【最終話】悪役令嬢、ヒロインと駆け落ちする

 

 そう、考えてみれば、こんな簡単な答えにどうして私は気が付かなかったんだろう!そんな風に思えてしまう答えだった。

 天才とすら呼ばれたことが令嬢である私がこんな体たらくとなってしまったのは、そもそもやはり中身に平凡な現代人(一般人)が入ってしまっせいで(それによる恩恵がなかったとは言わないが…)、"悪役令嬢"としての性能が落ちているというか、やはり恋に狂わされて馬鹿になってしまっていたのだろうと、我ながら切実に思う。


 悪役令嬢の”エリスレア”だけだったら、エリスレアはアリシアに恋に落ちたりはしなかった。…けれど、エリスレアだけではきっと自分の幸せをつかむことは出来なかった。

 日本の平凡な一般人OL”波佐間悠子”だったら、そもそも次元を超えてアリシアと出会うことは出来なかったし、もしかしたら、それはそれとしてその平凡な人生に相応の、平凡な恋をして普通に結婚して、それなりに幸せな家庭を築くことは出来たかも知れない(出来なかったかもしれない)けれど、きっと相手の顔を見るだけで泣きたくなってしまうようなどうしようもない切なさも、一緒だったら何もかもを捨てたって、誰を敵に回したって構わないと思えるほどの強い感情も、知ることはないままだっただろう。


 だから、思い返してみればただ勢いだけで、ロマンチックでも何でもないあんな状況で、成り行きに任せてのプロポーズみたいになってしまった私だけれど、

「何もかもを捨てて一緒に逃げる」「彼女を攫ってしまう」という結論は、

素直になって考えてみれば、何よりも一番自分の気持ちにしっくりくる答えだった。

 彼女の特別にはなれなくても、彼女のそばにいて、彼女が笑っていてくれたら自分は幸せ…なんてもうとうに言えなくなっていたし、アリシア自身がここにいることに迷いと苦しみを感じているのなら、私がもうここに留まって燻っている理由なんて何もなかった。

 どちらが王子と結婚するだとか、誰かの期待だとか、役目だとか、優しくて責任感のあるアリシアは、"どうでもいい"なんて言ったら怒るかもしれないけれど、私にとっては、アリシアと一緒にいられるのならもう全部全部どうだっていいものだ。


 だから、私はあの瞬間、アリシアの手をとることになんの迷いも躊躇いもなかった。

 少しでも冷静になってしまったら、もし断られたらこの後どんな顔して彼女と会えばいいの?とか余計なことを考えちゃって何にも言えなくなってたかもしれないから、あの時はそれで良かったんだと思う。


 結果から言えば、アリシアは私の手を握り返してくれた。

最初は驚いた顔をしていたけれど、すぐに嬉しいって泣き笑いの笑顔を見せてくれた。


 彼女は誰よりも強くて、優しい人だけれど だからこそ改めて気が付いた自分の役割の、責任の大きさに、本当は押しつぶされてしまうような気持ちだったのかも知れない。

 もしかしたら… そんなことより単に、私のことをアリシアがとってもとっても好きだから!という理由だったとしたらそれはそれで私としてはとびきりハッピーではあるのだけども!



 …と、私の大興奮はここまでで十分に伝わってしまったことでしょうけれど、物語はまだ終われない。

 一緒に駆け落ちして逃げてしまおうって約束をしたと言っても、この場のノリで着の身着のまま何一つ持たずに無計画に王都を飛び出しても、その辺で野垂れ死んでしまったら意味がない!

 私はアリシアと、アリシアは私と幸せになるためにここを飛び出すのだから、ちゃんと幸せになるための駆け落ちでなくてはならないんだ。


 私もアリシアも、約束の日に向けてこっそり旅立ちの準備をする。

荷物は少なくていい。本当に必要なものだけを持って、私たちのことを誰も知らない場所を目指して旅に出る。

 ここが日本だったら、きっとこんな風にざっくりした計画で旅に出ることなんて考えもしなかった。戸籍がどうのとか、口座がどうのとか…。色んな現実的な問題を、きっといちいち考えてしまうから。

 …しかし、ここは幸い魔法も奇跡もあるファンタジー世界なのだ…!

 しかも、私は自分で言うの何だけどこの世界では才能あふれる天才令嬢で、アリシアだって神様に愛された奇跡の女の子だ。勿論これからは、貴族の令嬢でも王子の婚約者候補でもなくなってしまう訳だから、自力で仕事をして、生きていかなければならなくなるだろう。それはきっと、箱入り娘でもある貴族の令嬢エリスレアとしてはとてもとても大変なことだ。

―———けれど、それだって、社畜としての記憶と経験がある私なら、乗り越えることは容易なんじゃないか!?と強く自信を持てる。

 エリスレアとしての経験や技術も、波佐間悠子としての記憶も、何もかもがこれからの私たちが進む道の不安を掻き消す要素になっていたのだ!!






「本当は、ちゃんと説明をしたい人も何人かいましたのよ。

 …ちゃんと…お別れを伝えたいと思った人も―――――」

「…うん」

「わたくしの我儘にいつも付き合ってくれた人、わたくしの話を笑わずに聞いてくれた人。…散々振り回して、迷惑をかけてきてしまいましたけれど、今になって考えると、わたくしがここまでこれたのは、そうやって支えてくれた人たちがいたからだって…心から感謝する気持ちになれますのよ」

「…ふふふふ。何だか エリス、急にすごーーーくいい人になっちゃったみたい」

そう、アリシアが意地悪く笑う。

「あら、失礼ね。わたくし、いつだって誠実で優しい人柄でしたでしょう?」

 少し前までは「エリスが他人に意味もなく意地悪なんてするわけない!」ってあんなに怒ってくれていたのに、アリシアのその言いぐさでは、私がまるでこれまでよっぽど悪い子だったみたいじゃない?

 私が心外だと肩をすくめて見せると、アリシアはまた楽しそうに微笑む。

変装用に被ったフードから少しだけ零れ落ちた綺麗な桜色の髪が、街灯の光を反射してキラキラと煌めいている。

 ぎゅっと強く握った私の手を、彼女はあの時と同じように握り返して。

時折、その指先を私の手の甲をくすぐるように這わせるものだから、私がくすぐったいと笑うと、アリシアは楽しそうに目を細める。

 こんな風な些細な彼女の言葉が、彼女の仕草が、どれもこれもが私はたまらなく愛おしくて、大切に思える。


「ね、エリス。…本当に…後悔しない?」


 私たちが二人していなくなったことがわかったら、この国はきっとすぐに大騒ぎになることだろう。

 私たちの家族や兄弟、友人知人にもきっとたくさん心配と迷惑をかけてしまうだろう。それを考えれば、もちろん罪悪感も、不安も全く湧いてこないと言えば嘘にはなる。アリシアだってきっとそうだろう。

 それでも、言い訳なんてしたくないから私はアリシアに笑みを向ける。


 私はこれから、一番大事な宝物と、誰よりも幸せになれる場所を探しに行くのだ。

 その先に、どんな邪魔や困難が待ち受けていたとしても、絶対に負けたりしない。

 私には、これまでずっとずっとずっとずっと恋焦がれていた大大大好きなアリシアが、これからはずっとそばにいてくれるんだから!









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