第7話 盗賊・鬼火 後編

 町外れの古びた船宿に十人程の男たちが集まっていた。

 酒を飲む者、部屋の隅で寝ている者、武器を手入れする者。

 いずれも一昔前は武者であったはずの体格のいい男たちである。


 今宵、この船宿から船を使い町を流れ川沿い伝いの船着き場にでる。

 そして皆が寝静まった頃を見計い、大店に押し入り襲う計画である。

 

 一人の男が廊下を抜け部屋へやって来る。ピシャリと戸を開けた。

 入って来た男は部屋の様子を一通り見渡すと鋭い目つきでにらむ。


「貴様らっ!」

「あまり飲み過ぎるなよっ!」


 苦言くげんを言うと上座にドカンと座る。

 そして自分も徳利とっくりを片手に酒を口に流し込む。


「鬼火の御頭かしらっ!」


 部屋の隅にいた一人の男が、下品に笑う。


「へへへへっ」

「この前、襲った店は、たんまりと金を貯め込んでいたな」

「今晩も町で数本の指に数えられる程の大店だ……」

「たんまり金が眠ってるぜえ」

「……」


 集まった盗賊たちは、その下品に笑う男を完全に無視した。


「ふううううっ」

「えへへへへっ」


 火筒の中の小さな火に息を吹きかけながら、気味の悪い笑いが漏れる。


「今日は風が強えええ……」

「良く燃えるぜえ……」

「へへへへっ」

「……」


「ちっ。気味の悪い奴め」

 

 耳障りな言葉に髭の男が苛立ちを見せ、側らに置いていた太刀を床に叩きつけた。

 

 鬼火の頭は、また一口、徳利をあおる。


「貴様らっ」

「今日の押し込み強盗が終わったら、暫くここを離れるぞっ」

「検非違使らが、かなりうるさくなってきたからのうっ」

「……」

「今夜もしっかりと稼げよっ!」

「……」

「ふふっ」

「次は帝都の街でも襲うとするか?」

「がっはははっ」


 何やら一人ニヤニヤする鬼火の頭は、太刀を抜いて刃の文様を表裏確認する。

 そして鬼の面をでると口元に面を装着した。


 ◇◆◇◆急襲


 夜も更け。

 盗賊たちが夫々それぞれの武器を持ち鬼の面を付ける。

 先ほどまで不調和だった盗賊たちが鬼の面を付けたとたん狂気の一団に変貌する。


 身の軽い者から我先にと裏口につないである船に向かって出て行った。


 ◇


 船着き場に集まった盗賊の足が止まる。


 盗賊たちの目の前には、薄い月明りに浮かぶ人影が一つ。

 何者かが盗賊たちの行く先に立ち塞がった。


 盗賊たちはただならぬ空気を感じ足を止めた……。


 空に浮かぶ月を覆い隠していた雲が流れていく。

 盗賊たちの前に立ち塞がる人影の姿がハッキリと浮かびあがった。

 黒い衣装に紅の衣を羽織った、背の高い美しい娘。

 鬼娘の紅巴いろはである。


「おいっおいっ」

「あまり驚かすなよっ!」

「娘っ子ひとりかあ?」


 対峙していた三人の男は、ニヤニヤと笑う。


「俺が行って来るわあ」


 太刀を抜くと肩に担ぎ、緊張感なくニヤニヤと近寄って来る。 


 紅巴が腰に差した左右二本の小太刀をスラリと抜くと身をかがめる。

 ―――ザンッと一気に跳躍した。


「ぐはっ!」


 短い悲鳴だけを残し、近づいて来た盗賊は地面に倒れ、動かなくなった。


 足元に倒れた盗賊を横に流れる川に、ドッブッンと蹴り落とす。


 月に照らされた紅巴の口元ががニヤリと笑う。

 笑った口元から白い尖った牙がのぞいた……。


「なっなんじゃあ!」

 

 盗賊の悲鳴に似た怒鳴り声が辺りに響き渡る。


 左右に小太刀を構えた紅巴が疾風の様な太刀筋で斬り込んだ。


「たっ助けてくれっ―――!」

「たっ助け……ぐはっ!」


 盗賊の首元に放った蹴りが、盗賊を弾き飛ばし小石の様に転がる。


「おのれっ!」


 太刀を振り下ろした盗賊の刃をかわすと、左小太刀で薙ぎ、右小太刀で盗賊の首を搔っ斬った。


「おっ―――鬼じゃ!」


 悲鳴をあげ逃げようとするが、後ろから袈裟がけにバッサリと斬り倒す。


 数人いた盗賊たちの悲鳴はだんだんと少なくなり、やがて辺りは静かになった。


 反対側の暗闇から紅葉くれはが姿を現した。


「貴様らっ何者じゃ!」


 鬼火の頭が追いつめられたけものの様に目を吊り上げ叫ぶ。

 

 残っていた数人の盗賊が武器を構える。


 目の前で鬼神の様に暴れた鬼娘の紅巴に比べれば、華奢きゃしゃな体格の紅葉のほうが弱いと判断した盗賊たちは、一斉に紅葉に斬りかかる。


「なっ何っ」

「体がっ体がっ動かんっ!」


 足に根が生えた様にその場から動かない盗賊たち。 

 辛うじて動く首を左右に動かす……。

 動けなくなった盗賊は、首をゆっくり動かし周りの盗賊たちを見た。


 ……自分と同じく、その場で腕を振り上げた状態のまま動かない。


 紅葉が切れ長な目を細め、静かに言う。


盗賊おまえたちあやめた者たちのうらみだ……」


「うわあああっ―――」


 盗賊たちは、一斉に悲鳴を上げる。


 地面から現れたが、足に体にからみつく……。

 腕を振ろうとするが、腕にも白い手がからみ付き、指を動かす事も出来ない。


「うわあああっ」

やめめてくれっ」

ゆるしてくれっ」


 その時、背中に痛みが走る。

 鬼娘・紅巴の刃が盗賊たちの背を袈裟がけに斬り下ろした。


「うっ」


 短い悲鳴……目を見開いたまま、盗賊たちは斬り倒され地面に倒れていく。

 

 最後の残った、鬼火の頭は周りで何が起こったのか状況が全く理解できなかった。

 手下の盗賊たちが急に動かかなくなり、口々にさけび、許しの言葉を発したからだ。


 鬼火の頭は、悪夢を振り払う様に鬼の形相で、大太刀を持ちあげる。 

 荒い息を吐きながら、大太刀を頭上に振り上げ構えた。

 太刀の構えから、かなりの剣の腕前である事が判る。

 

 興奮した息を整えながら敵の間合いを計る。


 両手で握ったつかを握り直す。


「どけっえええええっ」


 鬼火の頭は咆哮ほうこうをあげる。


 目の前に立つ紅葉に突進し、肩口で構えた大太刀を振り下ろした。


「キイイイッン」


 振り下ろしたはずの大太刀の刃が折れ、宙を舞う。

 紅葉の振るった鋼鉄の打針鞭が大太刀の刃を叩き折った。

 

 続けざまに、鞭の様にしなる打針鞭を二振り、三振り。

 腕の骨が砕ける音、肋骨の骨が砕ける音と供に鬼火の頭は、地面に倒れ込む。

 そして……動かなくなった。

 

 足元に横たわる男を見つめ、不思議な動作で指を動かすと何やら唱えた。


大助たいすけっ」

「後はたのみました」


 紅葉は誰も居ないはずの空に向かって一言発すると暗闇に消えて行った。


 ◇◆◇◆ 天誅


 暫く時が経った。


「くっ……痛てえっ……」

 

 地面に倒れていた鬼火の頭が意識を取り戻した。

 辺りには顔をしかめたくなる様な嫌な匂いが漂っている。


「くそっ」「奴ら何者だっ……」


 折れた腕を押さえながら鬼火の頭はフラフラと立ち上がる。

 周りには先ほどまで虚勢を張っていた盗賊たちが息も無く横たわっている。


 つないであった馬の手綱を取り、またがると息絶え絶えに馬を走らせた。


 暫く走ると大きな門の前で馬を止める。


「ドン」「ドン」「開けてくれ」

「開けてくれっ!」

「……」


 門がゆっくりと開けられると鬼火の頭は屋敷の中へ倒れ込む様に入って行った。


 ◇


「長官殿っ!」

「邪魔が入った!」

「全員殺られた……」

「何者かは分からねえが……とにかくっ凄腕の奴らだ……」

「……」


 息の上がった鬼火の頭が、声を荒げながら報告する。

 ひざの力が抜け床にしゃがみこんだ。

 目の前に立派な髭を蓄えた高貴な身分の貴族が立っている。

 

 無言のまま、床にしゃがみこんだ男を殿が上から見下ろす。


 長官殿は、歯を噛み眉間にしわを寄せる。


「……私の都への復帰を邪魔するヤツは許さんぞっ」


 立派な髭を生やした長官殿は、一言怒鳴ると手に持つ扇子を叩きつけた。


「―――」


 そして何事もなかった様に普通の態度に戻り、ニカリッと笑った。


「ほほほほっ」


 口を手で隠しながら高笑いする。


「まあ良い良い……今までよく稼いでくれたからのう……」

鬼火おまえには十分な褒美をやろう」


 鬼火の頭の肩に手を伸ばす。


「グッ!」「うっ!」


 嗚咽おえつの様な鬼火の頭の声。

 体が震え……頭が力無くうな垂れた。


「役に立たん男よ……失敗は許さん」

 鬼火の頭の胸に長官殿の握った刃が深々と突き立っていた。

 

 その時―――。


「うっ!」

「うううっ……なっ何っい……」

 息苦しそうにのどを鳴らす。


 長官殿の背中から胸にかけ鋭い刃が突き抜けた。


「…………」


 背後には、黒ずくめの男が太刀を握って立っていた……。


「悪党めがっ」

「それ以上……汚い口を開くな……」


 黒ずくめの男は、背に突き立てた太刀を躊躇ちゅうちょなく抜いた。

 鬼火の頭と長官殿は重なる様に床に倒れた。


 部屋の中が静まり返る……黒ずくめの男の姿は既に消えていた。


 ◇◇◇ 


 数年後―――。

 あの火事で全てを失った大店の娘は、小さな自分の店を開いた。

 部屋の片隅には小さな石がひっそりとまつられている。



 序章 おわり―――

 


 ――――――――――――――――――――――

 読者さまへ。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 ひき続き本編『第六天の魔女』をお楽しみください。

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