静かになったのである。


「失礼しました、3尉。このアホの無礼を…」

「何が"無礼"だ?どっちかと言やぁ、"人の車を我が物顔で使うヤツ"のがよっぽど"無礼千万"だろ」

「なっ、私は先輩だろ!」

「"親しき仲にも礼儀あり"だろ!」


 静かになったハイラクックスの中で、木瀬は姿勢を正し軽く咳払いすると一歩に向けて謝罪をした。だが、その謝罪の中の余計な一言が運転席の小笠原の琴線に触れ彼は空かさず木瀬へと文句を付けるのだった。


「あのっ!そろそろ、任務について教えていただいてもいいですか?私は、赴任書類上では"防衛省情報本部"となっていた筈なんですけど」


そんな木瀬と小笠原が再び口論を始めようとした時、さすがの一歩もいい加減に鬱陶しくなった感情が表に出ると、2人の間に割って入り自分の事情を言い放ったのである。

 その一歩の苛立ちの言葉に、木瀬と小笠原は申し訳なさそうな表情を浮かべ、和やかな喧嘩ムードを仕事のものへと切り替えるのだった。


「いやいや、本当に失礼しました」

「全くだよ…」

「んっ?何か?」

「いえっ、何も。それで、勤務地となる"プリズン"からはみるみると遠ざかってますけど…一体このハイラクックスはどこに向かってるんですか?」

「自分の勤務地を"プリズン"とか車をわざわざ車種で呼んだり…変な人ですね」

「そんなの、私が1番知ってますよ」


 仕事モードに切り替わった木瀬の態度は、一歩とコンビニ前で遭遇した時のような独特としか言い表せない異様な雰囲気であった。

 だが、術科学校時代を思い出した一歩からするとその雰囲気は自然と痛々しいものに感じられた。それによって木瀬の謝罪に思わず一歩は愚痴の言葉が出てしまったのである。

 その愚痴の言葉を質問でかき消した一歩と木瀬のジト目で返す嫌味のぶつけ合いによって、車内には異様にピリピリとした冷たい空気が広がりかけたのだった。


「木瀬1尉はもう黙ってろよ、俺が話すから!港3尉、"外務省異界管理対策本部"って聞いたことありません?」


 車内の木瀬があまりにも空気をかき乱すため、小笠原は彼女へ睨みを効かせながら威圧するような強い口調で黙らせた。そんな小笠原の言葉は階級的に下であっても木瀬を口が縫い合わされたように静かにさせた。

 そして、小笠原が一歩に明るく接しやすい穏やかな口調で話しかけると、その強烈なギャップを前に若干言葉を詰まらせながらも彼は咳払いしつつ言葉を選ぶように天井を仰いだのである。


「外務省対異界管理対策本部って言うと…えっと、あれだ……地球連合がランカスター条約で、移民してきた悪魔の一派だとかいつの間にか現れてたエルフだの亜人との間で締結したやつでしょう?地獄の門からの亜人流入管理や不法渡航者の逮捕に野生化した魔獣を相手する国際異界管理統合局の日本版ってやつ」

「そうそう。それですよ」

「でもあれって外務省と警察庁の共同運営でしょう?腹黒い中華朝鮮連合とかこの頃ヤバイ新ソ連だの共産勢力から国を守るのが防衛省。そこに関わるのはお門違いなんじゃ?」

「あ~っと…海の人って感じな回答だなぁ…」


 その一歩の回答は最初こそ小笠原や黙ったままの木瀬が頷くものであった。

 だが、一歩の語る後半の内容は2人にとって聞き飽きたような発言だったらしく、木瀬は疲れた顔を浮かべ小笠原はため息のような言葉を漏らすのだった。


「まぁ、確かに警察の管轄になるべきなんでしょうけどね。ですけど実際問題、日本の警察じゃ対処しきれないでしょう?拳銃撃つのにも7回も警告しなきゃならないし、治安のためなのに一発撃てば国民は怒り狂い大問題。そんな時世に違法入国の下級悪魔ならいざ知らず、十数年前にも出たでしょう?"大型魔獣に対する災害出動"ってやつ。カテゴリー2だから25mくらいの魔獣相手に機動隊でどうにかしようって頑張ったやつですよ」

「あぁ、20人くらい殉職者が出たやつですか。あれで結局、警察の発砲に関する規定が変わったんでしたっけ」


 小笠原は、混み始めた車道に注意しながら車を運転しつつ器用に会話するのだった。その運転にペーパードライバーの一歩は感心しながらも小笠原の説明に対して自分の記憶を掘り返しながら相槌を打った返した。


「そう、それですよ。警察は人間相手の訓練しかしてなかった。まぁ、俺達自衛…いや、軍もそうだったですけどね」

「そして、その大規模損失から警察庁はあくまで自衛の為と発砲手順の変更と執行対象を特例事態を除き人間のみとする規定を作製。外務省は警察庁から見放された。その埋め合わせに、外務省は軍に捜査官として軍人の派遣を要請したってわけ。軍はランカスター条約の秘密のベールの隙間から魔法技術について学べるし、外務省から予算も得れる。外務省は独自に捜査官を育成せずに早期に異界事件に対応できる。"ウィンウィン"って訳ですよ」

「そんなことあったんですね…」


 その一歩の相槌にリアクションしながら更に説明を小笠原がしようとすると、遂に木瀬が口を開くとチョコレートを頬張りながら長い説明をしたのである。その内容に一歩は車窓に見える光景に気を取られつつ反応したのだった。

 そんな一歩の視線に気づいた木瀬は、運転席の小笠原に目配せしながら車を巨大なバツ印のような建物の駐車場に車を止めさせたのである。


「えっと…ここは?」

「東京拘置所ですよ、知りません?」

「むしろ知ってる人のほうが珍しいだろ」

「それで、なんで拘置所に来たんです?そもそももうとっくに課業を始めててもおかしくない時刻ですけど」

「そうですね、細かい話は班長からしてもらうのが一番ですからあえて少なく説明しますが、これから貴方の職務を共にする同僚かつ装備の紹介と配備です。まぁ、とにかくついてくれば解りますよ」


 ハイラクックスから降りる一歩は、その巨大な拘置所の建物を見上げるとその大きさに思わず声を漏らしたのである。

 その一歩の驚きに噛み合わない発言をする木瀬に小笠原がツッコミを入れると、更に疑問の表情を浮かべた一歩は先を行く二人を追いかけながら問いかけた。その一歩の疑念に先を行く木瀬は説明に困りながらも言葉を紡ぎ、言い切ると困惑する一歩を手招きしたのだった。


「おぉ、来ましたか」

「お疲れ様です。お待たせしてすみませんでした。連絡しました防衛……元へ"外務省"異界管理対策班の木瀬です。例のヤツを引き取りに参りました。身分証です」

「待ったもなにも時間きっかりですな。流石は"軍"の方達だ。身分証は大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「では、ご案内しますよ。既に面会室にはとうしてますが、あれは亜人ということもあるので」

「わかっております。非常事態では、そちらの対象マニュアル通りで」


 手招きした木瀬と隣で歩く小笠原に従い、一歩は初めて拘置所に足を踏み入れた。その建物や内装の綺麗さというギャップに一歩は驚いていたが、そんな彼を置いて手続きをし始める木瀬や、彼女を案内する拘置所の職員を追いかけたのである。


「"同僚"とか"装備"って言ってましたけど?装備と面会するので?」

「それは、察した上で聞きてるので?」

「確信が欲しくて…」

「そうですよ。"毒を以て毒を制す"。異界へ対策するのなら、異界の"モノ"を使い異界の"モノ"に協力させるということです」

「えっ、まさか!マンガか何かみたいに悪魔を使役したりってやつですか!それとも、"デビル…」

「あぁ、港3尉。私は貴方という人が少しわかってきましたよ。夢を見るのは面会後にしてください」

「俺は面白くていいけどな!」


 面会室へと移動する途中、歩みを止めなかったが一歩は堪らず木瀬に説明を求めた。その質問に対して木瀬は、焦りや少年的な興奮に瞳を燃やしながらも冷静な表情をする一歩に苦笑いをしながら質問で返した。

 その木瀬の言葉に一歩が気弱な言葉で返すと、彼女は少し良い気になったのかしたり顔で彼に説明したのである。その内容に少しはしゃぐ一歩に、木瀬は自分の軽率な発言と一歩の反応に頭を抱えなら不満を言った。その木瀬の反応に反して、小笠原は楽しげに笑っていた。


「さて!港3尉、この部屋からは仕事…つまり任務です。詳細は説明してないし、手順が滅茶苦茶なので正直、前例がなくてこれでいいのか迷ってます」

「なっ、ぶっちゃけたな!言っていいのかよ木瀬1尉!」

「もういいでしょう、小牧の5術校出身なら、空自時代からのデタラメを知ってるわけですから。とにかく、ここからは仕事です。くれぐれも、変なことを言わないよう」

「わかっていますとも、1尉。さっ、早く入りましょう」

「わかってんのか…この人?」


 会話をしているうちにいつの間にかたどり着いた面会室の扉の前で、木瀬は真剣な表情をしながら改めて一歩に説明を始めようとした。だが、その説明はぶっちゃけ話となり小笠原からのツッコミを浴びた。それでも止まらず木瀬は一歩に忠告をした。

 だが、その忠告をきちんと聞いているようで急かす一歩に、木瀬は不安の表情を浮かべながらも面会室の扉を開けるのだった。


「何じゃ、このオッサンは?薄っぺらくて役に立たなそうなみたいなやつじゃないか?」

「なんだこの尊大なコスプレ女は?時代錯誤も甚だしいな」

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