異管対報告第1号-2

[公務員の給料は高すぎる!もっと不況に苦しむ市民に合わせるべきだ!]


[救国万歳!天皇陛下万歳!これが世界を救う!南進論を再興すべきだ!]


[今こそ社会主義の出番だ!困窮する世界を救えるのは社会主義のみだ!新ソビエト連邦へと合流すべきだ!]


[地球連合反対!人類は悪魔に対して平伏すべきだ!]


 坂町近くの市ヶ谷にある防衛省は生け垣に木々が生い茂り、川も近く緑色を彼方此方に付けた建物も合わさり、コンクリートジャングルの都会においてオアシスのようにも見える場所であった。


「この五月蝿い連中に周りで騒がれながらの"海のように深くて波打つ書類の数々"に、失敗すれば国が終わる仕事…か…」


 だが、そのオアシスの周辺はその真反対のような状況になっていた。

 人々の通行の妨げにならないように警察官達がイエローテープや三角コーンで囲む内側には、大日本帝国陸軍の軍服や黒い長ラン姿で旭日旗を振り回し叫ぶ集団やソビエト連邦の旗を振り政治家を気取って演説を叫ぶソ連軍服の集団、南極大陸を中心として各大陸が描かれた地球連合の旗を引き裂く汚れだらけであちこち破れた服を着る浮浪者のような者達、全身黒装束にイルミナティの旗を振り回す者たちが統率なく騒ぎ立てていたのである。

 その抗議のタイトルこそは確かに全うとも取れるものだと一歩は思った。

 しかし、それを主張する運動不足の肥満症や極端に痩せこけた男、甲高い声でヒステリックに叫んだりオタサーの姫のように言わるゆ"非モテ男子"を取り巻き話し込んでいる女の姿を見ると、一歩には"人と関わらない暗黒の高校時代を過ごし大学デビューに失敗して異なる思考を持つ者とのコミュニケーションが出来なくなって社会に放り出された大人に成りきれなかった哀れな子供"のように見えた。ただ大騒ぎしたい者達がただ闇雲に道路で騒いでいる"ようにしか見えないものである。

 そんな"大人の体に子供の思考を詰めた"酷い集団は一歩の瞳には地べたに座り込み駄々をこねる子供の集団にしか見えず、子供でもしないような行為を行う者さえいた。


「良くやるよ。サポーターがいくら叫んでも、サッカーの試合には勝てないってのに。いや、そもそも試合妨害するサポーターをサポーターって言うのか?とりあえず、アホな撮り鉄よりたちが悪いし、鬱陶しいし。"ゴネてもお菓子は買ってもらえない"って習わな買ったのか?いや、親がまともならこんなことしないか……」


 その"常識があるのか疑える集団"を避けながら防衛省の正門へ吸い込まれるように進んでゆく死んだ顔の事務員達の出勤を"港 一歩"は一人少し離れたコンビニから眺めて呟いた。海上自衛隊の頃から身に着けさせられた"5分前の精神"が、塵に積もった彼に30分の有余を生みだしたのである。

 そのため、一歩は古巣である館山航空基地から新天地への着任という何度経験してもなるナーバスな心境を紛らわせるため、入隊したての新隊員時代から憧れであった"コンビニのコーヒーを1杯片手に出勤する"という行動に移らせたのだった。


「まぁ、あんな連中の主張が通るような国じゃないから、やっても酸素の無駄なのに……全く、せっかく実家からの勤務が特別許可されたのに……あんなところで監禁か……」


 街宣カーを路肩に停めて朝から大騒ぎする活動家と、それを鬱陶しそうに睨みながら収容所のような職場へと向かうとする事務官達を横目にコーヒーマシンを操作しつつ、一歩は何度目かの独り言を呟くとコーヒーにフレッシュを流し入れながらコンビニの自動扉をくぐった。

 コンビニの眼の前は防衛省正門であり、さながら"地獄の門"のような緑のゲートを眺めながら一歩はマドラーでコーヒーを混ぜる。それと同時に彼は砂糖を忘れたことに気づいてコンビニを振り返るが、戻ることに面倒くささを感じると肩を落として諦め正門を眺めながら甘みの少ないコーヒーを眉間にシワを寄せて渋い顔をしながら一口飲んだ。

 コーヒーは質が悪く、酸味が変に強く他の味は薄かった。


「なら、安心するといいですよ、港さん。貴方の勤務地はあそこじゃないですから。それと、砂糖余分に取っちゃったので、どうぞ」

「あぁ、こりゃどうも。まぁ、それならそれでたぶん、幸せですよ。監禁されるのは小牧基地の5術校で十分」

「良かったでしょ?江田島じゃ辛いとか苦しいと考える余裕がないらしいですし。天と地ほどの差で涙が出るでしょ?実家からの勤務も許可されてるみたいじゃないですか?省から徒歩10分でしたっけ?」

「まぁ、この際"住めば都"……んっ?」


 そんな苦々しい表情でコーヒーを啜る一歩へ唐突に女の声がまるで知り合いのように話しかけてきた。その女性の声質としては低いその声の持ち主は、彼へ気さくにスティックシュガーを渡してきたのである。

 その唐突に話しかけられ砂糖も譲られるという不思議な状況でも一歩はコーヒーへ砂糖を加えつつ防衛省の建物を眺めながら気軽な口調で会話に応えた。その内容は相手の気さくさに合わせて皮肉を加えたが、表情は砂糖の甘さでコーヒーの酷い味が掻き消されたことも相まって笑顔であった。

 そんな一歩も流石に突然話し掛けられたからには声がする方向に視線を向けた。そこには低くい身長に長いウェーブのかかった黒髪、顔のパーツの彼方此方が丸い童顔ながらも整った顔立ちの女が立っていた。

 年齢が30をとっくに過ぎていた一歩からすれば目鼻に鋭さなのない柔らかな顔つきで明らかに年下と思えそうな外見だが、その女の纏う不思議と"冷たい"とも"鋭い"とも言えない異様かつ独特な雰囲気は彼の姿勢を不思議と正させていた。


「あの……どちら様ですか?」

「あら、いきなり話しかけたのにすんなり会話が成立してて驚きましたけど、トドメには気の抜けた一言ですわね?もっと警戒されるかと思いましたけど?冷静なのか天然なのか?」


 隣に立つ女の旋毛を何故か見ながら、一歩は湯気の立つコーヒーを冷ましながら一口飲んで彼女へと尋ねた。その一歩の反応は童顔の女からすると予想に反して面白くなかったのか、彼女は皮肉を混ぜながら少し早口で文句を言うのである。

 そんな女は旋毛に視線を感じたようで、右手で髪を軽く触ると一歩の視線から旋毛を隠すように手櫛をした。その反応から一歩は視線を極右勢力の街宣カーに移すと、その女の皮肉を何もない気にしないかのごとく笑みを浮かべて紙カップの中を覗くのだった。


「ここら周辺で防衛省を眺めるスーツ姿の男に話しかけるのは、同業者か思想的に"アレ"な人達ですし……」


 その一歩の説明は最後の部分だけ微妙に語気が暗かったのか、女はその部分を聞くと眉を軽くひそめた。


「ですし?」

「何より……雰囲気ですかね?防大出身でしょう?そういう感じが出てたから、なら同業者の……空軍ですか?」


 一歩の一言に尋ねかける女の言葉は、口調こそ平静だがその言葉の裏側にははっきり意見を言わず相手の出方を伺うような一歩の態度に僅かな苛立ちを感じさせるものだった。

 そのため、女の反応に一歩は肩を落としながらも、戯けたような口調で口元に苦笑いを浮かべてやる気の無い理由を説明をした。

 その説明の口調も内容も含みのある響きであり、女は目を細め眉間にシワを寄せながら一歩を睨みつけるという反応を示したのである。


「空軍でしたら、何か?問題がお有りで?」

「いや……悪意があったわけではないですし、不快にさせたならすみません。ただ、なんとなくそうなのかなと思っただけなので」


 一歩の挑発とも取れる発言へ噛みつくように尋ねかける女の露骨な怒りを表す態度に、一歩は一瞬口籠りつつも言葉を変えて説明し直した。その内容や彼の見せた謝罪のジェスチャーに、女は一応の満足感を示した。

 

「ちなみに…何故わかったんです?私が"悪意はないけど口調が暗くなる空軍"って?」

「何となくですよ?何となく貴方からWAFワッフ…あぁ、今はもう死語ですか」


 そして、下手に出た一歩に対して女が皮肉を混ぜた少し不遜な口調で尋ねると、彼はいつの間にか半分以上減っていたコーヒーに悲しく肩を落としながら一気にカップの中身を胃に流し込んだ。

 その胃に感じるコーヒーの熱が一歩の口を開かせ、彼は女へと説明を始めた。

 だが、その言葉選びの古さに首を傾げて質問相手に質問内容したのであった。


「いえ、まだ言いますよ」

「なら…何となく、術校時代の教官に似てて、それだけですよ。なんというか、"ロールパンナ"って感じで?」

「"ロールパンナ"?」

「私もよく分からなかったですけど、いい意味なんだと思いますよ?」


 女の返答に合わせて勢いで話し始めた一歩に、女は既に半分ほど興味がなくなり始めたらしく比較的幅の広い通りを見ながら相槌を打ち始めた。その反応に投げやりになった一歩は、少し早口で昔を思い出しながら語ってみせた。

 その内容に反応し辛い部分があると、女は一瞬理解に遅れ一歩の言葉を繰り返した。その口調は驚きとも呆れとも言えない言い方であり、女があれこれと聞かれる前に一歩は話を終わらせるように言ったのだった。

 その内容にこれ以上話の生産性を見いだせなかった女は、それ以上追求することなく一歩同様にコーヒーを一気に飲み干したのである。


「それで……貴方は空軍のどこ所属の誰何尉なんです?」

「木瀬です。"木瀬 文"。階級は…尉官じゃなかったらどうするんです?」


 飲みきった紙カップを捨てようとした一歩は、彼同様にコーヒーを飲みきった女へ片手を差し出した。その手に女が渡してきたカップを取った一歩は、コンビニ前のゴミ箱へとそれを入れつつ彼女へ身分を尋ねたのである。

 そんな一歩の一言に何気なく答えた木瀬は、防衛省の正門から出てきた1台のハイラクックスを大きく手招きして呼び寄せた。

 その途中で、木瀬は一歩が尉官と決めつけて尋ねたことに口を曲げて訝しむとその推理の理由を尋ねた。木瀬の言葉に軽く頭を掻く一歩は、雲が僅かに走る空を長めて言葉を選んだ。


「"平和戦争"後とはいえ、防大卒の20代なら良くて1尉ですよ。まして空軍でパイロットじゃなければ、航空管制官でもない限り尉官がまだ精一杯。大卒とはいえ兵卒からの叩き上げの私だって色々やらかしてまだ3尉ですから」

「へぇー……会ってみたらそこそこの人だったから半分がっかりでしたけど。話を聞いたらなるほど報告書通りですね……それと!私は1尉……」

 

 近づいてくるハイラックスを見ながら己の持論を述べる一歩の推理の内容に驚きと納得の表情を浮かべながら相槌をして見せた木瀬は、それまで浮かべていた不満の表情を払い小さな笑みを浮かべると、自分しか聞こえない程度の小声で呟くのだった。


「あのハイラクックス、デコってるのか!しかもあれは"公国軍地上攻撃軍"か!なんと同士じゃん!」

「あれぇ?本当に大丈夫なのかこの人…?」


 だが、そんな2人のもとへと近づいてくるハイラックスと車体にデコレーションされた様々なマーキングシールを見た一歩は1人興奮し始め。そんな彼を前に、木瀬は先程の話で感じた好評価を無視されたような気分から不満を持ち、彼へと一抹の不安を感じたのだった。


「はいはい、木瀬ちゃんお待たせ。俺、明けだからさっさと終わらせておいてね。あと、少しでも汚したらぶっ飛ばすから」

「小笠原、上官に対する言い方というものをですね!」

「はっ?年末忘年会で俺の愛車を茶色くしてくれたのは誰よ?」

「えっと……その説は……」


 一歩が見とれていた公国軍地球侵攻軍のデコハイラックスが近づいてくると、その運転席の窓が開き中から厳つさと若さ、イケメンを足して3をかけたような男が顔を出した。

 その男は小笠原と名乗り、後部座席の扉を運転席から器用に開けると木瀬達2人を車内へ招き入れた。

 その木瀬に対する口調は明らかに親しみが強すぎであり、言い方が気に食わなかったのか木瀬は小笠原へと噛み付い。

 だが、見事に小笠原から反撃されると木瀬は口籠りながら軽く頭を下げたのだった。


「えっと、貴方が港3尉ですね?そこのポンコツ1尉が失礼しました。とりあえず乗ってください。俺は小笠原 隼人。2等陸曹です」

「あっ、こりゃどうも」

「とりあえず、そこの天然幹部を引っ張って乗ってください。詳細は車内で話しますから」

「あっ…あぁ、解りました」


 小笠原と木瀬のやり取りは、兵に下士官と幹部が和気あいあいとする海軍や航空管制官ばかりの運航隊に属していた一歩からは普通な光景だった。

 だが、陸軍と空軍という異なる所属でありながらここまで親密にしてる2人に、一歩は怪しさと異質さから複雑な心境になる程驚くのだった。

 そんな一歩の状況を知らずに小笠原は2人を車内へ乗り込ませると、防衛省のレーダータワーを背に通りを走り出すのである。

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