第8話 キャサリン

 午後5時前には新しいバイト先のパンケーキ屋「ボーノ」に着いた。イタリア語で「美味しい」という意味らしい。

 俺の仕事はお店のSNS・ホームページの作成、運営。手が空けば厨房の手伝いやシフトの管理など、お客さんの前に出る以外のことはなんでもやる。パソコンを使うのは得意な俺にとってはやりがいもあって、非常に楽しい仕事だった。

「どう?順調?」

 バイトリーダーの迫田キャサリンが、控室で作業をしている俺のパソコンを覗き込んできた。彼女はアメリカと日本のハーフで長年アメリカに住んでいたらしい。その影響かリアクションも話し方も欧米の雰囲気を感じることがある。

「かなり進んだ〜」

 彼女は俺たちと同い年だ。バイトリーダーとはいえお互いタメ口で行こう、と彼女は明るくオープンなスタンスだった。これもなんだか海外らしいと言えば海外らしい。

 俺は店のホームページのデザインを彼女に見せた。3時間ほどで仕上げたが、出来に自信はあった。

「まあ全体的にいいんだけど、このフォントがすごくダサい」

 だが、そんなことを知る由もない彼女に遠慮はない。

「あとこのパンケーキの写真も写りが悪いし、美味しそうに見えない。あと住所はもっと大きく書かないと」

「うんうん……」

 彼女のダメ出しをメモ帳に急いで書き出す。メモ帳2ページがダメ出しで真っ黒になった。

「うわ〜、かなり言われちゃったね〜」

 ちょうど休憩に入っていた若葉が、横からメモ帳を覗き込んだ。メモ帳に書き殴られた文字とパソコンの画面を見比べている。

「そもそもパンケーキのお店は女の子が来る場所なんだから、もっと可愛くないとダメだよ」

 キャサリンのダメ出しがもう1つ増えた。もっと可愛く、と3枚目のメモ帳に書き込んだ。

「可愛くするって意味わかる?悠真」

 俺をからかうような質問をしてきたのは若葉だ。

「もちろんわかるよ。ピンクにしたり、ハート増やしたりすればいいんでしょ?」

「オウノー!全然わかってないじゃない!」

 キャサリンはよほど俺の発言にガッカリしたのか、両手を頭に抱えて天井を見上げた。変なことを言ったつもりは全くなかった。

「あなたモテないでしょ?絶対彼女いないでしょ!」

「あ、うん。いない」

「あなたは女の子こと何も知らないみたいね!」「はい、すいません。頑張って直します」

 言い返す言葉があるはずもなく、素直に謝るしかない。若葉はそんな俺を見て、必死に笑いを堪えている。俺とキャサリンの会話を楽しんでいるのだろう。

「ちょっと若葉ちゃん!あなた彼と付き合ってあげなさいよ」

「え?な、なんで!?」

 突然のキャサリンの提案に、若葉は驚きを隠せない。

「あなたたち幼馴染なんでしょ?仲良いんだからいいじゃない。彼に女の子の気持ちを教えてあげて」

 これは偏見かもしれないが、いかにもアメリカらしい考え方だ。良くも悪くも深く考えることはせず、決断力に長けている。建前など存在せず、本音で語り合う。俺はそんなキャサリンが嫌いじゃない。だが、少なくとも若葉はキャサリンの大胆さに若干困惑している様子だった。

「い、いやでもね、悠真は他にいい感じの子がいるんだよ」

「ワッツ!?あなたそうなの?」

「いい感じっていうか、まあ今度どっか行こうみたいな話にはなってる」

 新町さんのことだ。ついさっき、デートに誘われたのは記憶に新しい。

「どんな人?どんな人?」

「俺と一緒で、散歩が好きな人」

「ワオ!なんかロマンチック!」

 恋バナには興味があるキャサリンだった。

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