第6話 盗賊・鬼火 前編


 人々が寝静まった真夜中。東北の風が強く吹く夜であった。


 数人の黒い人影が闇夜に紛れ動いていた。


「カンッ」「カンッ」「カンッ」「カンッ」


 町の中央に建つ物見櫓ものみやぐらから急を知らせる甲高い鐘の音が鳴り響き渡る。


 一軒の大店おおだなから出火した火は、たちまち辺りに燃え広がり、周辺の店や人家に燃え広がっていった。

 業火に焼き出された人々は、小脇に荷を抱え逃げ惑う。

 町を護る国府の兵士たちが大勢出動し、人々の誘導や救助に走り回る。

 火消しの為の建物打ち壊しを一斉に行っていた。


「くそっ!」

「また奴らだ!」

 町を護る検非違使けびいしの一人が大声で怒鳴り壁を叩く。

 

 ◇◆◇◆ 嘆願


 屋敷の中庭で紅葉くれはを相手に鬼娘の紅巴いろはが剣の稽古に精を出していた。

 経若丸が縁側にチョコンと座り、二人の剣の動き真似て小枝を振っていた。


紅巴いろはっ。今日のお稽古は、これぐらいにしましょう」

「かなり剣の腕が上達したわね」

あねさま……」


「でも、私はこれが一番いいみたいっ―――」


 と背丈ほどの六角丈ろっかくじょうをグルリッグルリッと回し、ピシリッと丈先を構える。


「そんな武器は……剛力の紅巴あなたしか扱えないわねえ……」


 と、あきれた顔であごに指を添える。


 硬いかしの木で作られた六角丈を更に強化する為、の左右端に鉄板を貼り合わせた武器を軽々と振り回す。

 鉄板を固定する為に打ちつけた鉄菱てつびしが何十本も出ていて何とも禍々まがまがしい造りである。


「それで……岩でも砕くつもりなの?」


 とクスクス笑う。



 一息つていると、この屋敷に仕える家人かじんの一人が歩いて来る。

 

紅葉くれはあねさま……」

「玄関先に娘さんが一人訪ねて来ています」


 この青年、まだ二十歳前であろう。

 しかし、その落ち着いた物腰と話し方は、熟練の執事しつじを思わせる。

 黒の着物に銀色の帯締めが何とも堅苦しい。

 

 「おおっ! 大助たいすけっ!」

 

 稽古の後の汗を拭いながら、気楽に声をかける鬼娘の紅巴いろは

 紅巴のはだけた着物から見え隠れする胸元に目を細め、何やら苦言くげんを言いたげにそっぽを向く。 


大助たいすけ……どうしました?」


 そんな様子を見て、フッと肩を上げた紅葉が問う。


 あっ!と思い直し、大助は向き直る。

 困った顔で自分が訪れた要件を伝えた。


「それが……」

「訪ねて来た娘が、両親のかたきを取ってくれと……」


 紅葉は目を細める。


「わかりました……話しを聞きましょう」

「その娘さんを連れて来て下さい」

 

 暫くすると、背を丸めた一人の娘が、大助たいすけの後ろに隠れる様に現れる。

 

 様子を見た紅葉は、また目を細めた。

 

 薄汚れた顔と着物。

 微かにげたすすの匂いがする。

 泣き濡れた様な目は赤くれ上がっている。


 娘は歩きながら途中で泣き崩れ、地面にひざをついた。


 ズッズッと鼻をすする娘に紅葉はの手を伸ばす。

 

「りょう……両親のかたきをとって下さい……」

「お願いします」

「お願いします……」


 何度も懇願こんがんする様に言うと、また紅葉の足元に泣き崩れた。


 紅葉は、片膝をついて娘に顔を近づける。

 そして両肩を抱く。

 

「もう大丈夫」「大丈夫……」


 手拭てぬぐいを取り出すと、涙とすすで汚れた娘の顔を優しくぬぐった。


 そして娘の傷ついた手をとり、自分の手を覆う様に合わせた。


「ひんっ……ひんっひんっ」


 娘は大声を上げ泣いた……。

 声がかれれるほど、大声で泣いた……。


 ◇◆◇◆盗賊・鬼火


「絶対に許さんぞっ!」

「鬼火っ―――!」

 

 屋敷に訪れた娘の話を聞き終わった紅巴いろはが、腹立たしさに机を叩き口を挟む。

 紅葉くれはが右手をスッ上げ、紅巴の怒る言葉を制止させた。


「娘さん。あなた話しは、大体理解しました」


 目の前で泣き崩れる娘。


 先日、町の火事で火元となった大店おおだなの娘であった。

 店の者が寝静まった真夜中。

 鬼の面を付けた十数人の盗賊が店に押し入った。

 両親を襲い、そして次々と店の者を襲った……。

 そして火を放った……。


 運良く納戸に隠れた娘は命拾いした。


 鬼の面を付けた盗賊が口にした言葉……盗賊・鬼火……。

 

 盗賊・鬼火と言えば、代官所から数回通達があった火付け盗賊である。

 検非違使が必死で捜索しているが、神出鬼没の盗賊に未だ手掛かりも掴めていない。

 町の住人は恐れ、夜になると家の戸を固く閉ざした。

 

 娘はふところから震える手で、ちぎれた着物のそでを差し出した。

 父親が盗賊と争った時に千切ちぎり取った着物のそで

 紅葉は、ちぎれたそでを手に取ると丹念に見定める。


大助たいすけ

「この娘さんを離れの部屋へ案内してあげて」

「……」

「はいっ!―――わかりましたっ!」


 大助が切れの良い返事を返す。


「娘さん……私にまかせなさい」

「必ずかたきは、取ってあげます」

 

 紅葉のりんとした返答に娘はまた泣き崩れた。


「大助っ。それから……」

八卦はっけの準備をお願いします」


「承知しましたっ!」

「直ちに用意いたします」


 娘の保護を命じられた大助は、泣き崩れる娘を連れ部屋を出て行った。


 ◇◆◇◆ 八卦の祭壇


 紅葉の住む屋敷の離れに小さな御堂おどうが建っている。

 室中の中央には一段高くなった場所があり、そこには飾りが張り巡らされた雛壇が設けられ、石碑が一体置かれている。

 その石碑は、顔程の大きさであろうか。


 石碑の前には、紅いはかまに白の水干すいかん衣装をまとった、巫女を思わせる姿の紅葉が座っていた。


 御堂には伽羅きゃらの香がかれ、静寂を保っていた。

 

 紅葉は娘から受け取った、ちぎれたそでを石碑の前に置いた。 

 石碑の後ろに飾っている太刀を両手で持ち上げる。

 そしてうやうやしく一礼し立ち上がった。

 無垢の白鞘しろさやには金の細工が施され、翡翠の珠の飾りが揺れた。

 

 手に持つ白鞘の太刀を腰に下げると、指でいんを結ぶ。

 

 そして真言しんごんを唱えながら、腰に下げた太刀をスラリと抜いた。

 

 美しく白銀に輝く両刃の剣。

 大和に伝わる古剣の刃が、キラリと光った。

 

 トオッン……トオッン……と足で床を打ち鳴らす。


「ヒュン」「ヒュン」「ヒュン」


 手に持った抜き身の太刀を振りながら真言を唱える。


 この流れる様な太刀さばき……。

 何処いずこささげる為の剣技なのか?

 はたまた、まいなのか?

 

 翡翠の飾り珠が揺れ……紅葉の口にする真言しんごんに溶け込んだ。


「カチャリッ」


 紅葉は太刀をゆっくりさやに納めると深々と石碑に向かって頭を下げた。

 

 そして水干すいかんの着物のそでをひる返し、颯爽さっそうと御堂を出て行く。


 御堂の戸を開けると、目の前に紅巴いろは大助たいすけが片膝をついて頭を下げ控えている。


「紅巴っ」「大助っ」

「用意をっ!」

「……」

「今夜っ……盗賊・鬼火を一掃するっ―――!」


 紅葉の立ち去った後。控えていた二人もサッと左右に散る。


 夕日に照らされた御堂の影が長く石畳に伸びていた。


 

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