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「救世主……?」


 ――――『救世主』。僕が?

 僕は普通の人間であり、普通の高校に通う学生だ。

 少し人と違うのは……。


「僕が、『主人公』だからですか?」


『主人公』。それは僕が生まれ持った才能ギフトだ。

 どんなものかというと、とにかく事件に巻き込まれやすくなる厄介なものだ。

 まあ、悪い事ばかりの才能ギフトではないのだが。


「……聞いただけ無駄だった。」


 パーカーの青年は呆れたように鎌を持ち直す。また攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。


「お前は……”いつも”そうだ!」


 そう言い鎌を振りかぶる。距離はゼロ。確実に避ける事が出来ない。



 ――――はずだった。


「……何故だ」


 その鎌は臣做おみなに当たらなかった。


「何故、」


 何回振っても。


「当たらない……?」


 青年が弱い訳ではない。むしろこの青年――――氷室因憎ひむろよしぞうはかなり腕が立つ。過去には色々と偉業を成し遂げてきた人物なのだが、それは次の機会に紹介するとしよう。


 そんな因憎よしぞうの攻撃が当たらないのだ。臣做おみなは全く”避けていない”のにだ。


「当たりません。『主人公』ですから」


 その声は臣做おみなの物でも、因憎よしぞうの物でもない少女の声だった。


「もうやめてください。周りが見えてないんですか?」


 周りからは「強盗?警察呼んだ方がいい?」「怖い……無差別殺人かしら」といった複数の声が木霊している。ここは繁華街のど真ん中、野次馬が出てきてもおかしくない。


「それに、彼……臣做おみなくんに攻撃を当てるのは無理です」


 少女は続ける。


「だって彼の才能ギフト、『主人公』は”誰にも負けない”才能ギフトですから」


 そう、それが『主人公』の本領だ。”誰にも負ける事がない才能ギフト”。

 だから事件に巻き込まれやすくても自分が危険に晒されることは無い。


「それ以上やるなら警察を呼びます。公安警察です」


 『公安警察』はいくつもの部隊に分かれている。昔の自衛隊のように陸、海、空は勿論のこと才能ギフトを持った犯罪者対策部隊は特に強力だと聞く。見たところこの青年は氷を扱う才能ギフトを持っているようだ。このまま通報されたら精鋭がすぐに到着することだろう。


「……確かに今あいつに会うのは気が向かない」


 そう呟き青年はその場から去って行った。

 臣做おみなはほっと一息吐き、その場にしゃがみ込む。


臣做おみなくん!大丈夫ですか!?」


零無れいなちゃん……ありがとう」


 少女――――早乙女零無さおとめれいなは僕の友人だ。金星人で、明るく社交的でクラスの人気者。オマケに凄くかわいい。


「助かったけど僕の才能ギフト知ってるよね?無理しないで欲しいな」


「うう……怖かったけど困ってる人を見たら体が動いちゃうんです」


 ……まあそれが彼女の良い所で、僕はそういう所が。


臣做おみなくん?どうしたんですか?私の顔じーっと見て……」


「あ、何でもないよ!」


 しまった、つい見つめてしまった。恥ずかしい。


「ん~。臣做おみなくんきっと疲れているんですよ!あそこのカフェで休みましょう」


 そう言って零無れいなちゃんが指差したのは最近出来たばかりのカフェだ。

 ここのコーヒーは美味しいらしい。この繁華街に来る人の中には、そのカフェ目当てで行くマニアも居るくらいだ。


「そうだね、少し休憩しようか」


 実際いきなりの強襲で疲れているのも確かだったため、その提案に快く乗った。


 のだが。


「動くな!最高司令官を出せ!」


 ……これだから『主人公』は嫌なんだ。

 次から次に事件に巻き込まれる。


 カフェの前にはナイフを持った猫耳フードを被った青年がいた。口元には何故かガスマスクを付けている。

 青年の腕には人質であろう女性がいる。

 

 僕の才能ギフトを利用すれば女性を助けることが出来るのかもしれないが、『主人公』は自分にしか作用しない。周りへの被害は抑えることが出来ないのだ。零無れいなちゃんもいるしここは去るべきだろう。

 

 何より。


A.「めんどくさいって思ってるだろう?」


「わっ!?」


 また心を読まれた。まさか……。


喰々流くぐりゅうさん!?どうしてここに……」


A.「んー、ここのカフェに用があったんだけど。」


 そう言いながら口元に手を当てる。方には何故かさっきまでいなかったひよこが乗っていた。


鞘架さやか!」


 人質にされている女性の連れであろう男性が叫ぶ。

 多分何の才能ギフトも持ってないのだろう。立ち向かうことが出来ないでいるようだ。


「おい!そこのお前公安に電話して最高司令官を出すように言え!」


 突然、猫耳フードの青年が叫んだ。指名したのは。


Q.「僕?」


 ……なんでよりによってこの人なんだろう。嫌な予感しかしない。


A.「残念だったな。僕は――――」


 出たよ謎の間。


「――――携帯を持っていない!」


 そんなことだろうと思った。


 勿論猫耳フードは怒る。


「は?今のこの時代に携帯持ってねぇの?ガキでも持ってんぞ?」


 ごもっともです。


「ははっ」


 笑ってんじゃねーよ何がおかしいんだ。


「君、ヤンデレなの?」


 空気が凍った。え、今それ言う?犯人怒りますよ?


「……は?」


 ていうか何を根拠に……。


「だって君あの死んだ教祖の恋人だろう?」


「……!」


 まただ。またこの人は心を読んだ。それは猫耳フードの表情が物語っている。


「そこらへんの警察はそんな機密情報知らないだろう。だから最高司令官を出してほしいんだろ?」


 そこまで言うと、喰々流くぐりゅうさんは猫耳フードに近付く。

 

「そんな事をするよりもっと簡単に”真相”を知る方法、知りたくないか?」


「近付くな!この女を刺すぞ!」


 そう言い、持っているナイフを女性の首元に当てる。


「はぁ、聞き分けのない子猫ちゃんだ……ねぇそこのお嬢さん」


 喰々流くぐりゅうさんは話し掛ける標的を猫耳フードから人質の女性に変えた。


「……何よ」


「君、助けて欲しくないの?」


 そりゃあ助けて欲しいに決まってるだろうと思ったが、彼女はどうやら違うらしい。


「嫌よ。”アンタ”にだけは絶対」


「ふーん、それは、」


 またこの間だ。この人は間を使うのが相当好きらしい。だがこの間の後にろくな事を言わないのを僕は知っている。


「君たちが共犯者、だからだね?」


 共犯者。この二人が?

 確かにおかしい。ここは何度も言っている通り、結構な繁華街で人は沢山いるはずだ。

 さっきの強襲の時も周りは野次馬だらけですぐに通報されそうになったが、今周りにいるのは僕と零無れいなちゃん、喰々流くぐりゅうさん、そして人質の連れの男性のみ。他の人達は全くこちらの様子が見えていないようだ。


「……零無れいなちゃん」


「なんですか?」


「逃げよう」


 明らかにおかしいと感じてから少し怖くなった。一体何が起きている?

 ここはすぐに去った方がいいだろう。僕は兎も角、彼女に被害が及んだら大変だ。


臣做おみなくん!逃げるのかい?」


「……当たり前でしょおかしいですよこれ」


 やはりこの”名”探偵は逃げる事を察したようだが、構ってられない。全力疾走でその場から離れた。


 ――――――


「はぁ、疲れましたね……」


 零無れいなちゃんが呼吸を乱しながら話す。そりゃそうだ、彼女も普通の女子高生。かなりの距離を走ったのだから。


「そうだね……」


 僕も疲れた。久しぶりにこんなに走った気がする。


「色々あって疲れただろ?今日はこのまま……」


「あっ」


 何かに気付いたように零無れいなちゃんは声を上げる。そして”それ”に向かって走って行った。


雨板あまいたくん!奇遇ですね!」


零無れいな!君もここに用が?」


 彼は雨板あまいたクナイ。僕と零無れいなちゃんの同級生だ。

 勉強も出来て運動神経も抜群。所謂”優等生”だ。


「うん、色々あったんですけどね……えへへ」


 そう話す彼女は何だか嬉しそうだ。


「そうか、良かったら家まで送って行こうか?疲れてそうだし……」


「待って」


 それを制する僕。


「彼女は今日僕と行動していたんだ。疲れさせちゃった僕に責任があるし、僕が送っていくよ」


 そう早口で雨板あまいたに言う。


「そうか、じゃあ疾石とういしに任せるよ。彼女をよろしくね」


 ……お前のものじゃないよ零無れいなちゃんは。


「うん、じゃあね」


「またね雨板あまいたくん!」


 そんな嬉しそうな顔するなよ。


「……零無れいなちゃん」


「どうしましたか?顔怖いですよ臣做おみなくん!ほら笑って!」


 そんな彼女に自然と笑みが零れる。


「……うん、帰ろっか」

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